蜃気楼に彼女を見たか

夜暇

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第二章 雨と傘

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 女性向けの衣服売り場は、どうも居辛い。
 男一人でいると、じろじろと見られる。お前は何故ここにいる?と、犯罪者予備軍を見るような。そんな視線である。
「龍介さん、いますよね?」
 そんな萎縮する俺のことなどつゆ知らず、深青は声をかけてくる。彼女との間には布一枚、試着室の中に入った彼女の姿は、周りに見えない。ああいるよ、ぼそぼそと返したもんだから、余計に不審さが滲み出ている。
 夜は数時間前に明けていた。今、俺と深青の二人は、道すがらにあったチェーンの衣料品店を訪れていた。
「さすがにずっとそれじゃ、まずいだろ」
 助手席で寝ていた彼女を起こした俺は、彼女が身につけている制服を指差して言った。最初寝ぼけ眼だった深青は、その後すぐににやにやと下衆な笑みを浮かべた。
「龍介さん、こういうの好きじゃないんですか?」
 深青はスカートの裾を手でヒラヒラさせる。
「は?」
「男の人って女子高生、好きなんでしょ」
「お前な」
「お前はやめてくださいって」
「…何言ってんだよ」
「あくまで一般論的なものですけど。そうでしょう?」
「随分と偏った一般論だ、まったく」
 彼女の顔は見えない。しかし、馬鹿にしたような表情でこっちを見ていることはわかった。
「あのな。目立つんだよそれ」
 校章は胸ポケットに刺繍されており、見る人が見ればどこの高校のものか、わかってしまうかもしれない。
「だからひとまず服を買う」
「えー。結構私、この格好好きなんだけどなぁ」
「いつも着てるんだろ」
「まあ、そうなんですけど」
「とにかく有無は言わせない。代わりに何着か、好きなの買っていいから」
「えっ」
「本当にこのまま一緒に来るなら、着替えは必要だろ」
 俺の言ったことに、深青は歓声を上げた。
「本当に?なんでも?」
「金はあるからな」俺は内心苦笑する。「とはいえ、ブランドもんなんて売ってるようなとこなんて行かないが」
「龍介さん知らないんですか。女の子の服って、結構安く買えるんですよ。それでいて可愛いのも多いんですから」
 俺は男だから知る由もないのだが、それならそれで好都合である。彼女も見るからに嬉しそうだし、俺もまた少し安堵した。

 安堵?

 そういえばさっき、どうして俺はそんな——。
 ぼんやりとそんなことを考えていたところで、「着れた!」と中から声がした。振り返るとすぐにカーテンが開く。
「どうです?」
「…」
「龍介さん?」
 俺は彼女を見て、唖然としてしまった。
 深青が選んだのは水色のワンピースだった。スタイルの良い彼女が着ると、どこぞのお嬢様が、お忍びで庶民の生活を体験しにきたような。そんな感覚に囚われた。
「い、良いんじゃないか」俺は動揺を隠そうとして、目を彼女の顔から下方へとずらす。「清潔感があって」
「なんですその感想」
 深青は頬を膨らませて俺を見る。
「なんでも良いよ。ほら。早くしろって」
 恥ずかしくなった俺は、続けても不平不満を口にしようとした彼女をカーテンで遮った。「もう一着あるんだろ」
「ああ、待っててくださいよ!」
 くそっ。こんな状態で、この子と二人でやっていけるのだろうか。俺は一人、誰にも悟られぬように息をついた。
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