蜃気楼に彼女を見たか

夜暇

文字の大きさ
45 / 73
第五章 旅とその目的

4①

しおりを挟む

「それで…お姉ちゃんは」
 深青の声は震えていた。まるでその時のことを、彼女自身自分ごとのように考えているのだろうか。
「死んでいた。殺されていた」
 それから俺はまたも理乃の捜索を再開する。そうして午前三時前にようやく、件の公園で彼女を見つけたのだ。
 そこで深青は嗚咽を漏らし始めた。俺は何も言わなかった。いや、言えなかったというのが正解だろうか。
 それから少しの間、室内に彼女の泣き声だけが反響していたのだが、少し経ってから「あの」とか細い声を出した。
「お姉ちゃん、どう殺されていたんです」
「どう、って…」
「教えてください。できれば、細部まで」
 深青は真剣な様子だった。死んでいたという事実に衝撃を受けていただけに、それ以上のことを聞く彼女に若干狼狽えたが、俺は彼女の問いに応えなければならない。そう感じたのだ。
「服を、脱がされていた。裸で、公園の端の方に」
「裸で」魂の抜けたような声だった。「どうして裸に?」
「理乃の身元を知られたくなかったのかもしれない」
「どうしてそう思うんです」
「理乃の衣服も、鞄なんかもなかったから。そのどれかもしくは全部に、自分につながるようなものがあった…とか」
 なるほどと深青は頷いて、それから「じゃあ、お姉ちゃんの死因はなんだったんでしょう。公園で龍介さんが発見して、それがわかったりしましたか」
「首を絞められていた気がする。首に、その。痕があって」
「絞殺ですか。では、何か首を絞めるための物を犯人は使ったってことになりますか」
「いや…多分、あれは素手だと思う」
「素手?」
「手でこう」俺は両手で、自分の首を絞める真似をした。「そんな感じの痣…そう、まだらな痣があったんだ」
「なるほど。女とはいえ、お姉ちゃんも大人ですからね。素手となれば、やはり力の強い人間。つまり、犯人は男の可能性が高いと?」
「さあ。そこまでは、俺には」
 俺の返答に、深青はうーんと眉間に皺を寄せる。
「それ以外は?何か気になることは?」
「それ以外って。ええと」俺はそこで、それを口にする。「そうだ。その、両手の指が、無くなってた」
「死後、犯人が全て切断して持っていった。警察が、そう話していた気がします」
「ニュースじゃ遺体の一部を損傷、でおさめてたけどな」
 深青はそうですか…と口を押さえる。理乃の遺体の状況を、改めて思い浮かべているのだろうか。
「すみません、もうちょっと聞いてもいいですか。お姉ちゃんは、服を脱がされていたって言ってましたよね」
「そうだな」
「つまり、犯人は衣服と荷物と指を持ち去ったということになりますよね」
「…それしかないだろう」
「どうして指を持ち去ったんでしょう」
「どうしてって」
「衣服や荷物を持ち去る理由は、さっき話したとおりなんじゃないかとは思います。けど指は?わざわざ切断して、持ち去る理由はわからない。
 指を切ることに性的興奮がある。確かに可能性はありそうですが、。自分の身元がわかることを恐れて、荷物やら衣服やらを持ち去ったんです。指を切るなんて、手間も時間もかかるでしょう。もしかすると、それをすることで自分につながる証拠を残す可能性もゼロではありません。つまり同じように持ち去るにせよ、衣服などとはその理由が全然異なるんですよ」
「そう言われたら、確かにそうだが…」
「ねえ、龍介さん」
 そこで深青は、ゆっくりと俺の名を呼んだ。それは本当にゆっくりとした口調だった。
「本当のことを話してください」
 体が急に冷え込んだようだった。エアコンが効き始めて、汗が冷えたのか。
「本当って、なんのことだ」
「嘘」
 全身の毛が逆立つ感覚に、俺は自然と力が入った。
「ついていませんか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...