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第六章 ————の場合
十二 ◯ ————【 1月10日 午後10時50分 】
しおりを挟む「そして、今。鷺沼は柳瀬川を撃ち殺し、檜山を刺し殺した。そんな鷺沼も、見ろ。この派出所の入り口で気絶している。よく見ろ!全ては俺の計画のとおり、事が運んだ…そういうわけだ」
「な、なんてことを…!」
私は目の前の達ちゃんを見る。自分の犯罪計画を自信満々に語る彼の姿は、それまでの優しい笑みを浮かべたものとは真反対の、恐ろしく、醜悪なものだった。
「そもそも、柳瀬川も馬鹿な奴だよ。よく考えれば、鷺沼が小林を殺害した事実があるだけで、奴を刑務所にぶち込むことはできたんだ。わざわざ自分が死ぬ必要なんて無かったのにな。自分の事だというのに全て他人任せだったからこそそれに気付かず、俺の思惑に乗せられたという訳だ。自業自得だ、あいつは」
達ちゃんはそう吐き捨てる。
「そ、そんな。どうして、ここまで…」
「どうして、だって?」
達ちゃんは眉間に皺を寄せ、私に向かって叫んだ。
「君のせいでもあるんだぞ。俺を裏切り、柳瀬川なんて男と、あんな男と!」
「…!」
私は何も言えなかった。全ては彼の言うとおりであって、それを否定するに値する立場に私はいなかったのだから。
…しかし。そうは言っても。
「達ちゃん、これだけは絶対信じてほしい。私は本心で、柳瀬川に体を許したわけじゃないの…」
私は達ちゃんを裏切った訳ではない。
「君の何を信じられるって言うんだ。既に、俺を、裏切っておいて」
しかし達ちゃんに、私の心情を読み取らせることはできなかった。そう吐き捨てた後、彼は手袋をはめる。
「た、達ちゃん?」
彼の行動を見て、冷や汗が出てきた。それもそのはず、彼は鷺沼の持っていた包丁を掴み、刃先を自分に向けてきたのだから。
「何を、する気なの」
「俺の計画は、まだ終わっていない。君だ。俺を裏切った君を、これを使って殺す。やっぱり、それが必要だ。そうしてやっと、完遂だ」
彼の握っている包丁を見る。檜山の血で、刃の部分は赤く染まっている。既に乾燥し、まるで元からその包丁の装飾であったかのように鮮やかに光っていた。
「う、嘘でしょ」
じりじりと後ずさりをする私との距離を、徐々に詰めてくる。
「今日起きたことは全て、そこで気を失っている鷺沼がやったことにする予定なんだ。それにもかかわらず、ここまで君に話したのは…まあ、俗に言う冥土の土産ってやつかな」
彼は私の頭に理解させるよう、ゆっくりと話す。
「ああ、そうだ。本庁には檜山と柳瀬川の死体の分しか伝えていなかったんだ。君の分も後で連絡しなきゃ」
そう彼が淡々と話している間にもかかわらず、私は動けなかった。この派出所の入口は、現在私のすぐ後ろにある。達ちゃんは派出所の奥にいる。振り返り全速力で走れば、逃げることはできる。
「…」
しかし、頭ではわかっていても。体がまるで凍りついたように動かせなくなっていた。
彼がこうなってしまったのは私の所為なのか。私の所為で、二人の人間が命を落としたというのか。それらを考えると、自分の命を守るために逃げるなど、責任逃れも甚だしい。
…私はここで、彼に殺されるべきなのでは無いだろうか。
「瑞季」
そんな自責の念に駆られたその時に限って、達ちゃんは優しく、まるで幼子に話しかけるようにそっと、次の言葉を発した。
「さようなら」
彼が包丁の柄を両手で持ち、私に向かって駆け出した。
(…!)
「やめろ、金井!」
しかし彼のその行動は、私の後ろから響いた大声で制止させられた。
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