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第七章 海への道
7-2 依頼書
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セインが引き抜いた依頼書。そこには、この港町でかなり有名な大店が依頼人として記載されていた。
内容は、重度の血の穢れ、対象は刃物。穢れ払い等。
信用も加味してか、ハンターランクは銀以上、その代わり報酬は上乗せされており、提示された金額は銀貨五枚。追加報酬もあり、とのことだった。
日本円にすると、五万円ほど。
帝国が流通する札の価格が、一枚あたり百円から千円ほどだと考えると、かなり奮発した依頼料である。
なるほど、と察しがついた。
『ははん、割のいい依頼を先に取られたので、いちゃもんを付けようという気じゃな』
着物に下駄という座敷童のような姿のツクは、腰に手を当て、仰ぎ見るように大男を睨みつけた。
まるで挑発するかの様子だが、当然ながら、その姿はセインにしか見えない。そしてセインは、相変わらず大男に上から覗き込まれるのが苦手だった。
自分より大きな相手に、無抵抗のまま殴る蹴るの暴行を受けたというトラウマは、前世の記憶を取り戻し、心が安定した今でも身体がしっかり覚えている。まったくもって、今更ながら忌々しい記憶である。
無意識に身体を屈めるようにして防御姿勢になったセインに、相手は「っと、すまない。びっくりしたか」と、慌てて身体を起こして少し後ずさった。
「それだよそれ、手に持ってるやつ。その依頼は、簡単そうな穢れ払いだが対象は銀ランクだ。それに、ほれ、その右下見て見ろ」
どうやら男は、セインが間違って高ランクの依頼を取ってしまったと勘違いしたようだ。それを指摘しようとしたが、とりあえず彼のアドバイスどおり、依頼書の右下を見た。
「……これは? チェックが、一つ二つ……五つ? 銅、銅、最後は銀かな」
「それは、いままで失敗したハンターの印だ。横のランクが、受けたハンターのランク。おそらく追加報酬というのは、依頼失敗でハンターが支払った違約金も嵩増ししてやるってこったろうな」
ハンターランクのブロンズが四回、シルバーが一回、依頼を完遂できなかったということだ。失敗や辞退による違約金は、依頼主が受けた損害に比例するので、この手の案件なら大した金額ではないだろう。とはいえ、それでも成功すればかなりの収入を得ることが出来る。
なるほど、まだ彼の意図がどこにあるかわからないが、少なくとも僕のような子供が扱える依頼書じゃないと思っているということだ。
「ご親切にありがとうございます。ですが、僕の家系はこういうのを得意としてますから」
そう言って、セインはギルドのランクを示すためにも、ハンターカードを差し出した。親切心で言ってくれているのだとしても、ともかく数日間の宿代、食事代などの路銀を稼ぐ必要はあるのだ。この依頼が無茶かどうかは、受付嬢に詳しい話を聞いてからでも遅くない。
「お、なんだ。坊やのくせに銀ランク相当だと? 一体何をやってこんな……」
ランクに驚いた大男は、あらためてセインを見て、もう一度カードを確認して「ん?」と、考え込むように目を瞑って目頭を押さえた。
「ロルシー……どっかで聞いたような」
少し考えた後、大声で「あ!」とハンマーのような拳と、グローブのような手をドンッと合わせた。
『……素手の音じゃねえな』
テンがいささかビビったように、ツクの後ろに隠れて呟いている。
「思い出した、目ん玉が飛び出るほど高級な札に、ばっちり書かれているサインじゃねえか」
一般的な汎用札には、小さくロルシー家の象徴のマークが印してあるだけだが、行事や祭事に使われる超高級仕様の品物には、ばっちりロルシー当主のサインが入っている。高級品を使ってますよ、という主催者のプライドを示すように、目立つところにしっかりと。
ロルシー当主の直筆サインがあるお札は、品質を保証するブランド品だ。それをサインできるのは、もちろんロルシー家の家長、すなわち侯爵ただ一人というわけである。
そして、いつものように相手の視線はセインの髪に移動した。
「……白、いや白と黒、かな? 変わった髪色だな、金色と銀色しか聞いたことがないが」
――あれ?
セインは、首をひねった。当然、いつものように成人前の灰色の髪のことを言われるかと思ったが、大男の見立ては違った。
「なんて顔してんだ。なんだ、もしかして変な色だって虐められてるのか?」
「あ、いえ、あー……そうですね、揶揄はされてましたね。この歳で、まだ灰色なのかって」
「灰色? いや、これは灰色じゃねえだろ。どっちかってえと白だぜ、これ。ほれ、見て見ろ」
「……ッ!? 痛い!」
いきなり髪を一本抜かれたため、びっくりして大きな声が出た。相手は悪びれた様子もなく「悪い悪い、見た方が早いと思って」とか言って笑っている。
差し出された髪は、確かに白で、一本の毛の中に不規則な間隔で濃淡の黒が混じっている。髪をかき分けると、黒い部分が目立つが、綺麗に撫でつけるとほぼ白に見えるといった具合である。
「いつの間に……」
髪質が変わったな? とは思っていたが、ガラスさえ貴重なこの世界に、鏡などという代物がそのへんにあるわけではない。しかも、いきなり変化したならまだしも、セインの周りにいる人々は、本人も含め、ほとんどが妖狐族に詳しくないし、気にもしなかったというのが正しいだろう。
もっとも、成人の証である妖狐の姿への変化もないので、本当にこれが成人への変化かどうかすらわからない。
と、言うことで、今はそんなことより。
「それで、お兄さん。この依頼書が欲しいとか、そういう話でよかった?」
「うん? 坊や、いや、セインだったか。まだ子供のナリだったから、ビギナーが間違えて依頼書を取ったのかと思っただけだ。銀ランクで、内容を理解してるなら口出ししない、悪かったな」
セインが突き付けた依頼書が、行き場を失ってへにゃりと折れ曲がった。
どうやら本当に、ただの人のいいおっさんだったようだ。
余計なお世話だったか、とどこか気恥し気にぼりぼりと頭をかきながら、立ち去ろうとしていた彼を、セインは思わず慌てて引き留めた。
「あ、待って。えーと、そうだ。よかったら、名前を」
「おっ、そうだな。こっちだけ聞いて、自己紹介まだだったな。俺はハンターランクシルバーのジャズだ。同じハンターだ、どこかで会ったらよろしくな」
内容は、重度の血の穢れ、対象は刃物。穢れ払い等。
信用も加味してか、ハンターランクは銀以上、その代わり報酬は上乗せされており、提示された金額は銀貨五枚。追加報酬もあり、とのことだった。
日本円にすると、五万円ほど。
帝国が流通する札の価格が、一枚あたり百円から千円ほどだと考えると、かなり奮発した依頼料である。
なるほど、と察しがついた。
『ははん、割のいい依頼を先に取られたので、いちゃもんを付けようという気じゃな』
着物に下駄という座敷童のような姿のツクは、腰に手を当て、仰ぎ見るように大男を睨みつけた。
まるで挑発するかの様子だが、当然ながら、その姿はセインにしか見えない。そしてセインは、相変わらず大男に上から覗き込まれるのが苦手だった。
自分より大きな相手に、無抵抗のまま殴る蹴るの暴行を受けたというトラウマは、前世の記憶を取り戻し、心が安定した今でも身体がしっかり覚えている。まったくもって、今更ながら忌々しい記憶である。
無意識に身体を屈めるようにして防御姿勢になったセインに、相手は「っと、すまない。びっくりしたか」と、慌てて身体を起こして少し後ずさった。
「それだよそれ、手に持ってるやつ。その依頼は、簡単そうな穢れ払いだが対象は銀ランクだ。それに、ほれ、その右下見て見ろ」
どうやら男は、セインが間違って高ランクの依頼を取ってしまったと勘違いしたようだ。それを指摘しようとしたが、とりあえず彼のアドバイスどおり、依頼書の右下を見た。
「……これは? チェックが、一つ二つ……五つ? 銅、銅、最後は銀かな」
「それは、いままで失敗したハンターの印だ。横のランクが、受けたハンターのランク。おそらく追加報酬というのは、依頼失敗でハンターが支払った違約金も嵩増ししてやるってこったろうな」
ハンターランクのブロンズが四回、シルバーが一回、依頼を完遂できなかったということだ。失敗や辞退による違約金は、依頼主が受けた損害に比例するので、この手の案件なら大した金額ではないだろう。とはいえ、それでも成功すればかなりの収入を得ることが出来る。
なるほど、まだ彼の意図がどこにあるかわからないが、少なくとも僕のような子供が扱える依頼書じゃないと思っているということだ。
「ご親切にありがとうございます。ですが、僕の家系はこういうのを得意としてますから」
そう言って、セインはギルドのランクを示すためにも、ハンターカードを差し出した。親切心で言ってくれているのだとしても、ともかく数日間の宿代、食事代などの路銀を稼ぐ必要はあるのだ。この依頼が無茶かどうかは、受付嬢に詳しい話を聞いてからでも遅くない。
「お、なんだ。坊やのくせに銀ランク相当だと? 一体何をやってこんな……」
ランクに驚いた大男は、あらためてセインを見て、もう一度カードを確認して「ん?」と、考え込むように目を瞑って目頭を押さえた。
「ロルシー……どっかで聞いたような」
少し考えた後、大声で「あ!」とハンマーのような拳と、グローブのような手をドンッと合わせた。
『……素手の音じゃねえな』
テンがいささかビビったように、ツクの後ろに隠れて呟いている。
「思い出した、目ん玉が飛び出るほど高級な札に、ばっちり書かれているサインじゃねえか」
一般的な汎用札には、小さくロルシー家の象徴のマークが印してあるだけだが、行事や祭事に使われる超高級仕様の品物には、ばっちりロルシー当主のサインが入っている。高級品を使ってますよ、という主催者のプライドを示すように、目立つところにしっかりと。
ロルシー当主の直筆サインがあるお札は、品質を保証するブランド品だ。それをサインできるのは、もちろんロルシー家の家長、すなわち侯爵ただ一人というわけである。
そして、いつものように相手の視線はセインの髪に移動した。
「……白、いや白と黒、かな? 変わった髪色だな、金色と銀色しか聞いたことがないが」
――あれ?
セインは、首をひねった。当然、いつものように成人前の灰色の髪のことを言われるかと思ったが、大男の見立ては違った。
「なんて顔してんだ。なんだ、もしかして変な色だって虐められてるのか?」
「あ、いえ、あー……そうですね、揶揄はされてましたね。この歳で、まだ灰色なのかって」
「灰色? いや、これは灰色じゃねえだろ。どっちかってえと白だぜ、これ。ほれ、見て見ろ」
「……ッ!? 痛い!」
いきなり髪を一本抜かれたため、びっくりして大きな声が出た。相手は悪びれた様子もなく「悪い悪い、見た方が早いと思って」とか言って笑っている。
差し出された髪は、確かに白で、一本の毛の中に不規則な間隔で濃淡の黒が混じっている。髪をかき分けると、黒い部分が目立つが、綺麗に撫でつけるとほぼ白に見えるといった具合である。
「いつの間に……」
髪質が変わったな? とは思っていたが、ガラスさえ貴重なこの世界に、鏡などという代物がそのへんにあるわけではない。しかも、いきなり変化したならまだしも、セインの周りにいる人々は、本人も含め、ほとんどが妖狐族に詳しくないし、気にもしなかったというのが正しいだろう。
もっとも、成人の証である妖狐の姿への変化もないので、本当にこれが成人への変化かどうかすらわからない。
と、言うことで、今はそんなことより。
「それで、お兄さん。この依頼書が欲しいとか、そういう話でよかった?」
「うん? 坊や、いや、セインだったか。まだ子供のナリだったから、ビギナーが間違えて依頼書を取ったのかと思っただけだ。銀ランクで、内容を理解してるなら口出ししない、悪かったな」
セインが突き付けた依頼書が、行き場を失ってへにゃりと折れ曲がった。
どうやら本当に、ただの人のいいおっさんだったようだ。
余計なお世話だったか、とどこか気恥し気にぼりぼりと頭をかきながら、立ち去ろうとしていた彼を、セインは思わず慌てて引き留めた。
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