侵入者 誰が彼らを殺したのか?

夜暇

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第六章 空き部屋

十四

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 小一時間は経過しただろうか。貴明は隠し部屋に戻っていた。
 侵入者は、雛子の遺体に手を加えはしなかったようだ。しかし、室内にはあからさまに変化があった。本棚が向こう側に倒され、部屋全体が露わになっている。また、先程は部屋の角に置かれていた黒いポリ袋の中身が、辺りに飛び散っていた。
 口を手で抑える。ポリ袋の中には、人間の体の一部が入っていた。この屋敷の人間が殺してきた者達の、体の一部だ。吐瀉物の臭いも混ざり、部屋中鼻を取りたくなる程の腐臭が充満していた。
 本棚の向こう側に、人気はない。扉は二つ。うち、一階に続く一方が開いている。侵入者は二階からやってきて、そのまま下っていったようだ。
 とにかく、計画を少し変更する必要があった。謎の侵入者がいる以上、仕方が無い。ここで、やるしかない。貴明は、背負っていたリュックサックを床に置き、中からピンク色のゴム手袋と、折り畳み式の鋸を取り出した。刃には、細かな血の跡がついている。
 遺体の顔を剥ぐ。そうすれば無能な警察も、流石に理解するだろう。ここ最近、このS区で発生している連続殺人の犯人が、この家の連中の仕業であると。
 しゃがみ込み床の上、雛子の頭を横に向けた。少し固くなった彼女の頭皮に、柔く指が埋まる感触。少し温く、気持ちの悪い冷たさ。先程まで自分に身を寄せていた時の温かみ。失われつつあるということが、儚くも思えた。
 貴明は、こめかみあたりに刃を置いた。それからゆっくりと鋸を挽いた。目を閉じて、何度か繰り返す。皮膚と皮膚の間にはっきりとした溝ができたところから、力を入れて挽く。刃を動かすたびに微量飛び散る血飛沫。響く、ごりごりと鈍い音。この繰り返し。
 数分後、彼女の顔の部位が、頭から分離された。想定よりも、噴き出す血の量は少なかった。筋肉の硬直で、死んだ直後の柏宮に比べて面倒に思えたが、それでも難なく終えた。
 次に貴明は、リュックサックから二つ程、ビニール袋を取り出した。それぞれ中に入っている赤黒い塊を、先に撒き散らされていた汚物の上に、落としていく。ぼとぼと。ついでに今し方切り離した雛子の顔もまた、一番上に投げ置いた。
 刃についた血を拭き、鋸はリュックサックにしまう。代わりに、鉄製のハンマーを取り出した。その後、凹凸だらけの真っ赤な顔の雛子を一瞥し、一息。
 ——標的はあと、三人もいる。勝治、真琴、瑛子。彼らを皆殺しにして、顔を剥ぐには、時間が押していた。
 二階に続く階段を登った。侵入者のいた部屋の光は、溢れてはいない。扉を開けるための突起に触れる。またも大きな音が鳴った。出口は、クローゼットの中にあったらしい。暗闇。また、室内にも誰もいない。急がなければ。隠し通路のところで時間を浪費したか。深く息を吸って、また吐く。
 勢いよく部屋を出た。貴明に、躊躇いは無かった。誰かと出会っても殺せばいい。先述の三人であれば、なお良かった。
 左右に廊下が延びている。端から順々に…ということもあり、貴明は右に進む。突き当たりにある角部屋の扉を、そっと開けた。
 読書灯の仄かな明かり。そこには人がいた。ベッドの上、大の字で寝ている。体躯から、勝治だろうか。時間も時間だからその可能性は高かった。
 ハンマー片手に近づいてみたところで、思わず口をあんぐりと開けた。首を横に赤色の断面。顔が無い。死んでいる。足下、ベッドの脇には包丁があった。刃は血に塗れている。
 殺された?まさか、先程の侵入者…いや、顔が無いということは、まさか。
 分からなかった。しかし、深く考える時間は無い。己が殺そうとしていただけに、手間が減った。そう考えるべきだ。
 貴明が一人肯いたところで、ノックの音が部屋に響いた。
「旦那様、旦那様」
 鳥肌が立った。廊下側に目を向ける。扉は開いていない。扉の向こう側。そこに人がいることは、間違いなかった。
 この声。使用人の清河だろう。いやに、焦りが滲み出た声色だった。急いで読書灯を消し、入り口近くのドレッサーの陰に身を潜める。
 数秒後、扉が開かれた。すたすたと、革靴の底とカーペットがすれ合う音。
「志織様の部屋で大量の血を見つけました。もしかすると、志織様の血かもしれません。出血量から大怪我をしているかもしれないので…」
 志織が、大怪我だって?
 これまた、想定外だった。志織には、今日自分が犯す全ての罪を被ってもらうことになっていた。そんな彼女が大怪我などしていたら、計画は水の泡である。
 思うが早く、貴明は手に持ったハンマーで、勝治の遺体に驚愕する清河の後頭部目掛けて、勢いよく殴り付けた。ぼぐっ。実際に音は鳴っていないが、そのような擬音が鳴ったように思えた。手に伝わる鈍い、気持ちの悪い感触と共に、清河は目の前に突っ伏した。
 念のためにもう一発。彼の体は痙攣したように跳ねるも、すぐに動かなくなった。彼の生死を確認するまでもなく、貴明はそのまま部屋を出た。
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