蜃気楼に彼女を見たか

夜暇

文字の大きさ
13 / 73
第二章 雨と傘

しおりを挟む

 捜査会議は、あまり進展しなかった。
 検死の解析結果が出ていないというのもあるが、身元の判別がわからないのがそれだった。
 女。それも、若い。そして遺体の損傷具合からは、通り魔のように思えるが、身元がわからない以上、知人による怨恨の線も完全に捨て難い。どの意見も主観と推測の域から出ていないようにも思えてならない。
 そんな暗中模索な状態なのだ。捜査網についても、どこまで?という話になった。身元が分かり、住所が遺体発見場所の近辺だとすれば、そこからある程度の範囲まで…と決めおくことができる。遺体が発見された公園を起点とすることはできそうだが、例えば、実は遺体の居住地域が北海道とはるかにかけ離れていた所だとすると、当然だがなんの意味もない捜査になる。
 ただ、参考にできそうな話もあった。
 遺体は今朝八時少し前に、通学途中の学生数人によって発見された。遺体の様子からみた鑑識の所見によれば、死亡推定時刻は、昨夜の午後九時から午後十時の間とされた。
 また、遺体の指が十本全て切断されているにもかかわらず、公園内からは血の痕跡が見つからなかったことから、犯人は別の場所で被害者の女性を殺め、それから処理したものと思われる。
 つまりは、死亡推定時刻前後から午前八時少し前までの間で、あの公園で不審な人物が散見されていないかどうか。そういった結論に至った。
「時間帯が、広すぎるわな」
 太田原が捜査会議室から出て、捜査一課の自席にドカッと座ったところで、吐き捨てるように言う。
 結局中津らに課せられたのは、遺体発見現場の公園周辺の住人に聞き込みをすることだった。担当ごとに区分けされ、太田原と中津は、公園から一本挟んだところの道に家を構える住人達——しめて、十世帯程度。
 広めの捜査網はとらなかったのは、やはりそれをするだけの意味を見出せない、という判断だった。ひとまずは都内、それから郊外にある全ての警察署には、本件の共有及び不審者の取り締まりをする旨を伝えていく、という方針でまとまり、会議は終了した。
「ほぼ深夜帯ですもんね」
「ああ。それに昨夜は雨も降っていたわけだ。傘で皆視界は良好でもない。目撃証言なんてあったら、情報として共有されているだろう」
 太田原は自席の書棚を開き、その中にあるペンを胸のポケットに挿す。
「でも犯人が傘を使っていた可能性もあるんじゃないですか」
「目立ったんじゃないかって?」
「ええ、まあ」
 中津の言葉を太田原は笑い飛ばす。
「もしもそれをやってたら、なかなかの大馬鹿者だ」
「まあそうでしょうが」中津は唇を尖らせる。「雨の日だったわけですよ。傘をさしていない方が目立つ気がしません?」
「そもそも遺体を運ぶなんて徒歩じゃ無理だろ。それなら傘は使ってなくてもおかしくはない」
「…なるほど、犯人は車を使ったと」
「そうなると、車を所有している奴が犯人かもな」
「車を持ってないかもしれないじゃないですか。レンタカーだって、今じゃカーシェアってのもある。知ってます?」
「知ってるわ。でもな、こういう計画的な奴は、そういうのが足がついてすぐ捕まるってわかってんだよ」
「でも、まあ絶対じゃない」
「そりゃそうだけどな」
 そこで太田原はふうと息をついた。
「さっき、改めてエノさんに連絡してみた。そうしたら、遺体の検視は数日かかる見込みだってさ。雨でぐずぐずになっていたのもあったし、あの遺体じゃ司法解剖までやるだろうからな」
「まあ…そうでしょうね」
 遺体の身元や犯罪性等を調べるために解剖を行うことは多い。大きく分けると行政解剖と司法解剖の二つが存在するが、後者の司法解剖は、犯罪性がある場合に行われる。遺体は詳細に調べられるため、結果が出るには短くても数日は時間を要する場合が多かった。
「とにもかくにも、つまりは全部が可能性の域を出ない。そういうわけだ」
 そんな太田原に、中津は「でも」と言った。
「可能性はゼロじゃないってことですよね」
 彼の言うとおりだった。犯人の足取りは消えたわけではない。今は推測でしかないが、いずれは一つにつながる。そのために、自分達はを使うのだ。
 太田原は時計を見た。時刻は午前十一時。
 まもなく、昼時に差し掛かる、そんな時である。
「早くしないと、飯時に警察が来た!だなんて、文句を言われちまうな」
「今じゃ動画なんか撮られて、配信サイトにアップされることも」
「ははっ。何を言ってやがる」
「冗談でもなんでもないのに…」
「馬鹿なこと言ってんな。よし」
 太田原は落ち着けたばかりの腰を上げた。
 中津もまた肯き、彼に「行きますか」と伝えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...