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陽の果てで ―Waiting for the Moon ー
hurt ①
数日前から、夏休みに入っていた。
インターハイ予選は残念な結果に終わったけれど、
それでも季節は止まらない。
三年生が引退し、二年生を中心とした新チームが、次の目標に向けて動き出していた。
そのために、まずは合宿と遠征が予定されている。
その夜。
合宿の準備のため、部活は早めに切り上げられ、
一真の帰宅も、いつもより早いはずだった。
――けれど、八時を過ぎてもまだ帰ってこない。
透はスマホの時計を確かめて、小さくため息をついた。
そのとき、玄関のチャイムが鳴る。
鍵を持っているはずなのに、と思いながらモニターをのぞくと、
映っていたのは夏目の姿だった。
「はい」
『あ、夏目です。先生は……』
「まだだよ。もう帰ってくると思うから、上がって待ってる?」
『お邪魔じゃなければ……』
返事の代わりに、エントランスのドアが開く音がした。
部屋の前でもう一度チャイムが鳴り、
透がすぐにドアを開ける。
「上がって」
「お邪魔します」
靴を脱ぐ夏目の様子を見ながら、
透はふと、先日のバスケ部の連中が来た日のことを思い出し、
その違いに少しおかしくなった。
「こないだとはずいぶん違うね」
「……あれは、他の連中が調子に乗っちゃって」
「きみは、ちょっとタイプが違うのかな?」
「あ、いや、自分じゃわからないですけど」
「ふーん」
そこで、少しの沈黙が落ちた。
透はソファを指さし、座るように促しながら話をふる。
「先生、もう少ししたら帰ってくるんじゃないかな? なにか相談?」
「あ、はい」
「マネージャーだったよね。三年生は引退したけど、きみはまだ部に残ってるの?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて……」
「ああ、ごめん。先生に相談だったね」
詮索しすぎたと思い、透は頭をかいた。
けれど、夏目は何も言わない。
俯いたまま、手の中で鞄の持ち手をいじっている。
「なんか飲む?」
「いえ……」
「えーっと、先生遅いね。今日、来るって連絡してた?」
夏目は、首を横にふった。
「じゃあ――」
透の言葉を遮るように、夏目が立ち上がった。
「ごめんなさい。先生じゃなくて、あなたに会いに……来ました」
「えっ⁉︎」
息をのむ透。
目の前の少年は、暗い瞳で、真っ直ぐに透を見ていた。
「俺、あなたのことが好きで、それで……」
「ありがとう。でも、この前も聞いたよ。なんで……また?
あ、こないだ“まだ言いたいことがある”って言ってたけど、それ?」
――そうではない。
透は、少年の表情を見た瞬間、そう察してしまった。
夏目は、すうっと息を吸い込む。
「先生と、付き合ってるんですよね?」
その声には、かすかな怒気が混じっていた。
静かな部屋の空気が、一瞬で張りつめる。
透は、思わずその表情を睨み返していた。
「それと、この訪問となにか関係があるのかな?」
言葉の端に、透自身も抑えきれない苛立ちがにじむ。
急にプライバシーに踏み込まれたこと。
一真がいない夜に突然訪ねてこられたこと。
そして、相手が一真の教え子であり、
自分の小説の読者でもあるということ――。
だからこそ、ここまでは寛容でいられた。
けれど――
これ以上、踏み込ませるわけにはいかない。
透は、心の奥でそう言い聞かせながら、
まっすぐ夏目の視線を受け止めた。
「先生、まだ帰りませんよ」
「……はぁ?」
何を言いたいのか、一瞬、意味が掴めなかった。
夏目の声が、低く続く。
「明日から合宿だから、今夜は――抱いてもらえると思ったんですか?
同じこと考えてる人が、他にもいるなんて思わないですよね」
その言葉が届いた瞬間、
透の視界がすっと暗くなった。
世界の輪郭が、遠のいていく。
音が引いて、夏目の姿だけが、遠くに浮かんで見えた。
胸の奥に、冷たいものが流れ込んだ。
インターハイ予選は残念な結果に終わったけれど、
それでも季節は止まらない。
三年生が引退し、二年生を中心とした新チームが、次の目標に向けて動き出していた。
そのために、まずは合宿と遠征が予定されている。
その夜。
合宿の準備のため、部活は早めに切り上げられ、
一真の帰宅も、いつもより早いはずだった。
――けれど、八時を過ぎてもまだ帰ってこない。
透はスマホの時計を確かめて、小さくため息をついた。
そのとき、玄関のチャイムが鳴る。
鍵を持っているはずなのに、と思いながらモニターをのぞくと、
映っていたのは夏目の姿だった。
「はい」
『あ、夏目です。先生は……』
「まだだよ。もう帰ってくると思うから、上がって待ってる?」
『お邪魔じゃなければ……』
返事の代わりに、エントランスのドアが開く音がした。
部屋の前でもう一度チャイムが鳴り、
透がすぐにドアを開ける。
「上がって」
「お邪魔します」
靴を脱ぐ夏目の様子を見ながら、
透はふと、先日のバスケ部の連中が来た日のことを思い出し、
その違いに少しおかしくなった。
「こないだとはずいぶん違うね」
「……あれは、他の連中が調子に乗っちゃって」
「きみは、ちょっとタイプが違うのかな?」
「あ、いや、自分じゃわからないですけど」
「ふーん」
そこで、少しの沈黙が落ちた。
透はソファを指さし、座るように促しながら話をふる。
「先生、もう少ししたら帰ってくるんじゃないかな? なにか相談?」
「あ、はい」
「マネージャーだったよね。三年生は引退したけど、きみはまだ部に残ってるの?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて……」
「ああ、ごめん。先生に相談だったね」
詮索しすぎたと思い、透は頭をかいた。
けれど、夏目は何も言わない。
俯いたまま、手の中で鞄の持ち手をいじっている。
「なんか飲む?」
「いえ……」
「えーっと、先生遅いね。今日、来るって連絡してた?」
夏目は、首を横にふった。
「じゃあ――」
透の言葉を遮るように、夏目が立ち上がった。
「ごめんなさい。先生じゃなくて、あなたに会いに……来ました」
「えっ⁉︎」
息をのむ透。
目の前の少年は、暗い瞳で、真っ直ぐに透を見ていた。
「俺、あなたのことが好きで、それで……」
「ありがとう。でも、この前も聞いたよ。なんで……また?
あ、こないだ“まだ言いたいことがある”って言ってたけど、それ?」
――そうではない。
透は、少年の表情を見た瞬間、そう察してしまった。
夏目は、すうっと息を吸い込む。
「先生と、付き合ってるんですよね?」
その声には、かすかな怒気が混じっていた。
静かな部屋の空気が、一瞬で張りつめる。
透は、思わずその表情を睨み返していた。
「それと、この訪問となにか関係があるのかな?」
言葉の端に、透自身も抑えきれない苛立ちがにじむ。
急にプライバシーに踏み込まれたこと。
一真がいない夜に突然訪ねてこられたこと。
そして、相手が一真の教え子であり、
自分の小説の読者でもあるということ――。
だからこそ、ここまでは寛容でいられた。
けれど――
これ以上、踏み込ませるわけにはいかない。
透は、心の奥でそう言い聞かせながら、
まっすぐ夏目の視線を受け止めた。
「先生、まだ帰りませんよ」
「……はぁ?」
何を言いたいのか、一瞬、意味が掴めなかった。
夏目の声が、低く続く。
「明日から合宿だから、今夜は――抱いてもらえると思ったんですか?
同じこと考えてる人が、他にもいるなんて思わないですよね」
その言葉が届いた瞬間、
透の視界がすっと暗くなった。
世界の輪郭が、遠のいていく。
音が引いて、夏目の姿だけが、遠くに浮かんで見えた。
胸の奥に、冷たいものが流れ込んだ。
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