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第六章 ————の場合
十一 ◯ ————【 1月10日 午後10時45分 】
しおりを挟むこれまで長々と綴ってきた物語も、いよいよクライマックスだ。
俺こと金井達也は柳瀬川和彦と共に、アンナの要求どおり、鷺沼崇を彼女の前から消す計画を立てた。
そして柳瀬川との会話の中で、彼や自分の恋人である本多瑞季が金を借りている檜山武臣の殺害も、同時に企てた…という訳である。
しかしここまではあくまで表面上の計画の話。ここからが、俺の真の目的を含んだ計画だ。
寒い。白い息を夜空に向けて勢いよく吐いた。それと一緒に、暖かい成分も抜け出て行ってしまったようで、寒さが強まった気がする。無線機を腰のあたりに付け直した。これで数分後、いや数十分後には、ここに本庁の者がやってくるだろう。それまでに、やるべきことは済ませておかなければ。
足元に転がる…檜山武臣を見る。彼の体からは大量の血が流れ出ており、その周辺に血溜まりを形成していた。
…生臭い。臭いがきつい。人間の鼻というものは、気温が下がると臭いを感じにくくなると聞く。この、水も凍る程に寒い外気温でこれだけ鼻につく臭いであれば、辺りに相当滞留しているものと考えられる。鼻を手で覆い隠し、改めて眉をひそめた。
檜山はピクリとも動かない。致命傷を受け、多大な出血に気温の低さ。鷺沼が先程、瑞季を追って来てから少々時間が経過している。流石にもう、息をしていないか。
彼の体の周囲には、彼の荷物が散乱していた。また、先程包丁で襲いかかってきた鷺沼の荷物と思われるリュックサックもある。
次に、檜山の近くに倒れているもう一人の元へと近寄った。
「柳瀬川…」
そこには、胸の辺りに焼け焦げた跡を刻み、檜山と同様赤黒い血で染まった柳瀬川の姿があった。瞳孔が開いている。口元に手をかざすが、呼吸もしていない。こちらも死んでいるようだった。
(鷺沼は、上手く働いたようだな)
ふう、と安堵の息をつく。
柳瀬川に伝えた情報には、偽りの内容を含めていたのだ。
第一に、鷺沼に送った拳銃について。結論から言えば、俺は拳銃の一発目に火薬だけの空砲では無く、殺傷能力のある弾丸を入れ込んでいた。柳瀬川は鷺沼が、空砲を撃つと信じ込んでいる。そのため、鷺沼に拳銃を向けられても逃げることなく死んでくれる…死んでくれたという訳だ。
まさか撃たれた際、本当に衝撃が来るとは思っていなかっただろう。柳瀬川は驚きと同時に、俺に裏切られたと理解した。その時に感じた絶望は、一体どれほどのものだったのだろうか。
第二に、柳瀬川が殺される日時と場所について。 先日の話し合いでは「一月十日、午後十時過ぎに西街東側の出口の先」だった。彼自身そうと信じ、動いていただろう。
しかし、鷺沼に送った脅迫状には、まるで異なる内容を載せていたのである。一月十日であることは誤りではないが、それ以降の内容は次のとおり。「夕方以降、スカイタワーシティホテルの二十一階から四十階」。
計画としてはこうだ。柳瀬川はホテルでの仕事中、借金の取り立てのために追われている鷺沼に襲われ、物の弾みで殺される…というもの。そもそも、俺は元々ホテルで全てを終わらせるつもりだった。
一月十日は、スカイタワーが点検および整備作業にて定休日となる。いつもはうるさいくらい光り輝くライトアップも、その日ばかりは沈黙する。あのホテルはスカイタワーの観光客が宿泊するために建てられたようなものであり、その日の宿泊客数はスカイタワーの来場者数と比例していると言っていい。つまり、スカイタワーがそんな日であれば、ホテルも同様に人の出入りは少ないという訳である。したがって、人を殺すという公にできない計画を実行する上では、格好の場所であったのだ。
しかし、それは失敗に終わった。誤算は、想像以上に鷺沼が慎重だったことだ。
檜山には鷺沼よりも三十分後、六時ちょうどにホテルに入るよう伝えておいた。故に鷺沼は先に柳瀬川を見つけていただろう。そうだと言うのに、実際には檜山と柳瀬川が先に出会い、鷺沼が後…ということになった。
おそらく、周囲に誰かいないか判断するため、すぐに彼を撃つことができなかったのだ。用心のためにまずはそれを確認してから…という時に、檜山が現れた。そういうことだ。柳瀬川より、檜山が鷺沼を逃したという連絡をもらった時、思わず頭を抱えてしまった。確かに受信機を見ると、鷺沼は既にホテルの外に出ている。
その時、やはり人間を思ったとおりに動かすというのは難しい…そう実感したものだった。
檜山から逃げ、ホテルの外に逃げたということは、鷺沼はホテルの部屋をとっておらず、予想どおり俺が昼のうちに予め壊しておいた裏口の扉から、不法に侵入したものと思われる。そうであれば、彼がホテルで柳瀬川をもう一度…ということは、中々考えられなかった。
仕方がない。柳瀬川には適当に誤魔化し、最初彼に伝えていたように、午後十時以降に路上まで鷺沼を引き寄せるように伝える。その後すぐ、鷺沼がホテルから逃げたことを檜山にも伝える。午後十時まで鷺沼を見つけることがないよう、見当違いの場所を探して時間を潰してもらう必要があった。
こうすることで、当初の予定とは少々異なりはしたが、何とか軌道修正を図ることができたのであった。
…さて。今のうちに、回収すべき物をしなくては。地面に転がっていた、鷺沼が使った改造拳銃を手に取る。それをそのままポケットに入れた。また、その場に落ちている鷺沼のリュックを漁り、送っていた脅迫状を回収する。
拳銃だけでは無く、これも必ず回収しなければならなかった。もしこの場所にあったままだとしたら、捜査の目が俺に向けられる可能性が無い訳では無い。根元より絶っておく必要があった。
次に、檜山の体を漁る。すると、スーツのポケットから目当ての物が見つかった。
携帯電話だ。この携帯電話には、俺が匿名でかけた履歴が残っている。それをそのままにしておくのは非常にまずい。
…おっと、柳瀬川の携帯電話もそうだった。これで、完璧だ。あとの処理は、ここに来る奴らに任せよう。腰に付いた無線機を指で軽くなぞり、笑みを浮かべた。
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