蜃気楼に彼女を見たか

夜暇

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第六章 さよならと笑顔

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「辻なら、確かにここに来ましたよ」
 あっけらかんとした態度で、バー「SHELLY」を営む西尾は、太田原と中津の質問に答えた。
「彼は誰かと一緒にいたんじゃないでしょうか」
「あー、そうですね。知り合いの妹さんって言ってた気がしましたが」
「知り合いの妹、ですか?」
「ええ。その子の方もうんうん頷いてたから、そうなのかなって」
「その辻…さんの知り合いの方の妹さんのこと、あなたは知ってましたか?」
「いんやあ。僕も、ここに来て数年ですし。あいつは東京で働いてますから。頻繁に会うことも無かったですし、あいつの人間関係、流石に把握はしていませんよ」
 嘘をついているようには思えない。しかし彼は辻龍介と旧知の仲なのだ。隠している——いや、無意識のうちに、そうしているのかもしれない。
「あの。その知り合いの妹というのが、ですが。今、私達が担当する殺人事件の被害者の、妹に当たる人物である可能性が高いんですよ」
 聞くに淀んでいたところ、中津が単刀直入に口にする。
「殺人事件?」
「ええ。先月末頃に都内で殺害された女性の」
「おい中津…」
「時間がないんです。魔の手が、円城深青にも及んだりなんかしているかもしれないんですよ」
 中津は太田原の目を見ずに言った。その言葉は先輩に向けるには無礼さがあったのだが、彼は焦りを感じているのだろう。もしかしたら自分が得た情報によって、一人の命が救えるかもしれない——いや、むしろ一人の命が失われるかもしれないことを知っだが故の焦りだ。
 西尾は眉間に皺を寄せる。
「魔の手?それは、辻のことを言っているわけですか?」
「いやその…」
「彼が犯人である可能性は、否定できません」
「中津!」
 言い過ぎだ。太田原の大声に、流石に中津は思わず口を閉ざすも、西尾は目を見開いた。
「あいつがその妹をって?」
 仕方ない。ここまで言ってしまったらもう開き直った方が良い。太田原はゆっくりと頷いた。
「だから教えて欲しいのです。彼らの足取りを。辻龍介本人も、何か不審なことはあったりしたら」
「そんな馬鹿な」
 そこで西尾はふふっと笑う。
「何がおかしいんです」
「いや。むしろ、あの子自身、目的があって辻と一緒にいる。そう思いましたけどね」
「なんですって?」
「あのですね、刑事さん達」
 西尾はバーカウンターから身を乗り出しつつ、強面の刑事二人に対して、臆することなく強く睨んだ。
「あいつのことは昔から知ってます。バイアスかかってるかと言われたら完全にノーとは言えませんがね。あいつはざっくり言えば、イカれることはないんです」
「えっと。それはつまり?」
「いつでも自分を客観視できる。そういう奴なんですよ。自分がイカれてるってわかるから、非道なことはしない。そういうことです」
「つまりあなたは彼を…辻龍介さんを信じられると?」
「もちろん」太田原の質問に、西尾は間髪入れずに答えた。「だから…もしもそれでもあいつがそうしたっていうのなら、自分のためじゃない。それは、非道なことをした奴に対する報復、復讐。そんなもんだと思うんですよ」
「ほ…ええと、復讐ですって?」
 狼狽うろたえる中津に対し、太田原は口の端を上げた。
「いやに具体的ですね」
「そうなのかなと思ったくらいですけど。刑事さんらと違って、僕は付き合い長いので」そこで西尾は腕にはめた金色の時計の羅針盤に目を向けた。「そろそろ良いですかね」
 現在午前八時過ぎだ。昨夜、最終便に乗って金沢にやってきた太田原と中津は、その足でSHELLYに向かった。しかし定休日なだけに、西尾は不在だった。
 それからレンタカーを借りて、張り込んでいた。彼が来たのは朝になってからだった。聞けば、これから今夜開店に向けての仕込みをするという。
「それなら」ごほんと太田原は咳払いをする。「彼らがどこに向かったのか。やっぱり、聞いていませんかね」
「どこにって」
「西尾さんの言うとおり、妹さん…円城深青さん、彼女に何かしら思惑があって、辻龍介さんに近づいていたとすると。それをことが、少し怖いのですよ」
「どういうことです」
「彼らを繋ぐのは、間違いなく円城理乃さんの存在です。辻さんは何らかの理由があってここに来た。円城深青さんは、辻さんに何らかの理由があってここまで着いてきた。私達はこれから何か…よろしくないことが起きてしまう気がするのです」
「よろしくないこと、ね」
「辻さんがやった、やってない。それはともかく、彼らに話を聞く必要があるんです。お願いです」そこで太田原は頭を下げた。「知っているのであれば、教えてくれませんでしょうか」
 西尾は、太田原の後頭部をじっと見据える。最初中津は静観していたが、太田原に少し遅れる形で頭を下げた。
「本当に、良い奴なんです」
 太田原の頭上から聞こえた声は、まるで絞り出したようなものだった。
「あいつが人を殺したなんて、あり得ない」
「それならそれで良い。我々が馬鹿だった。辻さんは健全だった。それがわかるのですから」
「刑事さん」
「はい」
 西尾は太田原を見た。強い眼差しだった。
「あいつは北に行きました。復讐のために」
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