ノーマルエンドは趣味じゃない ~ダンジョン攻略から始まる世界の終焉の物語~

Tempp

文字の大きさ
226 / 234
10章 この世界への溶性

私の居場所

しおりを挟む
 ずいぶんしばらくして、なんだか深いところから水面に浮かび上がるように目を開けた。体は妙にくすぐったいのに、気分はずいぶんとスッキリしていた。
 そんな私を少しだけ背が伸びたグラシアノちゃんが心配そうに私を見下ろしていた。なんとなく、あの伸びた分は私の中にいた魔王分なんだろうな、と思った。キョロキョロ見回すと、そこはビアステット家で私に与えられた寝室だった。
「あの、調子はいかがですか」
「大丈夫、よ、多分」
「ソルも『大丈夫にきまってんだろ。俺が調整したんだからな』って言ってました。最初は慣れるのに時間がかかるそうですが、しばらく安静にしたら治るそうです」
 体を持ち上げて、違和感に気がついた。
 大丈夫どころじゃない。いつもより随分と体が軽い。何故だろう。そう思うと、体の内側、心臓のあたりがほわほわと暖かくなってぱらりと光が溢れた。ひょっとして、銀林檎?
「あの、銀林檎、アブハル・アジドはずっとエルフを守ってきました。エルフには加護があるそうです」
「本当に? でも私、あの森を焼いたのよ?」
「でもきっと、そういうことです」
 そうなのかしら。変なの。けれどもなんだか、もとからここにあったように、胸の奥が温かい。
「その、ギローディエ」
「なぁに? グラシアノちゃん」
 返事をすると、グラシアノは花が綻んだように微笑んだ。
「よかった。名前を呼んでも大丈夫なようです。あなたから呪いの種は全て消えました」
「呪いの種……」
 そういえば、今の私はグラシアノちゃんに嫌な印象をちっとも抱いていなかった。
 つまりそれは、私の中にいた魔王が持っていた感情、だったのかな。改めてみても今目の前にいるグラシアノちゃんに嫌な所は全くなかった。つられて私も笑う。
「よかったわ。これで本当にお友達になれるわね」
「ええ。もちろんです、ギローディエ」
「えっと。クネニの弓はあなたにあげるわ」

 枕元に置かれていたもの。これまでは銀林檎の花を挿していた水差しのあったところには、クネニの長弓と短弓が置かれていた。
「いいんですか?」
「ええ、これは魔王のものでしょうから」
「おい、起きたのか? 違和感はないか? 見せてみろ」
 バタンと突然扉が開き、カステッロ様が現れた。じろじろと私を眺めて髪を引っ張ったりほっぺたを引っ張ったりする。
「やめてくらはい。大丈夫れす」
「ふむ。なんだ、もったいないな。不具合があれば賢者殿から何かせしめようと思っていたのに」
「ソルは間違いなんてしません! むしろ銀林檎はギローディエに馴染んでます。だから上々の結果です!」
「こいつは俺の所有物だ。その所有物も俺のものだ。それを勝手に使うとはけしからんのではないか?」
「何を言うんです。神樹の実を3つもせしめたじゃありませんか」
「ふん。物怖じしない奴だな。奴隷のくせに」
「あなたの奴隷じゃありませんから!」
 カステッロ様は堂々と反論するグラシアノちゃんをジロジロ見て、フンと鼻で笑った。
「とっとと帰れ!」
「こんな感じ悪いとこ、もう来ません!」
「待て。来ないだと? ……こいつに会いにくる時は来てもいいぞ。ただし裏口からな。さあ失せろ」
「あの、カステッロ様?」
 グラシアノちゃんは複雑そうな表情で扉をパタンと閉めた。
 そうしてカステッロ様は再び私のほっぺたをぐにぐにとつねる。

「はの、ひゃめてくらはい」
「本当に大事はないのだな? 3日ほど寝ていたようだが」
「はい。すっかり大丈夫です」
「うむ。お前は俺のものなんだから勝手に倒れることは許さんぞ」
 そうしてまた、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「それでお前が前から言っていた、お前の中にいたわけのわからない存在、というのはいなくなったということでいいのか? その埋まってる林檎はお前に悪影響を与えたりしないのか?」
「そう、ですねぇ。銀林檎は私自身って感じですしぃ。そう考えると今の私の中は全部私です。なんだかとっても清々しい気分かも」
 これで奴隷じゃなければ私はきっとすっかり自由なんだろうな。
 けれどもカステッロ様の口から出てきた言葉に耳を疑った。
「そうか。ふむ。うちの魔術師が言っていた、お前の中の不明な存在というのも消えたそうだ。お前、俺と結婚するか? 流石に訳のわからないものが混じってるから反対されてたが、解消したなら問題ないだろう。第三夫人にしてやる」
「はぁ? 突然何を仰ってるんですか? あんなに種を取り出すの渋ってたくせに」
「交渉ごとは最大限の利益を目指すものだ。俺は領地を背負っているからな」
 当然のようにそう言い放つカステッロ様の言うことがさっぱりわからない。
「……それに私は奴隷ですよぅ?」
「そんなことは、知っているぞ。だからこそ言ってるんじゃかいか。うん? なんだ知らなかったのか?」
 カステッロ様は意外そうに首をかしげる。
「……何をですぅ?」
「ふん。公にはしていないがビアステット家の外からやってくる嫁や婿はお前と同じ完全奴隷だぞ。永久就職というやつだからな。一蓮托生だから給料を払ったりもしないしうちから出ていけば死ぬ。うちで奴隷じゃないのは当主と当主候補とその同居実子だけだ」
「はぁ?」
 いや、その方々が奴隷じゃないのは当然じゃないですか。当主が奴隷でどうするんですか。
「え? じゃあ奥方様方は奴隷なんですか?」
「そうだぞ」
 その様当然というような物言いに混乱した。
 奴隷にしてはカステッロ様はよく言いくるめられていたように思うのだけど。
 カステッロ様には現在2人の貴族の奥方様がいる。貴族の奥方様が奴隷に? なんだか信じられない。
「あの、もしお受けしたらどうなるんでしょう」
「何も変わらんぞ。俺の後ろに立って適当に意見を言えばいい。ティカラやミジーユみたいにな。あいつらは政治と金の話はできるんだが戦闘や冒険の話になるとお前のほうが都合がいい」
 ティカラ様は公爵家第二子として帝王学を学ばれている第一夫人、ミジーユ様は交易で利益を上げていらっしゃる子爵家第一子で第二夫人……。お会いしたとき私はだいたいカステッロ様の後ろに控えていたけれど、たいていカステッロ様が言い負かされている。
「あの。突然のことで頭がおいつきません」
「返事は俺がこの迷宮を倒すまででかまわん。それまでは俺の後ろに控えいればいい」
「……はぁい」
「では仕事に戻る。お前がおらんとつまらん」
 そう言うカステッロ様の背中を見守った。
 頭の中が混乱の極みで、私の中の銀林檎はやっぱりふわりと光を撒き散らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

処理中です...