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第1章 チュートリアル編

第15話 期待の新星パーカーさん

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 俺はゼーゼーハーハーと息を切らしていた。
 移動石による光も収束し、やがて消える。
 周囲を見渡せば、つい1時間ほど前に説明を受けたギルドだった。
 クエストのタイムリミットでギルドへと戻されたようだ。

「はぁ、ギリギリセーフだった…………戻ってきたな」
「にゃ」

 ミーコの鳴き声が耳に届き、ハッとする。

 早くミーコをカード化しなければ。この国宝級の可愛さを持つミーコが、賊や変質者に狙われてしまったら後悔してもしきれないのだ!
 俺はすぐさま「カード化して」と心の中で呟くと、ミーコの身体は白い光に包まれ、やがて消える。
 手の中には収まりの良い一枚のカードがあった。

 俺は、ふぅとため息をつく。

「おお! パーカー、終わったか」

 気の良いおっさんの声が聞こえ、俺は「はい」と力なく頷いた。

「なんだ? そんなにお疲れか。……お前、一体どんな戦いしてきたんだよ。すげぇボロボロじゃないか!」
「あ、え、えっと……」

 俺は言葉につまる。


 言葉にすればあれはまさに死闘――とでもいうのだろうか。
 いや、例のモンスター以外の戦いにおいては蹂躙といったほうが正しいかもしれない。
 俺はつい数十分前の出来事を回想し、苦笑いを浮かべる。

「なんだかお前、随分頑張ったんだなパーカー。いや、俺が頑張れって背中叩いたのもあるんだが。……何かあったのか?」
「ふぅ、そうですね。色々と得るものはありました。すみません、聞いてください――俺の死闘を」

 そう言って俺は先の1時間の戦いをかいつまみつつ、語り始めた。

 ……だって、この抑えきれない高揚感と達成感を誰かに語りたい気分だったんだよ! 分かってくれ!


ーー。

ーーーー。


「……とまぁ、そんな感じです。ナポリタンのモンスター――No.131 クレイジーナポリタンとの戦いはまさに死闘といっても過言じゃなかったです。襲いかかる空腹と言う名の敵と、鋭い剣さばきに俺はたちまち翻弄され――」
「お、おお! 分かったから、少し落ち着け」

 俺はどうやら戦闘による興奮などで頭に血が上っていたらしい。
 おっさんは興奮に喘ぐ俺を可哀想な目で見つめてきた。
その目によってようやく我を取り戻し、少しだけ冷静になる。
 胸に手を当てながら深呼吸を繰り返し、ようやく心に余裕が出てきたようだった。

「カードはきちんと拾ったか?」
「あ、はい。実を言うと、クレイジーナポリタン戦は移動石でギルドに飛ばされる10分前くらいには終わってたんです。でも、カードとドロップアイテムを拾うのに手間取って……最後の方は気合で全て回収してきました」
「それでそんなに息が切れていたんだな」

 俺は肯定するように頭を縦に振る。

「そうか、それなら良かった。じゃあまず、クエストの時間内に獲得した狩猟モンスターカードを数えるから、カウンターに来てくれ」

 そこでようやく俺はギルドのカウンターと待合席の間に突っ立っている現状を理解した。
 ものすごく中途半端なところで武勇伝(仮)を語っていたらしい。

 ……ものすごく注目を浴びているぞ、俺。居た堪れない……助けてミーコ。

 俺は先ほどまで荒ぶっていた己を恥じ、羞恥で頰を染めながら身を小さくする。
 おっさんはわざわざ受付カウンターの外に出てきてまで、俺を迎えにきてくれたらしい。……ありがとう、おっさん。

 カウンターまで急ぎ移動し、動揺しながらもポケットに詰め込んでいたカードの束を机の上にそっと置いた。

 そういえばと、俺は思い出したように口を開く。

「あっ、そうだ。俺、新しく得たカードをそのままバインダーに2種類ほど収納してしまったんですけど……それもカウントしてもらえるんですか?」
「ああ、可能だ。………………ってお前!! こ、この数は、い、一体なんだ!」
「…………え? な、なにが……」

 おっさんはカウンターから身を乗り出し、俺の両肩をガシリと掴む。
 俺はその勢いに驚き、急激に不安を覚え始める。

 なにかおかしなことをしてしまったのだろうか。

 不安は焦燥に変わり、俺は顔を強張らせた。

「だから、この異常なカードの枚数は一体どういうことだと聞いているんだ!」
「カ、カードの枚数? お、おっさ……あなたが言ったように、30枚目指して……」

 あ、やばい。今おっさんって面と向かって言おうとしてしまった。いっけねぇ……。

「ああ! 明らかに30枚は超えているよな。そんなことは見りゃわかる」

 俺はおっさんの言っていた大台の30枚を目指しただけだ。全てはレアなモンスターをこの手でモフモフするために!



「お前な……いいか、よく聞け。



この認定クエストでの最高狩猟数は――――24匹だ。30枚を超えた人間なんて、パーカーさんが初めてだ」


「――――――え?」



 俺は咄嗟の反応に遅れた。
 にじゅう……よんまい…………24枚か! ……って、明らかに俺、その記録超えてんじゃないか!

「え、だ、だって30枚以上狩猟しても当たり前って口ぶりでしたよね?」
「いや、あんときは男ならそれくらい目指さんでどうする! という気合いと応援の気持ちを伝えただけさ。それがまさか――」
「…………」

 凍りついた俺の顔に滝のような汗が流れ出す。

 やっべえやっちまったとばかりに狼狽する俺。
 それとは対照的に、真顔でこくこくと頷くおっさん。

 彼は乗り出した体を引っ込め、俺が可視化したバインダーとカウンターに置いたカードの束を手に取った。
 そして一枚一枚確認し、最後に識別ナンバーを打ち込んだ機械に向かう。

「な、何しているんですか?」
「ああ、データで不正がないか確認しているんだよ」
「そんなことできるんすね……」

 乾いた声で「魔法みたいですげーなー」と呟く。

 その機械を操作していたおっさんは無言で頷いた。
 俺の心はすでに裁判の判決を待つ罪人のように打ち震えていた。

 色々と加減を誤ってしまった俺。
 レアモンスターをモフモフしたいとばかりに気合いを入れすぎてしまったらしい。

 おっさんが機械から顔を上げたと思えば、俺に鋭い視線を向けた。
 緊張が辺りを包む。

「お前さんの狩猟数――34匹。今、データ上でも確認した。間違いなくクエスト中に34匹討伐しているな」
「データ上で……」
「まさか、本当に30枚の壁を越えるとは思わなかった……!」

 おっさんは何かを噛みしめるように呟く。感慨深そうな面持ちで、涙を堪えていた。
 俺は対照的に身を竦ませる。
 そしておっさんは席を立ち上がると、周囲に丸聞こえなほど大きな声を出した。

「すげぇぞお前ら! 今日、テイマー認定クエストの最高狩猟数が塗り替えられた!」

 は? え、ちょ、ま、待ってくれ!

「――ええぇ!?ほ、本当ですか!」
「ああ本当だ。真実だ!」

 隣の受付のお姉さんがカウンターを叩き、興奮して勢いよく席から立ち上がる。
 その二人の声をきっかけに、ギルド内は喧騒に包まれる。
 ざわざわと俺とおっさん、それに隣の受付嬢を遠目で眺める人間たち。
 皆一様に目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべているように見えた。

 おっさんと受付嬢は構わず続ける

「アレって5年間塗り替えられることがなかったんですよね!」
「そうだな。最高討伐数は24匹だった。その記録を10匹も超えて――この度更新された最高記録は計34匹! そんな数のモンスターをフート草原にて一刻の時間内に倒した男。その名も――パーカーだ!」

 おっさんは俺の名前を叫ぶと、まるで劇の主役の登場を促すように軽く背中を叩いた。

「え、やばくない……フート草原で34枚って」
「な! すごいな!」

 待合の長椅子に座っていた若い男女が驚愕した様子で俺の方を見る。

「あいつが? ……本当なのか?」
「ギルド受付のドリルが言ってんだ。マジなんだろう」

 いかにも堅気には見えなさそうな大柄の男二人が言う。

「すっご」
「僕には絶対真似できないよ」
「……負けないわ」

 様々な声が俺の耳に届く。
 俺は呆然と立ちすくしていたが、しばらくしてようやく己を取り戻す。

「お、おい、おっさん!!」
「なんだ……というか、おっさんって呼ぶな! 俺はドリルだ。お前、もしかしてずっと俺のことおっさんと呼んでいたんじゃないだろうな?」
「そ、それは……ってかそんなことは今はどうでもいいです。な、何してくれちゃってるんですか! どうしてこんなこと……」

 俺はおっさんの一声をきっかけにして、いまやめちゃくちゃギルド内で注目を集めている。
 突き刺さるような視線の数々に居心地が悪い。
 沸き立った喧騒は収まることを知らず、隣の受付嬢も仕事を放棄して騒ぎ立てている始末だ。

「なんだ? 知られちゃまずかったか?」
「……ええ、まあ。俺はのんびりテイマーをやっていこうと考えてたのに。……そりゃ、レアにつられて少し頑張ってしまいましたけど」
「……ん。そりゃ、無理だな」
「……え?」

 おっさん――ドリルの一言に俺は目を丸くする。
 彼は真っ直ぐ俺を見つめた。

 何が無理なんだ?

 彼の言っている意味がわからず、俺は困惑気味にドリルを見返した。

「この記録の塗り替えはな、おそらく明日には都市中に広まる」
「……え」
「それくらい驚きの功績なんだよ。食堂の大食いチャレンジで記録を塗り替えたのとわけが違う」

 ど、どういうことだ?
 たかだかテイマー認定のための初心者クエストだろう?
 あそんなに騒ぎ立てることではないんじゃないか。

 そんな俺の内心を見透かしたかのように、おっさんは怪しげに微笑みを浮かべた。

「今までの記録、一刻で24討伐。これはな、今や都市中の人ら憧れの英雄、ラフェール・オリビエの打ち出した記録なんだよ」
「……ラフェール・オリビエ……さんですか?……だ、誰ですかその人」

 聞いたことのない名だ。
 ……ま、俺はまだこの世界に来て2日目だからな!

 ドリルは腕を組みながら語りだす。

「パーカーさんは知らんのか。ラフェールはな、獣士隊の最強の称号を持つ三獣士のリーダー。そしてテイマー最高ランクS級の称号を持つ五人のうちの一人で、人類最強の男と名高いやつだ!」
「へ、へえ。すごい人なんですね」

 説明のあまりの熱の入りように、俺は正直ドン引きしそうになった。
 けれど、それだけ強い人ならば男として憧れて当然なのかもしれない。

 俺はそのラフェールさんとやらの活躍を目にしたことがないから、下手なことは言えん。
 とりあえず、おっさんの言葉にそのまま耳を傾ける。

「ラフェールの凄いところはたった5年でその地位まで成り上がったところだ。テイマーになりたての頃から天才ではあったがな。そして現在、あの男は数少ないドラゴンテイマーでもある」
「ド、ドラゴンテイマー!?」

 息を呑み、言葉を繰り返した。
 この世界にはドラゴンも生息しているのか。……それはすごい。是非とも会ってみたい!

 ラファールという人間は五年で地位と名声を得たというならば、相当年若い人間なのかもしれない。

「ああ。……そんなラフェールの記録を塗り替えたとあっちゃ、明日の新聞のトップは決まりだ。ーー期待の新星テイマー、パーカー現る! ってな」

 ま、まじですか。
 嘘だと……言ってくれ。

 先程から汗が止まらない。
 心臓の鼓動も早鐘を打ち続けている。

「そんな顔されてもな。俺がこの場で言わなくても、ほらあそこ……あの掲示板のテイマー認定試験の討伐数ランキングがあるだろ?」
「……え」

 俺はドリルの指差した先を見る。
 そこには木の枠で囲われたレトロ感溢れる昔ながらの掲示板があった。
 確かに彼の言ったランキングが――。

 ……うわあああああ。最悪だ。これを見逃すなんて!
 きちんと確認してれば、こんな騒ぎになることなんてなかったのに!

「まあ、この場で俺が言っても言わなくても変わらないってことだ。パーカーさん、みんながお前のこと期待するようになるぜ! なんたって、ラフェールを超えた男だからな」

 ドリルはそう言ってガハガハと笑った。
 裏表のないさっぱりとしたその笑いを見ていたら、不思議と気が抜けてきた。

「はぁー、やっちまったもんはしかたなし……か」

 俺は周囲に過度に期待されすぎると胃が痛くなるタイプの人間だ。
 これでストレス性の胃炎にでもかかったらどうする! ……などという八つ当たりはすべきでないだろう。分かってるぞ。

 これは己のアホなミスと、行き過ぎた戦闘が招いてしまった結果なのだから。

「分かりました。……覚悟を決めます。で、俺はこれから一体どうすればいいんでしょうか?」
「ああ、そうだったな。パーカーさんはまだ認定すら受けてないんだったな。――間違いなくテイマー認定の許可を出させてもらう。……ほら、このカードを受け取ってくれ」

 手渡されたのは俺の識別ナンバーと、【G級】のランクが入ったカードだった。
 大きさはモンスターカードとそう変わらない。

 いつの間に用意していたのだろうか。動揺してて気がつかなかった。

 これはアレか……ギルドカードってやつだな。

「このギルドカードはテイマーのランクを証明するためのものだ。ランクが上がるたびに入れる場所も多くなる。だから、時間があればランクアップを目指してくれ」
「はい」
「それと、今日お前が取得したカードだが。収納したことのない未取得だったカードは収納し、それ以外はMCSに売りに行くのがいいな。レアなものはトレードで利用できるが、今回出会った中で遭遇率の低いモンスターはクレイジーナポリタンくらいだからな」
「あ、あはは」

 あの奇妙なモンスターはレアだったらしい。
 それを聞かされ、少しだけ沈んだ気分が上がる。

 クレイジーナポリタンのドロップアイテムもエイティと同じように武器である剣だった。
 もしかして、遭遇率の低いモンスターは武器をドロップする傾向が高いのだろうか。

 おっさんはカードの束をカウンターに置き、俺の前まで押す。

 俺はそのカードの束を見て、今日初めて戦ったモンスターを思い返す。


 今朝の朝食である卵を生んだ鳥系モンスターで、頭部が二つに分かれている鶏のコケッコー。
 ミーコ2回目の《誘引》で最初に襲いかかってきた真っ黒な犬系モンスター、ブラックレトリバー。

 虫系モンスターは3種類倒していた。
 蜘蛛の背中に鉄砲のようなものが付いているタランチャー。
 とにかくでかいさそりのオオサソリ。
 ミーコの二分の一サイズの緑色の巨大芋虫、キャタピラン。

 ファンタジーの定番枠にはゴブリンや犬頭のコボルトがいた。

 そして最後に対峙したレア中のレアなのだというクレイジーナポリタン。

「俺、いっぱい戦ったんだな」

 回想しながら、しみじみと呟く。

「パーカーさん。疲れてるとの悪いんだけど、今度はテイマーのランクの上げ方について説明させてもらっても構わないか?」
「あ……はい。お願いします」

 そう言ったドリルは、新たな資料を取り出した。
 そして一枚の紙を俺に見せる。
 そこには七つに区切られた縦長の四角形が描かれていた。

「えっとこれは……」
「ダンジョンさ」

 ドリルははっきりと述べる。



「テイマーランクを上げるには、ただ一つ。――この都市にある【セントラルダンジョン】を攻略することだ」

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