66 / 73
第六章 さよならと笑顔
15
しおりを挟む俺は田上を調べ始めた。
彼が犯人だとしたら、何かボロを出すのではないか。仕事以外の空いた時間は全て、それに費やした。仕事は溜まる一方で、師崎からは相変わらずドヤされたが、それどころではなかった。
「辻さん、納期また間に合わなかったって」
「最近やる気ないよねあの人。いくら円城さんが亡くなったからって」
「公私混同しないでほしいよね」
どうやら理乃と俺が交際していたという噂は、彼女の死もあって、噂で終わりを告げたようだ。というよりも、俺が彼女にフラれたから、腹いせで噂を流したのではないか。そんな心なき陰口も聞こえてきていた。
まるで、彼女がここにいる前に戻ったかのような雰囲気。周りからの蔑むような視線が、棘になって刺さってくる。こうなると、理乃の存在自体無かったんじゃないか…それこそ、俺の妄想、幻だったんじゃないかと。
——いつか、一緒に行きませんか。
いや。彼女は幻なんかでは無かった。
——幻のようで、幻ではないんです。
実在する幻…ぼんやりと透けていて、実像よりも形は異なるかもしれない。でも、それは確かにそこにある。砂漠のオアシスのように、ずっとたどり着くことのないような、フィクションではない。
理乃は生きていた。俺は彼女と二人の時間を過ごした。それはまごうことなき真実であり、事実であり、己に残る彼女の面影は、消えることなく残ったままなのだった。
周りの無情な態度に耐えながらも、俺はそれを知ったのはつい最近。八月も二週目に差し掛かる、その頃だった。
その日もその日で、師崎からの陰湿なパワハラ、業務の押し付けを受けていた俺は一人、夜間のオフィスでパソコンのキーを叩いていた。
ふと、それが見えた。
俺のデスクの目の前には、田上がリーダーのグループがある。彼のデスクの上…そこに、黒い細長い機械があることに気がついた。
席を立ち、そろりそろりとゆっくりと近付く。やはり。動悸がする。俺はそれを手に取った。スマートフォンだ。見たことがある、これは田上のものだ。忘れていったようだ。
するとそこで、ブブッとそれが揺れた。
トークアプリの着信である。相手が誰か——円城、理乃。名前を見て、俺は思わず声を上げていた。
彼女は死んだ。この目で見たのだ。
この手で抱き上げ、この手で彼女の手を…
吐き気が込み上げてきて、思わず咳き込む。
これを送ってきた相手は、一体誰なのか。
震える手で画面にタップすると、パスワードロックがされていないことがわかった。それが通常そうなのか、奇しくもそうだったのか。それはどうでも良いことだった。
トークアプリを開く。着信があった緋乃の名前は一番上にあって、横には赤く「4」の数字がポップアップとして載っていた。
送られてきたメッセージは本文がなく、ただ写真が四枚。そこには白い建物が写っている。どうやら病院のようで、調べると産婦人科のようだ。色々な角度から、建物を撮ったもののようである。
おまえは誰だ
田上はメッセージを送っていた。彼もまた、俺と同じ気持ちで送ったに違いない。更にトーク履歴を遡ると二日前にも写真が送られていることがわかった。田上が女性といるところが写った写真。お腹が膨れている以上、田上の婚約者であることは間違いない。
そこで、俺はそれを見た。理乃を騙る何者かへの、田上のメッセージ。思わずスマートフォンを落としていた。だがすぐに拾えない程に動転していた。しかし、同時に確信した。
おまえは俺が殺したはずだ
間違いなく、田上が理乃を殺害したのだと。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる