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第二章 雨と傘
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しおりを挟む捜査会議は、あまり進展しなかった。
検死の解析結果が出ていないというのもあるが、身元の判別がわからないのがそれだった。
女。それも、若い。そして遺体の損傷具合からは、通り魔のように思えるが、身元がわからない以上、知人による怨恨の線も完全に捨て難い。どの意見も主観と推測の域から出ていないようにも思えてならない。
そんな暗中模索な状態なのだ。捜査網についても、どこまで?という話になった。身元が分かり、住所が遺体発見場所の近辺だとすれば、そこからある程度の範囲まで…と決めおくことができる。遺体が発見された公園を起点とすることはできそうだが、例えば、実は遺体の居住地域が北海道とはるかにかけ離れていた所だとすると、当然だがなんの意味もない捜査になる。
ただ、参考にできそうな話もあった。
遺体は今朝八時少し前に、通学途中の学生数人によって発見された。遺体の様子からみた鑑識の所見によれば、死亡推定時刻は、昨夜の午後九時から午後十時の間とされた。
また、遺体の指が十本全て切断されているにもかかわらず、公園内からは血の痕跡が見つからなかったことから、犯人は別の場所で被害者の女性を殺め、それから処理したものと思われる。
つまりは、死亡推定時刻前後から午前八時少し前までの間で、あの公園で不審な人物が散見されていないかどうか。そういった結論に至った。
「時間帯が、広すぎるわな」
太田原が捜査会議室から出て、捜査一課の自席にドカッと座ったところで、吐き捨てるように言う。
結局中津らに課せられたのは、遺体発見現場の公園周辺の住人に聞き込みをすることだった。担当ごとに区分けされ、太田原と中津は、公園から一本挟んだところの道に家を構える住人達——しめて、十世帯程度。
広めの捜査網はとらなかったのは、やはりそれをするだけの意味を見出せない、という判断だった。ひとまずは都内、それから郊外にある全ての警察署には、本件の共有及び不審者の取り締まりをする旨を伝えていく、という方針でまとまり、会議は終了した。
「ほぼ深夜帯ですもんね」
「ああ。それに昨夜は雨も降っていたわけだ。傘で皆視界は良好でもない。目撃証言なんてあったら、情報として共有されているだろう」
太田原は自席の書棚を開き、その中にあるペンを胸のポケットに挿す。
「でも犯人が傘を使っていた可能性もあるんじゃないですか」
「目立ったんじゃないかって?」
「ええ、まあ」
中津の言葉を太田原は笑い飛ばす。
「もしもそれをやってたら、なかなかの大馬鹿者だ」
「まあそうでしょうが」中津は唇を尖らせる。「雨の日だったわけですよ。傘をさしていない方が目立つ気がしません?」
「そもそも遺体を運ぶなんて徒歩じゃ無理だろ。それなら傘は使ってなくてもおかしくはない」
「…なるほど、犯人は車を使ったと」
「そうなると、車を所有している奴が犯人かもな」
「車を持ってないかもしれないじゃないですか。レンタカーだって、今じゃカーシェアってのもある。知ってます?」
「知ってるわ。でもな、こういう計画的な奴は、そういうのが足がついてすぐ捕まるってわかってんだよ」
「でも、まあ絶対じゃない」
「そりゃそうだけどな」
そこで太田原はふうと息をついた。
「さっき、改めてエノさんに連絡してみた。そうしたら、遺体の検視は数日かかる見込みだってさ。雨でぐずぐずになっていたのもあったし、あの遺体じゃ司法解剖までやるだろうからな」
「まあ…そうでしょうね」
遺体の身元や犯罪性等を調べるために解剖を行うことは多い。大きく分けると行政解剖と司法解剖の二つが存在するが、後者の司法解剖は、犯罪性がある場合に行われる。遺体は詳細に調べられるため、結果が出るには短くても数日は時間を要する場合が多かった。
「とにもかくにも、つまりは全部が可能性の域を出ない。そういうわけだ」
そんな太田原に、中津は「でも」と言った。
「可能性はゼロじゃないってことですよね」
彼の言うとおりだった。犯人の足取りは消えたわけではない。今は推測でしかないが、いずれは一つにつながる。そのために、自分達は足を使うのだ。
太田原は時計を見た。時刻は午前十一時。
まもなく、昼時に差し掛かる、そんな時である。
「早くしないと、飯時に警察が来た!だなんて、文句を言われちまうな」
「今じゃ動画なんか撮られて、配信サイトにアップされることも」
「ははっ。何を言ってやがる」
「冗談でもなんでもないのに…」
「馬鹿なこと言ってんな。よし」
太田原は落ち着けたばかりの腰を上げた。
中津もまた肯き、彼に「行きますか」と伝えた。
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