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第五章 本多瑞季の場合
一 ◯本多 瑞季 【 過去 】
しおりを挟む悪夢の再来は今から半年前、六月の末。梅雨の時期だった。
「おい、おい!瑞季だよな、お前」
時刻は午前一時、既に真夜中だ。その日は開店から閉店時間まで働いたため、疲れが溜まっていた。早く帰って眠りたい。そんなことをぼんやりと思っていた時、私は不意に後ろから声をかけられた。
「おい、そうなんだろ?」
その嗄声、それは数年前毎日のように聞いていた、思い出したくない男の声であった。
…振り向きたくない。そう思いつつも、体は勝手に動き出す。まるでその声に操られているかのように。体に刻み付けられているかのように。
「は。やっぱり瑞季じゃないか。久しぶりだな」
「た、高崎さん」
明るい茶に染め、複数の剃り込みを入れた短髪に、人相の悪い鋭い目つき。色黒の肌と、今にも人に噛みつきそうな大きな口。そうだ。私がこの世で、二度と会いたくないと思っていた男…高崎大和であった。
大和は私の若干引きつった顔を真正面から見て、満足そうに頷いた。
「どうした。久しぶりの再会なんだ、もっと喜べよ」
にこにことした笑顔を私に向け、段々と近寄ってくる。ここから逃げ出したい。しかしそうしようにも、己の足が地に根を張っているかのように、言うことを聞かない。
「ど、どうしてこんな所に」
「あ?」
恐る恐る訊くと、大和は満面の笑みで私を見る。そのまま右手の指を三本立てた。
「刑期を終えたんだよ、三年。いやあ、長かった」
「そ、そっか。お疲れ様だったね」
私の言葉が気に食わなかったのか、大和は急に口をへの字にし、目は私を睨みつける。
「『お疲れ様だったね』なんて。あっという間に他人事か」
「そんな、私は他人事だなんて」
首を思い切り左右に振り否定するが、目の前の男は聞く耳を持っていなかった。そのまま詰め寄られ、髪を思い切り引っ張られる。
「お前は執行猶予とかなんかで、刑務所に入ることは無かったそうじゃねえか。あ?何だこれは。差別、そう。差別ってやつか?世の中不公平だよなあ」
「い、痛いよ。やめて!」
「ふん」
乱暴に、己の手を私の髪から手放した。
「とりあえず、これから時間あるだろ。お前の家で飲むぞ」
「え、わ、私の家に?」
その言葉に冷や汗が出る。
「ああ。どうせ一人暮らしなんだろ。寂しいお前の元に俺が行ってやるって言ってんだ」
「え…」
それはできない。彼が家になんて来たら、何をされるか分かったものじゃない。酷い目に遭わされる、それは間違いない。
「そ、それはちょっと…」
「何だと」
私の否定の言葉を聞き、大和はまた髪を引っ張ってくる。
「ちょ、ちょっと!やめてよ!」
彼の体を突き飛ばそうと両手で押す。しかし、私よりはるかに筋肉質な体型している彼には、私の力ではびくともしなかった。
「お前は昔みたく、俺の言うことを聞いていれば良いんだよ」
そうすれば、全て上手くいくんだよ。そうだ。確か、その後はそう続くのだ。
その時私の頭に、昔の記憶が蘇ってきた。
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