35 / 50
第2章
第16話 サキュバス
しおりを挟む俺はゆっくりとした足取りで、その部屋へと入る。
扉はどうやら押し開き式のようなものだった。
「ここは……」
「……にゃお」
いかにもな気配を覚えるが、周囲に人影はない。
その部屋はどのフロアよりも大きく、そしてゆらゆらとランプが照らしている部屋。
匂い立つような官能的で淫らな空気を肌に感じる。
――おそらくここが、ボスモンスターであるサキュバスの待ち構えている部屋なのだろう。
無骨な城砦の外観と同様に、部屋の装飾も少なめだ。
石造りの壁と床は黒みがかった青。
目立つものといえば、部屋の中央に置かれている大きなベッドくらいだ。
寝室……なのか? なんていうか、すっごい意味深すぎるな……。
俺は警戒心を露わにしながら、部屋の中を見渡す。
すると――。
――あ……る~♪ ~~~なら~♪ ……っ~~♪♪
「……ん? な、なんか聞こえる……」
突然、なにかが耳へと届く。
歌だ。女性の唄う歌。
まるでただをこねる子供を優しく寝かしつける母親の子守唄のような柔らかな声。
けれどそれとともに骨の髄まで侵食されそうな魅惑の声。
俺は二つの相反する感想を抱いた。
それくらい不思議な唄声なのだ。
だが同時に気づく。
「……っ! やばいか! ミーコ、耳を塞……って、無理か!!」
「にゃ、にゃおーん」
思わずそう伝えてしまったが、ミーコの耳の配置と腕のリーチでは大分難しいこと思い出す。
不可能ではないか、それをするなら床に伏せなければ厳しい。そして伏せてしまえばモンスターと戦うことは困難だ。
この声がサキュバスのものなのだとすれば、子守唄でも歌って俺たちを眠らせ、不戦勝を狙っているかもしれない。
それに俺の知っているサキュバスという生き物は、寝ている相手の夢に入り込む性質も持っている。……この世界のサキュバスがそういう存在なのかどうかは知らないが。
「姿を現せ! サキュバス」
「みゃっ」
俺は未だ続く唄を聴くまいと、耳を塞ぎながら叫ぶ。
険しい表情で周囲を見渡していると――。
『わたくしなら、ここにいますわ』
「……ーーっ!」
声が聞こえたのは部屋の中央に備わっていたベッドの方からだった。
唄が止まったかと思えば、甘く色気のある耳障りの良い声が聞こえる。
女らしさと気高さが入り混じったその声に、俺は小さく息を飲んだ。
ず、ずっとあそこにいたのか!? ……全然気づかなかったぞ。……気配断ちの訓練でもしてるのか!? いや、スキルという可能性もあるか……。
様子を見るべきだと考え、俺は用心深く声の主へと問いかける。
「サキュバスか! お前もやっぱ、《念話》持ちなんだな」
『あら、やっぱということは1階層のゴブローに教えてもらったのかしら?』
「ご、ゴブロー? ……それってもしかしてゴブリンロードの名前か?」
『うふふ、そうよ。ゴブリンロードだから、略してゴブロー。簡単でしょう?』
サキュバスは心底面白おかしそうに笑った。
……なんか馬鹿にされてるような気がするのは、気のせいか?
苦虫を噛み潰したようにサキュバスのいるらしきベッドを見据える。そこだけ無駄に豪華だった。
寝床に金をかけるたちなのか? ……まあ、分かるけど。睡眠は大事だもんな!!
呑気にそんなことを考える。
すると、ゆったりとした動きのほっそりした足がベッドの端から見える。
そして――姿を現した。
そのサキュバスはいかにも男を誘惑するために生まれてきたような艶っぽい外見をしていた。
白を通り越して青白く透き通った肌、黒々とした腰まで届く艶やかな髪――そして吸い込まれてしまいそうなほど真っ赤に燃えるルビーのような瞳。
すべてのパーツが完璧で、その配置すらも奇跡のように整っている。
そんな傾城の美女とも呼べるモンスターは、艶やかな笑みを貼り付け、俺に向かって口を開いた。
『わたくしの名は、レイアネット=サキュバス・ドルリ=オルマージ。正々堂々と、あなたと戦わせてもらうボスモンスターの名よ。……覚えておきなさい』
「は、はい……」
気高くそのサキュバスは言葉を紡ぐ。
その気迫に押されてしまった俺は、つい頷いてしまった。……美女怖い。
……っと、ちょっと待て! 今、このモンスター、ものすごく気になるようなことを言ったような気が……。
「あ、あなたはモンスターなのに、名前があるんですか!?」
思わず前のめりになりながら、叫ぶようにして尋ねてしまった。
ボスモンスターに名前があるなど、初耳だ。
『あら? 知らなかった? ボスモンスタークラスとなれば、自らの種族名の他に固有名を持つのは当たり前でしょう? ……まあ、ゴブローは名前を持つことを嫌っていて固有の名は持っていないのだけれど』
「そ、そうだったんですね……知らなかった」
『……うふふ。まあ、そんなことはいいですわ! ……早く――――やり合いましょう?』
己の美を自覚しているのか、長く伸ばされた髪を背中へと払いのけるサキュバス――いや、レイアネット。
俺はその艶のある仕草に無意識にこくりと唾を飲んだ。
そして、戦いの火蓋が切られた――。
まず先制してきたのはレイアネットだった。
一瞬のうちに、ふわりと宙に浮いたかと思えば――いきなり服を脱ぎ始めたのだ!
「ーー……っへ? な、なにを!?」
『うふふふふ……』
もともとネグリジェのように薄く、頼りない服装であったが、さらに肌の露出面積が増えていく。
俺はその婀娜あだっぽい姿に魅了されるよりも前に、困惑した。
な、な、なんでいきなり脱ぎ始めるんだ!? こ、これは……なにかの攻撃の一種なのか!? 意味不明すぎる!!
俺はまるで金魚のように口をパクパクと開け、視線を逸らす。
動揺しているかはまるわかりだった。
……いや、本当は敵をしっかりと見据えないといけないってわかってるけど……ちょっとそれは……。
『ねえ、わたくしの方を見てくださらないの?』
「ええと……その」
『こんなに恥ずかしい思いをしているわたくしを、しっかりとその目でご覧になってくださらない? ……そうすれば、とっても――いい気持ちになれるわ』
「そ、それなら……服を着てください……」
何かしらの攻撃だとは分かっている。
まさか俺に対する精神攻撃の一種か何かなのか。
それならばその策は非常に功を奏している。
紳士な俺にとって、乙女の柔肌を無礼にじろじろみることは万死に値するのだ!
けれど、そんなことを考えても結局は解決策はなにも思い浮かばない。
奥歯をぎりりと噛み締め、やけくそになった俺は「こうなったら!」と小さく呟いた。
「――っさっさと倒してしまうに限る!!」
俺は《瞬足》で未だ絶賛脱衣中のレイアネットに向かった。
そして持っていた槍で攻撃しようと大きく振りかぶる。――だが。
『うふふ、そんな攻撃当たるはずもないでしょう?』
もともと、地面に足をつけていなかったサキュバスはふわりと軽く宙に舞う。
そして俺の攻撃をするりと避けてしまった。
「……っ! く、くそっ」
悔しそうに、そしてやはり挙動不審にそちらへと目を向けない俺はポツリと零す。
するとどこからか、相棒の声が聞こえた。
「にゃおーん!」
「……!! ……はっ。お、俺は」
ミーコの鳴き声を聞き、自分が冷静さを失っていたことに気づく。
いつも通りにミーコのスキルをかけてから戦闘に移ればいいものの、先ほどの俺は尋常じゃないほど冷静さを欠いていた。……すべて目の前の痴女のせいだ! 責任転嫁だなんて言わないでくれ。
俺は冷静さを取り戻そうと、大きく深呼吸をする。
「――悪い、ミーコ。少しだけ落ち着いてきた。いつも通り、やらなきゃな」
「にゃお」
「おっし! ……んじゃあ、ミーコ! スキルを頼む!」
俺がそう呟いた瞬間、ミーコは《魅了》をかける。
知性のあるレイアネットには効かないため、自分で《幻惑》を使用しないと判断したのだろう。
そのスキルにかかったサキュバスは、動きを鈍くさせた。
先ほどまでも蠱惑的に、俺に見せつけるかのように脱衣をしていたのだが、いまはその動きが止まった。
どうやらレベル差はゴブリンロードよりも開いていないらしく、完璧に固まるとは行かずともかなり動きを制限させている。
『や、やるわね……ですけれど、私だってまだまだ負けるわけにわ生きませんわ』
念話で伝えてきたサキュバスは、体を高く宙に浮かせる。
――俺たちが届かないほど高く、そして遠く。
「あそこでスキルが解けるのを待つつもりか……」
「みゃ」
「だけどな……甘いな、それは! だってな……俺には――」
俺は持っていた槍を投げ捨てると、カランと石の地面とぶつかり、部屋に音が響いた。
右手の拳に力を入れ、口元を少しだけ綻ばせる。
それは僅かなる高揚から来たものだった。
そして俺は――。
「いけっ――――《風拳》!」
新たなスキル。
つい先ほど会得したばかりのスキル――《風拳》が炸裂した。
それによって、風を纏った拳が飛ぶ。……いや、その表現は正しくないかもしれない。
――拳に影響を受けた風が、自らの意思でその形態を攻撃手段へと変えたのだ!
0
あなたにおすすめの小説
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる