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第六章 さよならと笑顔
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しおりを挟む仕事がめんどくさすぎる件について。
少しくらい納期が遅れただけだろ。たった半日…たった半日だっての。先方もそんくらい待てよ、せっかち共が。
取り決めた期日を死んでも守れ?
今時そんなムーブ、流行ってないから。上がやってたら、ヒラの俺もやらなくちゃならねえじゃん。マジで害悪でしかないわ。
あのカス課長、マジで殺してやりてー。小言ばっかでくどくど、うざいったらありゃしない。マネジメントに向いてない典型的なゴミ。あんなんの下で働くとか俺、マジで哀れすぎ…
「くそっ」
SNSに愚痴を打ち込んでいる途中で、吉田はスマホをデスク横に強く置いた。打っていても気分は晴れない。というよりむしろ、苛々は募る。虚しさも増す。
午前0時を回っていた。ちらほらと残業していた奴らも、この時間になると帰宅する。オフィスにいるのは吉田だけだった。普段オフィス内全部つけっぱなしの蛍光灯も、彼のいる範囲のそれだけが点いている。余計に惨めに思えてならなかった。
昼間の騒々しさは、人がいるからそうなのだと改めて実感する。心が、そわそわとしてくる。早く帰らないと、早く終えないと。誰もいないのに、そう焚き付けられているような焦燥感に襲われる。
辻さんもこんな感じだったのかと、ふと思う。
聞くと、彼が無断欠勤なんて入社以来初めてのことだという。そもそも無断欠勤なんて、社会人としてどうかと思う。しかしそれを度外視しても、彼が不良行為をしたことに驚く連中が多く見受けられた。
辻さん、とうとう潰れちまったか——。
日々、辻が師崎のストレス発散の道具にされていたことは、吉田もよく知っていた。
ただ、吉田からしてみれば、辻は細かいことに一々注意をしてくる面倒な先輩という印象だった。そもそも組まされた時点で、性格も仕事のやり方も、何もかも俺とは合わない。そう、吉田は感じていた。
だから、意図的に力を抜いた。
取引先との説明は、途中で忘れたふりをした。
仕事はわざとやらず、できていない報告をした。
そうしたことで生じる、仕事の進捗の遅れや歪み。それは積み重なり、結果ミスが多くなり、手間が増えることになる。それを、あの師崎のことだ。辻に矛先が向くことは間違いなかった。
自分の評価にも影響があるだろうと踏んでいた。だから、その時は「仕事に慣れていなくて」と言い訳をしようと考えていた。新人だから許される、アドバンテージというやつだ。手を抜いて仕事をしつつ、会社の空気、ここでの仕事のやり方を覚え、それを次のチームで活かせば良いのだ。それができれば、自分の評価への傷は浅い。むしろ、辻の新人育成能力の低さが目立つことになる。
こんなものだ、会社なんて。
友達でも家族でもない、ただ偶然、一緒のことをしているだけの間柄。相手を気遣ったとして、その相手が自分に何をしてくれる。何もしてくれやしない。「良い人だな」、いっときそう思われて終わるだけの話だ。
それなら最小限のコストで、得られるだけの効果を手に入れる方が良い。辻には、その糧になってもらおう。
六月に入ったくらいから、吉田は何をしても叱られることがなくなった。代わりに自分に割り振られた仕事も、手詰まるふりをするとやってくれるようになった。
彼は、自分のことを諦めたのだ。吉田は思った。
それがわかると、無性に腹立たしくなった。自分でその状況を作り上げたにもかかわらず。つまり辻は、自分のことを下に見ている——新人だから、じゃない。使えない人材なんだと、蔑んでいる。
もっと、もっともっと辻を苦しめたくなった。
その思いを見抜かれた相手が、円城理乃だった。
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