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第五章 旅とその目的
7②
しおりを挟む「俺の立場?」
「はい。恋人が亡くなっていた。それも、何者かの手で殺されていたわけです。その時の龍介さんだったら、どう行動するのか」
心を見透かされているかのような感覚。俺はあえて何も言わずに、彼女の言葉に耳を傾ける。
「龍介さんがお姉ちゃんのことを、本当に好いていたのであれば。警察に通報しなかった理由は一つ。龍介さんは、犯人を自分の手で裁くためにそれをしたんじゃないか。そう思ったんです」
「裁く?一体何を根拠に…」
「根拠はこれです」
そこで深青は、両手を俺の前に掲げた。
「お姉ちゃんの手。龍介さんがやったんですよね」
「俺が?理乃の指を切った?」
「ええ」
「そんな。どうしてそんなことを」
「犯人の痕跡を消すためですよ。お姉ちゃんは犯人に首を絞められて殺されたわけです。激しく抵抗した際に、爪で犯人を傷つけていたとしたら、犯人の血というか、皮膚が爪に残る。そんなことを聞いたことがあります。
龍介さんは、それを残したままにしたくなかった。警察の捜査を遅らせるために、それをした。違いますか」
「…そのためにそんな酷いことをやったって?」
「正直に言って、人道的とは思えません。でもそうとしか、考えられません」
「いやいや、よく考えてくれ。復讐っていうが、そんな誰がやったかもわからない話だろ。そうだ、犯人の皮膚が残ってたって犯人候補が見つからないと意味がない。そうだろ」
「普通はそう考えます。…でも、龍介さんはそれをした。そうした理由も、もうわかっています。龍介さんは、お姉ちゃんを殺した犯人のことを知っていたんですよ」
「犯人が、誰か…」
深青は頷いた。
「その犯人がどういった人物なのか。それも推測できます。龍介さんが知っている人物であって、それでいてお姉ちゃんに恨みを持つ人物。二人に共通したコミュニティなんて、一つしかないですよ。龍介さんとお姉ちゃんの会社です」
「俺の会社の人間が犯人だと?」
「はい。だからこそ、あなたは恐れたんです。お姉ちゃんの手に犯人の痕跡が残っていることで、警察がすぐに犯人を特定してしまうんじゃないかと」
「それで、理乃の指を切断した。俺が、俺自身が、犯人にその、復讐をするために?」
深青は神妙な面持ちで一つ頷いた。俺は頭を掻く。
どうしようもなかった。
反論も言い訳も思いつくが、全て論破されそうな気がした。そう思うのは、深青の言ったことが、全て正しいことだからなのかもしれない。故に、俺は彼女の主張に対して、違うなんて言えなかった。違うと平然と答えられる程、面の皮は厚くなかったのだ。
そしてそれが事実であれば、もう一つわかることがあるに違いない。必ずわかる。彼女、深青であれば。
まさに彼女は、次にそれを話すつもりだったようだ。
「そう考えると納得いくことがあります。この旅…死ぬための旅、でしたか。ご一緒していて、とてもそうは思えない。それが私の印象です。龍介さんの態度も、自らが死ぬという大きな話なのに、なんだか、それに対してふわっとしているというのか。
そもそも、目的が違ったんですね。死ぬための旅ではない、むしろその逆…いや、お姉ちゃんを殺した犯人に復讐するための旅。そうなんでしょう」
「そのとおりだよ」
俺がすんなりと肯定したことに、少し驚いたようだ。深青は息をのんで、俺を見る。思わず俺は目を伏せた。
「理乃は死ぬべき人間じゃなかった。なのに、死なせてしまった。殺されてしまった。深青、全て君の言うとおりだよ。この旅の目的はただ自殺することなんかじゃない。あいつを殺す。それが目的だよ」
「あいつ、ですか」
「ああ。必ず殺す。だから、こんなところまでやってきた」
そう、あと少しなのだ。あと少しで、あの男の元に辿り着く。
「教えてもらえないのですか」
「犯人を、か?」
「はい。あたしの知らない人なのかもしれないですけど」深青はかぶりを振る。「いや、そんなことはどうでも良いです。ただ、知りたいんです。お姉ちゃんを殺した人間がどんな人間なのか。どうして、お姉ちゃんを殺したのか。それがどんな理由だったとしても、あたしは知らなければいけないんです」
深青の表情は真剣そのものだった。通常であればここで教えるべきではない。その理由は、彼女の表情が、単純に姉である理乃を殺した犯人をただ知りたいといった、その言葉とは裏腹な、まさしく俺と同じ理由から尋ねているように思えてならなかったのだ。
教えてはならない。しかし。
「深青。君の推測どおり、犯人はうちの会社の者だ」
固唾を飲んで、俺の次の言葉を待つ深青。
俺は息を吸った。
「その犯人は…」
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