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第五章 旅とその目的
7①
しおりを挟むエアコンの音が、一際大きくなったように思えた。
深青は立ち上がると、俺から少し間を空けて、ベッドに腰かける。
「何か言ってくださいよ」
「…何かって」
「今、私が言ったこと。間違ってないですよね」
俺はゆっくりと、諦めたように頷く。
「深青。知っていたのか?」
「ええ。お姉ちゃんの遺体が最初はそこにあって、龍介さんの手によってあの公園に運ばれたことも。でも確証はありませんでした。だから、こうして龍介さんに直接聞いたんです」
脱力。俺は、座っていた椅子に項垂れるようにずり落ちる。
深青の言うとおりだった。俺が理乃の遺体を見つけたのは、公園ではない。彼女の家…ベッドの上にそれはあったのだ。
理乃は首を絞められて死んでいた。荷物とシーツはぐしゃぐしゃで、死の間際、彼女が必死に抵抗したことを伺えた。
俺の告白を深青はじっと聞いていたが、聞き終えた後に「教えてください」と尋ねる。
「龍介さんがお姉ちゃんの家で、お姉ちゃんの遺体を見つけた。それはわかりました。
知りたいのはその後の龍介さんの行動です。どうしてあなたは、警察を呼ばずにお姉ちゃんの遺体を公園に運んだんですか」
やはり、疑問に思うところはそこだろう。
そう、俺は警察に通報しなかった。それどころか、深夜、人気のない時間帯に、彼女の遺体を公園に運んでいる。客観的に考えると、おかしな行動に違いない。
「お気づきかと思いますけど。こうして私が龍介さんの旅についてきたのは、あなたが犯人じゃないかと疑っていたことが第一にあります」
「まあ、そうだろうな」
それを考えると、かなりの勇気——いや、無謀にも程がある行動である。もしも俺が、本当に理乃を殺した犯人であれば、自分だっていつ殺されるかわからないのだから。
「でもこの二日間龍介さんを見ていて思いました。あなたは、お姉ちゃんを殺すことができるような人じゃない」
「どうしてそう思う」
「直感です」
「直感って」きっぱりと言い張る深青。俺は力が抜けそうになった。「そんな根拠もなく信じると後悔するぞ。人は見かけによらないものだ。俺みたいな気弱な奴だって、何をするかわかったもんじゃない」
「失礼な。直感って言っても、そう感じた理由はあります」
「理由って…」
「涙」
「えっ」
「今日の夕方でしたね。道の駅でだるま夕日を見た時に、龍介さんは涙を流していました」
「それが、どうしたんだ」
「お姉ちゃんは蜃気楼を見に行きたいって、いつも言っていました。あの涙は、死を目前にして、怖くなった人が流すようなものじゃない。悲しみの涙です。龍介さんはあの夕日を見て、お姉ちゃんとの記憶を思い出して泣いていた。違いますか」
鉄製のハンマーで胸を叩かれたように思えた。
そうだ…俺はあの夕日を見て、理乃を思い出していた。
また、あの場所…蜃気楼が見えるというそこは、理乃と一緒に行きたいと言っていた場所だった。奇しくも、旅の途中その場所にそこを寄れると知れば、行かざるを得ないものである。
泣くつもりなんて毛頭なかった。だが、俺はあの夕日に、蜃気楼に、理乃の姿を投影した。彼女を想い涙していたのだ。彼女の所作、言動、温もり、何もかも。数ヶ月の短い付き合い。しかし俺の長い人生の中で、あれだけ心地よく思えた時間は、他には無い。
「お姉ちゃんも私も人を見る目はあるんです。そこで改めて聞きます。あなたはお姉ちゃんを殺していない。でしょ?」
まるで赤子をあやすかのように、優しい口調だった。
「ああ、俺は殺していない。殺すわけが無い」
そんな彼女に俺は本心より肯いた。嘘をつけるとは思えなかった。深青はホッとしたように胸を撫で下ろす。しかしそれも束の間で、「でも」と続ける。
「そうだとすれば、龍介さんのとった行動は余計におかしく思えるんです。だから私、龍介さんの立場になって考えてみました」
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