蜃気楼に彼女を見たか

夜暇

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第六章 さよならと笑顔

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  「それ、私です」
 俺の後方で車のドアを開ける音がしたかと思えば、声がした。そのすぐ後、隣には深青が立っていた。俺一人だと思っていたのだろう、田上は少し動揺気味で彼女を見る。
「あなたのスマホに、写真を送ったのは」
「君は一体」
「はじめまして。お姉ちゃんがお世話になりました」
「お姉ちゃん…ははっ」
 そこで田上は俺を見る。「つまり、おまえとこの子で仕組んだわけか」
「俺が深青のことを知ったのは、二日前だけどな」
「お姉ちゃんの家で、お姉ちゃんのスマホを見つけました。あいにくロックがかかってて、開けるのに苦労しました」
 深青の淡々とした様子に、田上は肩をすくめる。
「まあ、どうだってもいいや。それで俺をここで、どうするつもりだ。…まさか殺すつもりだとでも?」
「そのとおりだよ」
 俺は背中に隠していた工具用のハンマーを見せた。田上は黒目をちらりと、それに移した。
「はっ。復讐ってか」
「そんなもんだよ。安心しろ、お前を殺して俺も死ぬ」
「男と心中は願い下げだがね」
「私もいますよ」
「かわい子ちゃんもか。でも君は若すぎる。俺はもう少し年相応の子が好みだからな」
「よくもそんな、ふざけたことをっ」
 俺は田上を強く睨んだ。「理乃を殺しておいて、そんな軽口を叩けるもんだ」
「仕方ないだろう。俺だってもう、わけがわからくなってんだよ」
 それから田上は泣き出した。故に、俺は思わず口をつぐんだ。田上は片手で頭を押さえ、それからこめかみのあたりをがんがんと叩く。
「確かに俺は円城を殺した。安心できると思った。でも駄目なんだ。安心なんてしない。いつかは、自分のしたことが暴かれる。どうしても考えちまう。円城が夢に出てくる。あの時の…あいつを殺した時のシーンが、頭の中で繰り返される。首を絞めた、あの感覚が」
 田上は嗚咽を漏らして、その場に崩れ落ちる。
「田上…」
「俺だって、殺したくなかったよ。でもさ、自分の体裁を守れないってなったら、そうするしかない。そこまで俺、追い詰められてたんだ。どうしようもなくなっちまったんだよ」
 そのまま、砂利の上で呻き声を開ける。
 そんな田上を、俺は惨めに思えてしまっていた。
 これが人殺しをした結果なのだろうか。
 困惑。ここに来るまで…この男と話している最中まで、すぐにでも殺してやりたいと思うほどだった。しかし、実際その相手がここまで荒ぶるとなると、怒りよりも戸惑いが先行してしまう。
 俺は深青と顔を見合わせる。彼女も同じ思いに違いなかった。複雑な表情をしている。

 が、次の瞬間だった。

 田上はひどく俊敏な動きで立ち上がると、俺を両手で突き倒した。突然のその行動に、俺はなす術なく転げ落ちる。背中に強い痛み。地面に倒れてから前方を見ると、そこには深青を羽交締めにした田上の姿があった。
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