賢者の世迷言

テルボン

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第1章 賢者の世迷言

航海のその先に

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 穏やかな天候が続いているお陰で、今日の航海も順風満帆である。
 メインマストに寄りかかり、甲板の上で作業する屈強な水夫達の様子を眺めていると、後方から自分を呼ぶ声が聞こえる。

「エルグリン、何処に居るの~?」

 呼ぶ者の姿は、自分の生き写しというか、鏡を見ているみたいと言うべきか、エルフ特有の、目の色・髪の色・整った顔立ち・尖った耳だけで無く、服装まで上下淡緑の狩人服で、違うのは性別と性格くらいしかない。自分はいわゆる双子の弟にあたる位置にいる。

「ここだよ、エルミア。ずっと室内に籠っているより、潮風に当たっていた方が気分が楽になるよ」

「私は読書してるから平気。それに、森の風と違ってベタベタしてるのが私は嫌だな~。そんなことより、母様がまた気分悪いって言ってるよ」

 エルグリンは溜め息をつく。この話は航海が始まってからこれで三度目である。

「ただの船酔いだよ。それよりも、ジジ様の部屋に行こう?船酔いに効果的な薬があるかもしれないしね」

「行くのは良いけど、ジジ様は今、船長室で船長さんと会話中だと思うわ」

 構わないさと、エルグリンは船長室に着くと直ぐに扉をノックする。

「どうぞ」

 返事がしたので二人は中へと入る。室内には船長である、人間のボールズ船長が海図にコンパスを見ながら線を引いている。

「エルフの嬢ちゃん達か…おい、賢者様、孫達が来てるぞ」

 船長室の片隅にジジ様のスペースが確保してある。
 小さめのソファに腰掛けているのは二人の祖父、賢者ウォーレン=リーヴァネスである。
 ウォーレンは二人を一瞥すると、手前の机に用意していた紙包をエルグリンに手渡す。

「これはさっき作った酔い止めだ。二回に分けて飲ましてやるといい」

 包を開けると、複数の薬草で調合された薬丸が6個程入っていた。

「よく母の事だと分かりましたね。でも事前に分かっていたのでしたら、航海が始まる前に渡してあげていれば良かったのでは?」

「一週間もあれば、慣れてくれるものと考えていたのだがな。最後まで慣れる事は無い様だ。とにかく、それを早く飲ませてやるといい」

 もう用事は済んだなと言わんばかりに、ウォーレンは足元に置いてある観葉植物に水を与えている。ありがとうございますと、エルグリンはまだ残ろうとするエルスールの腕をつかみ部屋を出た。

「何するのさ、薬ならエルミアが持って行けば良いだろ?僕はもうちょっとジジ様と話がしたいんだけど」

「もう、ジジ様が今から何をしようとしてたか気付かなかったの?」

 ?が頭の上に浮かぶ弟に、彼女は呆れて溜め息をつく。

「あの木は世界樹の木よ。今から森精霊人ドライアドのサリマドールを呼び出すのだと思うわ」

「サリマドール⁈賢者じゃないか!それなら余計に見てみたいな」

「ダメよ!彼女は森精霊人ドライアドなのよ?若い男は精気を吸われて干からびてしまうわ」

「う…でもさ、ジジ様はサリマドールを呼び出して何をするつもりなのさ?」

「そ、それは…彼女は世界中に連絡する手段を持っているらしいから、おそらくは情報の為よ。多分…」

「なら、確かめようよ」

 エルグリンは身軽な動きで船長室の外壁を移動して行く。エルミアは、少しためらったが後を追った。
 ジジ様が居た隅の裏側に着くと、中から話し声が微かに聞こえてくる。

「…そうか…ドワーフ達が…おそらく巨魔王の仕業だろう…いや………で良いだろう…」

 少し聞き取り辛い。壁に耳を当て集中すると、ジジ様とは違う女性の声も聞こえてきた。

『ならばその件は彼奴に一任しよう。では、再び各地に撒かれた疫病の件はどうする?』

「その疫病は君で解析はできそうか?疫病の特定ができるのなら、即座に特効薬を私が調合してその材料と割合を各地の薬剤師に伝えるだけでいい。今回は我々が各地を回る訳にはいかないからな。自分達で乗り切ってもらわねば」

『そうだな、了解した。解析は私が引き受けよう。それで…後はヨハンと繋ぐのであろう?』

 ヨハン⁈エルグリンとエルミアは目を見開いた。
 ヨハン=アシュミード。その名は二人の父親の名前。物心ついた頃には姿を見せなくなった酷い人間父親
 ハーフエルフとして生まれた二人は、エルフ達の里では差別される存在であった。母は里の僻地に住み、二人をここまで育て上げてくれた。年に数日だけ母が留守の時があり、その際にはジジ様が面倒を見に来た。子供ながらに、母があの男と会っているのは勘付いていた。
 二人は父親ヨハンが嫌いである。帰って来た母が落ち込む姿を見るのも、その日を心待ちにしているのも、二人には嫌悪感しか浮かばない。

「ああ、投影を頼む」

 しばらくの沈黙の後、聞こえる声が男の声へと変わった。

『おお、君から連絡をくれるとは嬉しいよ。丁度こちらからしようと考えていたところだったんだ』

「この愚か者!」

再開を喜ぶヨハンとは対照的に、ウォーレンは開口一番に罵った。エルグリン達は驚きのあまり海に落ちそうになる。

「下準備も無しにいきなり建国とは何事だ⁈大体、10年も連絡をできる状態で無かったのだぞ?御主が中心で世界に大事が起きると分かった時の私の感情はどうしてくれるのだ⁉︎」

『…ウォーレンには感謝しているよ。今回の件も、星占術で知っていたんだね。今も私の為に動いてくれているみたいだし、君には迷惑かけてばかりだな』

 ウォーレンはふぅと一息入れ自分を落ち着かせる。

「今更だ。…それで?島の現状はどうなっている?」

『屍魔王の部下は今は私の指揮下にある。アンデット系ばかりなので、日中はダンジョン内で働かせている。島にある建物は補修次第で再利用可能な物が多い。人口は白竜一族が加わり、今の島民は212人。建国して3日、今のところは問題無しかな』

「白竜…フィリアの家族か。それは問題だな。早めに動かねばならないぞ。水路の状況、生態系の調査と安全を確保を急げ」

『何故、我等が問題なのだ?』

 ヨハンの側に居たらしく、フィリアが聞き捨てならないと話に参加してきた。

「フィリア、君達は生態系の頂点に立つドラゴン一族だ。人間に比べ、1日に消費する食事の量は多大なものだ」

『わ、私は少食だぞ。本当だぞ?』

「ああ、分かっているとも。しかし、だ。これから先、人口が増えるに連れて食料の確保は最重要課題の一つなのだ。水も然りだ。水源はあるのだろうな?」

 200頭を超えるドラゴンが1日に消費する食料は、3000人程の人間の食事の量と近い。アンデット系ばかりのこの島では、手付かずだった野生の動物達が数多く生息しているが、ドラゴン達が自由に乱獲すれば、長く持たない事は目に見えている。

『水源は、アスヴァロ火山の麓にある湖から都市や村にと水路が残っていて、少しの改修工事で島全土の建物で使用可能だろう。白竜一族には…家畜化が落ち着くまでは、食事の大半を魚で空腹を満たしてもらうとしよう』

「それで良い。私達が島に到着するまでに、水質調査と生態調査を終えていてくれ」

『分かった。やって置くよ。それで、いつ頃に着きそうなのかな?あと、人数は?』

「到着は明後日。私を含むエルフが20人、人間の船乗りが35人、計55人だ」

『明後日⁈君が居た里からだと一週間は掛かると思うが、かなり早いな』

「占いが出た次の日には里を出発したからな。人間達は全員、商用船の水夫だ。彼等は、自分達の貿易会社を持ちたいという願いを叶える為に島への航海を承諾してくれた。彼がこの船の船長だ」

 ボールズ船長が定規片手に軽く会釈すると、ヨハンも笑顔で会釈を返した。

「当然だが、船にはアルイエルも、娘達も乗船している」

 エルグリン達は冗談じゃないと、母の居る船室へと戻った。
 まさか、父親ヨハンの居る火山島に向かっていたなんて!行き先を知らされぬままにハーフエルフ達と航海に出る事になり、とうとう里からも追い出される事になったのだと思っていた。

「母様‼︎今すぐに船を降りましょう!この航海に付き合う必要はありません!」

 二人して室内に入るなり、寝ている母に言い寄った。母はまだ気分が悪いままであったが、憂鬱な標準のまま上体を起こして二人の顔を見る。

「どうしたの?」

「このままだと彼奴の住む島に着いてしまいます!その前に小船で降りましょう」

「…⁈まさか、ヨハンが居るの⁈」

 母が父が居る事に勘付いた瞬間に、今までの船酔いを忘れて笑顔になる。二人は母のその表情に、脱出はもう無理だと悟り落胆するのだった。
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