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11章 選択可能限界
魂の刀
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「アレグリット。ヘイグリットから手を離さぬように」
「手を離すどころか捕まってる気分なんだけどな」
「えへへ」
魂という状態は実に奇妙だ。俺の目には前の世界の俺の腕が映っている。
「それでどうするんだ?」
「お主の魂を調べる」
ダルギスオンが俺、つまり俺の魂に手を触れたと思った途端、耐え難い不快感が巻き起こる。水の袋の中にインクを混ぜるような、異なるものが抵抗しようもなく入り込む如くの不快感。体があれば全身の毛が逆立っているだろう。
「ちょっと、嫌がってるでしょう? やめなさいよ」
「いや、大丈夫、だ。ものすごく気持ち悪い、が、耐えられないほど、ではない」
ウォルターの言ったとおりだが、この気持ち悪さは筆舌に尽くしがたい。
「それほど時間はかからぬ」
けれどもその僅かなはずの時間は主観的には随分と引き伸ばされている。
「これは、何を、調べている、んだ?」
「お主の魂の組成だ。なるほど不思議なものだな。ウォルターと同じ色合いを感じる。同じ世界から来た魂だというのは事実なのだろう。けれども魂の形というものが随分と異なるのだな」
「形?」
「あのウォルターの魂はウォルターと同じ姿をしていた。けれどもお主は、そうだな。僅かだけあの角と同じ成分が混ざって変化しているようだが、そうでない部分が圧倒的だ。どうやっているのだ?」
俺には俺の魂の姿は前の俺に見える。けれども将光には自分の魂の姿がウォルターに見えるってことなんだろうか。
「どうやって? 俺は俺だからな」
けれども少し混ざっている、のか。
両手や足元を見てもよくわからない。前世より体は大きくなっているし姿形はまるで違うが、せいぜいその程度で取り立てて違いは感じない。そもそも俺は自分を魔王だと認識していない。それが角を折り取ったせいなのかどうかはわからないが、少なくともそれ以降も俺の自己認識は三船のままだ。
「本来はそう切り分けられるものではない。肉体というものはその魂に影響を与え続ける。だからわしは人であることをやめたのだ」
「へぇ。お前も元は人だったのか。ところで俺の魂からその角からまざった何かを取り出すことはできるのか」
「これを? ふむ、試みよう」
先程にもまして耐え難い気持ちの悪さが込み上げてきたが、突然ふわりと気持ちが整った。気がつけば、ヘイグリットに抱きしめられていた、主観的には。
「三船ちゃん、大丈夫? ダルギスオン、既に分かれてる分は構わないのよね、って聞こえないのか」
通訳すると、ダルギスオンは頷いた。
「混ざっていない部分はむしろその方が好ましい。ヘイグリット、そのまま元の魂を捕まえておけ。それから調べ終わるまでわしに話しかけるな。気が散る」
「よかった。じゃあ三船ちゃん、しばらく私とお話ししましょ」
「お話?」
「ええ。なんだか均整のとれたいい魂ね。美味しそうだけど、うーん、三船ちゃんは刀にならなさそう。何でかしら」
「何で?」
ゲームの設定では『ヘイグリット』は倒した剣士をその剣の姿にして装備する。現在のヘイグリットが呼び出す刀はゲーム設定上、ゲームの中で使用する刀ばかりだ。
おそらくバグは、『ヘイグリット』に最も近い性質を持つこのヘイグリットを『ヘイグリット』に仕立て上げた。もともとヘイグリットは魔人と呼ばれうる存在だ。自分で自分を魔人と認識していたのかもしれないし、元々魔人と名乗っていたのかもしれない。いや、恐らく名乗ってはいなかったのだろう。
種族とは別に称号というものがこの世界に存在する。
例えば賢者や勇者。これらは賢者の塔や勇者教会というものが存在し、それらが認証を与えてた者が賢者や勇者を名乗る。この世界を揺るがしうる力を持つという以外、その存在に特定の傾向があるわけではない。ダルギスオンなどは能力としてはそこらの賢者などよりよほど上だろうけれど、賢者の塔に所属していないから賢者と名乗らないだけだ。塔に所属れば賢者を名乗ることもできるだろう。
そしてダルギスオンの性質や能力がゲームの『ダルギスオン』に最も合致し、死霊術師という職業と相違しないからそのようにタグ付けされている。逆に言えばそれだけだ。
そこでヘイグリットだが、ゲーム上の『ヘイグリット』の能力は、倒した者を刀にしてその力を得るというものだ。けれども俺の目の前にいるヘイグリットのもともとの性状は、倒した者の力を吸収し、その力と自らの力とするものだ。その意味するところは大きく異なる。
眼の前のヘイグリットは、そもそも倒した者の力と自らの力を別け隔てはしない。だからかつてのヘイグリットはもともと有していた名を捨てた。今のバグの影響を受けたヘイグリットは、これまで得た力をゲームに登場する刀という形に無理やり当てはめて刀化している。それは本来、する必要もないものすごく無駄な行為なのだ。
そしてゲームで得たことになっているスキルをフィードバックしたのか、かつて食らった剣士の魂を刀の形に形成することができるようになった。それでこの間、師匠と呼ばれる者の小太刀を再生した。その小太刀は恐らくその師匠が用いていた刀なのだろう。その戦いの記憶をゲームのスキルによって現出させている。
それで俺なんだが、俺はまぁ、前世で武芸は嗜んでいたが、特定の剣を使っていたわけじゃないんだよな。名剣なんて家に転がってても普段から使ってたわけではないし、そもそも剣で人や物を切ったのはこの世界に来てからが初めてだ。
「そりゃ俺が剣士じゃないからじゃないか?」
「剣士?」
「前にも言った通り、俺が一番得意なのは体術なんだ。それに特定の剣を使うようになったのは今の俺になってからだし、そもそもそれだってお前と稽古する時くらいだろ」
「え? じゃあ三船ちゃんは刀にならないの?」
「刀にはならんかもしれんが、俺を吸収すればお前の力にはなるとは思うぞ」
「ふうん?」
もともとヘイグリットは吸収する形を刀に限定はしていなかったはずだ。
こいつもこれでバグに歪められてはいる。そういえばエルトリュールは記憶を思い出し、元の力を取り戻したという。たしかにモニタリングしたサンダー・ドラゴン戦は凄まじいものだった。そう考えれば本来の力を封印されている者はそれなりに多いのかもしれない。
「手を離すどころか捕まってる気分なんだけどな」
「えへへ」
魂という状態は実に奇妙だ。俺の目には前の世界の俺の腕が映っている。
「それでどうするんだ?」
「お主の魂を調べる」
ダルギスオンが俺、つまり俺の魂に手を触れたと思った途端、耐え難い不快感が巻き起こる。水の袋の中にインクを混ぜるような、異なるものが抵抗しようもなく入り込む如くの不快感。体があれば全身の毛が逆立っているだろう。
「ちょっと、嫌がってるでしょう? やめなさいよ」
「いや、大丈夫、だ。ものすごく気持ち悪い、が、耐えられないほど、ではない」
ウォルターの言ったとおりだが、この気持ち悪さは筆舌に尽くしがたい。
「それほど時間はかからぬ」
けれどもその僅かなはずの時間は主観的には随分と引き伸ばされている。
「これは、何を、調べている、んだ?」
「お主の魂の組成だ。なるほど不思議なものだな。ウォルターと同じ色合いを感じる。同じ世界から来た魂だというのは事実なのだろう。けれども魂の形というものが随分と異なるのだな」
「形?」
「あのウォルターの魂はウォルターと同じ姿をしていた。けれどもお主は、そうだな。僅かだけあの角と同じ成分が混ざって変化しているようだが、そうでない部分が圧倒的だ。どうやっているのだ?」
俺には俺の魂の姿は前の俺に見える。けれども将光には自分の魂の姿がウォルターに見えるってことなんだろうか。
「どうやって? 俺は俺だからな」
けれども少し混ざっている、のか。
両手や足元を見てもよくわからない。前世より体は大きくなっているし姿形はまるで違うが、せいぜいその程度で取り立てて違いは感じない。そもそも俺は自分を魔王だと認識していない。それが角を折り取ったせいなのかどうかはわからないが、少なくともそれ以降も俺の自己認識は三船のままだ。
「本来はそう切り分けられるものではない。肉体というものはその魂に影響を与え続ける。だからわしは人であることをやめたのだ」
「へぇ。お前も元は人だったのか。ところで俺の魂からその角からまざった何かを取り出すことはできるのか」
「これを? ふむ、試みよう」
先程にもまして耐え難い気持ちの悪さが込み上げてきたが、突然ふわりと気持ちが整った。気がつけば、ヘイグリットに抱きしめられていた、主観的には。
「三船ちゃん、大丈夫? ダルギスオン、既に分かれてる分は構わないのよね、って聞こえないのか」
通訳すると、ダルギスオンは頷いた。
「混ざっていない部分はむしろその方が好ましい。ヘイグリット、そのまま元の魂を捕まえておけ。それから調べ終わるまでわしに話しかけるな。気が散る」
「よかった。じゃあ三船ちゃん、しばらく私とお話ししましょ」
「お話?」
「ええ。なんだか均整のとれたいい魂ね。美味しそうだけど、うーん、三船ちゃんは刀にならなさそう。何でかしら」
「何で?」
ゲームの設定では『ヘイグリット』は倒した剣士をその剣の姿にして装備する。現在のヘイグリットが呼び出す刀はゲーム設定上、ゲームの中で使用する刀ばかりだ。
おそらくバグは、『ヘイグリット』に最も近い性質を持つこのヘイグリットを『ヘイグリット』に仕立て上げた。もともとヘイグリットは魔人と呼ばれうる存在だ。自分で自分を魔人と認識していたのかもしれないし、元々魔人と名乗っていたのかもしれない。いや、恐らく名乗ってはいなかったのだろう。
種族とは別に称号というものがこの世界に存在する。
例えば賢者や勇者。これらは賢者の塔や勇者教会というものが存在し、それらが認証を与えてた者が賢者や勇者を名乗る。この世界を揺るがしうる力を持つという以外、その存在に特定の傾向があるわけではない。ダルギスオンなどは能力としてはそこらの賢者などよりよほど上だろうけれど、賢者の塔に所属していないから賢者と名乗らないだけだ。塔に所属れば賢者を名乗ることもできるだろう。
そしてダルギスオンの性質や能力がゲームの『ダルギスオン』に最も合致し、死霊術師という職業と相違しないからそのようにタグ付けされている。逆に言えばそれだけだ。
そこでヘイグリットだが、ゲーム上の『ヘイグリット』の能力は、倒した者を刀にしてその力を得るというものだ。けれども俺の目の前にいるヘイグリットのもともとの性状は、倒した者の力を吸収し、その力と自らの力とするものだ。その意味するところは大きく異なる。
眼の前のヘイグリットは、そもそも倒した者の力と自らの力を別け隔てはしない。だからかつてのヘイグリットはもともと有していた名を捨てた。今のバグの影響を受けたヘイグリットは、これまで得た力をゲームに登場する刀という形に無理やり当てはめて刀化している。それは本来、する必要もないものすごく無駄な行為なのだ。
そしてゲームで得たことになっているスキルをフィードバックしたのか、かつて食らった剣士の魂を刀の形に形成することができるようになった。それでこの間、師匠と呼ばれる者の小太刀を再生した。その小太刀は恐らくその師匠が用いていた刀なのだろう。その戦いの記憶をゲームのスキルによって現出させている。
それで俺なんだが、俺はまぁ、前世で武芸は嗜んでいたが、特定の剣を使っていたわけじゃないんだよな。名剣なんて家に転がってても普段から使ってたわけではないし、そもそも剣で人や物を切ったのはこの世界に来てからが初めてだ。
「そりゃ俺が剣士じゃないからじゃないか?」
「剣士?」
「前にも言った通り、俺が一番得意なのは体術なんだ。それに特定の剣を使うようになったのは今の俺になってからだし、そもそもそれだってお前と稽古する時くらいだろ」
「え? じゃあ三船ちゃんは刀にならないの?」
「刀にはならんかもしれんが、俺を吸収すればお前の力にはなるとは思うぞ」
「ふうん?」
もともとヘイグリットは吸収する形を刀に限定はしていなかったはずだ。
こいつもこれでバグに歪められてはいる。そういえばエルトリュールは記憶を思い出し、元の力を取り戻したという。たしかにモニタリングしたサンダー・ドラゴン戦は凄まじいものだった。そう考えれば本来の力を封印されている者はそれなりに多いのかもしれない。
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