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門出の日

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「愛しき末娘フィリアの門出に幸あらんことを!」

父王の掛け声に合わせて、その場にいた全員が盃を掲げた。

作り笑いを張り付けたフィリアのもとに、次から次へとひっきりなしに色んな人たちが言葉をかけにやってくる。


最初にやってきたのは豪華な金髪をいくつもの縦ロールにした女性だった。

「ああフィリア、愛しい私の妹、あなたの幸せを祈っているわ」

嘘つき――――フィリアは心の中で吐き捨てた。

お姉さまが私のことを妾腹の卑しい人間だと言いふらしてきたことを、私が知らないとでも?

フィリアは心の声を隠しながら笑顔で応じた。


次にやってきたのは体格のいい若い男性。

腰には剣を下げ、礼服のあちこちに軍での地位を示す記章が縫い付けられている。

「フィリア、辛いことがあるかもしれないが頑張るんだぞ。俺はいつでもお前のことを想っているからな」

一見すると朗らかな笑顔とともに放たれた言葉・・・これも嘘だった。

(ねえ、お兄様。武芸の訓練だといって木剣で何度も私を叩きのめしてきたことを忘れてしまったのかしら?)

本音を押し込めながら、フィリアはそつなく返事をした。


「フィリア様。これまでお仕えできたこと誇りに思っています。どうか、嫁ぎ先でもご健勝でありますように・・・」

これまでフィリアの世話をしてきた召使たちも最後のあいさつにやってきた。

だが、それすらも嘘だった。

『どうせ仕えるなら王位継承者の第一王子か、国一番のお金持ちの第一王女様のほうがよかったわぁ』と休憩中に何度となく愚痴りあっていたのを聞いていたフィリアが召使たちの言葉に何ら感じるものはなかった。



きらびやかなシャンデリア。華やかなドレス。色とりどりの料理。

全て、まやかしであった。


モールド王国の末の王女フィリアの結婚を祝うという名目で行われているパーティ。

しかし、心からフィリアの結婚を祝っている人間は1人もいない。

みんな厄介なことをどうでもいい奴に押し付けることができて喜んでいるだけだった。




始まりは半年前にさかのぼる――

近年、破竹の勢いで領土を広げている隣国サドゥーク帝国からモールド王国に向けて服従を迫る使者がやってきた。

父王と家臣たちは誇りをかけて戦争に打って出るか、生き残りを重視して服従するか、長い長い議論の末に服従することを選んだ。

そして服従の証として、王族の女性の誰かがサドゥーク皇帝の側妃として嫁ぐことが決まった。



栄誉ある婚姻ではなく、降伏を示すための輿入れを望む者などいるはずもなく、権力を用いた押し付け合いが起こり、その当然の帰結として後ろ盾も権力もないフィリアがサドゥーク帝国に嫁がされることになったのである。

それに対してフィリアができるのは、波風を起こさぬよう大人しく従うことだけだった。

自分の意思を抱き周囲に逆らえば、より事態が悪化することをフィリアは経験上よく知っている。


「フィリアよ。最後に別れの挨拶をしてゆくがよい」

父王の言葉にフィリアは我に返る。

とっくにパーティは佳境を迎えていた。

父王に促されてフィリアは皆の前に進み出る。

「この国の平和のために至らぬ身ではありますが、サドゥーク帝国へと出向きます。皆様、長い間お世話になりましたわ」

フィリアが深々と頭を下げると乾いた拍手が巻き起こる。

無機質な笑みを浮かべた人達からの形だけの祝福に、フィリアもまた作り物の笑顔で応じ続けた。
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