侵入者 誰が彼らを殺したのか?

夜暇

文字の大きさ
47 / 68
第六章 空き部屋

しおりを挟む
 
 今度、兄貴に寝てもらいたい女は、藍田勝治の妻だよ」
 もう何回目だろうか、貴明の仕事の手伝いをするのは。既に貴明と尚人両名は、四十後半の齢に達していた。振り返ると、両手で数え切れない程に、彼の仕事の手伝いをしていることになる。よくも長い間、嫌いな弟とうまくやれていたものだと、自分に感心した。
 息子の尚哉は、数年前に家を出てしまった。前の依頼がちょうどその頃だったか。久方ぶりに彼に呼ばれ、会いに行ったところで、開口一番貴明は尚人に告げた。
「藍田勝治?」久方ぶりに耳にした名前。尚人は驚いた。「俺達の親を殺した、あの?」
 貴明は肯いた。
「『死んでる奴より、早く俺を助けてくれ』」
「は?」
「藍田勝治が事故を起こしたその時、あいつに俺が言われたことさ。あの時俺は、参考書を買いに家を出ていた。戻ったら自宅があんな状況で、夢かと思ったくらいだよ。…そういえば、兄貴はどこにいたんだ?」
「…別にどこでも良いだろ」
 ふんっと鼻を鳴らして、貴明は続ける。「親は殺された。殺したのはあいつだ。たとえ運転ミスだとしても、それは間違いない。だろ?」
「それは、そうだけど」
「聞けば、駆けつけた俺を消防隊と勘違いしたらしい。別の日に、謝りを入れてきたけど。殺してやろうかって、会うたび思ったね。ただ、衝動的にやっても逮捕されて終わりだよ。だから俺は、俺のやり方で、奴に復讐しようと考えた」
「へえ。それで、業務提携の話ねえ」
「なんだ、知っているのか」貴明は肯いた。「俺と俺を支えてくれた皆のおかげで、ここまで会社を大きくすることができた。下地は完璧。あとは奴の会社を潰すだけ」
 資産、地位、名誉。勝治が持つ全てを奪う。いわゆるパーフェクトゲーム。そんな彼の主張を聞いて、ようやく尚人は、彼の思惑に気がついた。
「まさか。お前が会社を大きくしたのって」
 貴明はにこりと笑った。「そのまさかだよ」と言わんばかりの、大きな笑みだった。
「両親が亡くなったせいで、俺は舐めなくてもいい苦渋を舐めることになった。だから…」
 貴明の話を聞いていて、尚人は堪えられずに笑いが溢れた。
「何か、おかしなことを言ったか?」
「すまん、気にしないでくれ」尚人は口の端に少し垂れた涎を手の甲で拭いた。「しかし復讐のために、仇の女と寝る必要があるのかね」
「これまでの努力もあって、勝治と同じ立場に立つことができた。ただな。業務提携を進める上で、二つの壁があることがわかった」
「壁?」
「一つ目は、奴自身業務提携のことを快く思っていないこと。二つ目は、勝治が後継者にしたいと願う息子が、奴の後継者にならないと明言していること」
「それはまた、大きな壁なことで」
「こればかりはいくらおだてようが、暖簾に腕押しなんだよ」
 貴明はわざとらしく息を漏らす。その後、「ただ」と付け足した。
「一つ目はともかく。二つ目の壁を破るための当ては、ある。俺の娘さ」
 聞くと、貴明には志織という一人娘がいるらしい。今は芳川薬品の子会社で、事務職員として勤めている。
「親の俺が言うのもなんだが、なかなかの器量良しだよ。性格はともかく、あれを奴の息子にあてがえば、大抵の男はいちころだろうよ」
「ひどいな、自分の娘だろうに」
 貴明は無表情で首を傾げる。そうして、もともと跡継ぎを残すために産んだだけだと彼は宣った。酷く冷たい言い方に尚人が何も言えずにいると、「そもそも」と貴明は続けた。
「これは、あの子も望んでいることなんだよ。あいつは俺から産まれたとは思えない程に、世間を甘く考えている。藍田製薬の息子と結婚すれば、社長夫人として優雅に過ごせると思っているに違いない。本当にそうかはともかく、互いの利害は一致している」
「へえ。でも、そんな簡単にいくかな」
「なあに、一つ目の壁がなんとかなれば、うまくいかせてみせるさ」
 その一つ目の壁の方が、厚く強固なようにも思えた尚人だったが、尚人の中で合点がいったところもあった。
「そのために、俺は藍田勝治の妻を寝取るんだな」
 貴明は肯いた。彼が言うには、数年前に再婚した雛子に、勝治はいわゆる「お熱」なのだという。そんな彼女を操れれば、勝治を思い通りにできる。そういうことだった。

 両親の復讐。そのためだけに、貴明は苦労して会社の経営に臨んでいた。両親からあれだけの寵愛を受けていれば、そんな感情も抱けるのかもしれない。
 しかし真逆の態度で接せられていた尚人の心には、両親の死に何も思うことは無かった。生きているうちはあれだけ死を願った両親という存在。いなくなった時のあの、無の感情。まるで自分が自分と思えないような感覚。
自分は感情が欠落しているのだろう。対して、両親の死に追いやった相手に憎しみ、悲しみの感情を、この歳までそれらを持ち続けられる貴明。思わず失笑してしまったが、その後弟に劣等感を抱いていたあの日々のことを思い出し、尚人は吐き気を催した。
 尚人の、貴明への殺意が明確になったのは、その頃だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

処理中です...