50 / 82
「それで楽になれるなら、もっと求めろよ」
(4)
しおりを挟む
「……お帰り。琉生」
日付が変わる寸前、琉生は「ただいま」と笑って帰ってきて、いつもどおりに紗奈にキスをして横を通り過ぎた。
その瞬間に感じたのは、もうとっくに慣れてしまった香水の匂い。
毎日じゃない。
だけど、同窓会に行った日から頻繁に感じるようになった香水が不快だった。
こんなふうに、自分ももしかしたら羽琉の匂いを纏っているのか。
…いや、いっそのこと洗い流したりせずにそうしてしまおうかと思う。
そしたら少しは嫉妬して、俺のだって言って抱いてくれるかな。
なんて、あるわけもない、できるわけもないことを並べ立てる。
それは琉生に知られるのが嫌なのか、羽琉との関係が終わるのが嫌なのか、今となってはよくわからなくなっていた。
「琉生。はい、これ」
紗奈はそっと滑らせるようにして、紅音からもらった時計を彼の前に差し出す。
琉生はほんの少し眉を寄せて、視線を向けた。
「…なんで、これ…」
紅音の家に腕時計を忘れたことを琉生は気付いているのだろうか。
泊まったのが事実なら、気付いてないわけがない。
それならそうと言ってくれればよかった。
壊れて修理に出した、なんて嘘をつかずに、友達の家に忘れたって。
そんなことをされたらなにか疚しいことがあるから本当のことを言わなかったのかなって、そう疑ってしまうのに。
「紅音さんから渡されたの。部屋に忘れていったからって」
「あか、……瀬戸から?」
今琉生は〝紅音〟って言おうとして、それをわざわざ言い直した。
嘘をつくなら、もっとうまく嘘をついてくれればいいのに。
素直なところが琉生の長所だけど、こういう時はそれに苛立つ。
「聞いてないの? 紅音さん、私の会社の先輩なんだよ?」
そう言うと琉生は一瞬だけ目を見張り、「…そ、なんだ」と呟いた。
そんな気まずそうな顔をされたら、信じたくても疑いたくなる。
「……なんで嘘ついたの。壊れたなんて」
男友達の家ならまだしも紅音の家に忘れて、後ろめたい気持ちがあったかもしれない。
だけど、そうだとしても琉生には本当のことを話してほしかった。
なんでも話せる恋人に――なんて、今の自分達には程遠いものだ。
いつから、こんなにも距離ができてしまったんだろう。
すぐに触れられるのに、いつも側にいるのに、琉生が遠いなんて。
「……ごめん」
謝るくらいなら、最初から嘘で誤魔化したりしてほしくなかった。
バレた時に苦しくなるのは琉生なのに、紗奈のため、なんて言ってほしくない。
それでも、琉生は言う。
紗奈を傷つけたくなかった、って本当か嘘かもわからない言葉を。
「紅音さんの部屋に泊まったの…?」
「うん。でも、他のヤツもいたし」
「ベッドの横に置いてあったって、紅音さんが言ってたけど」
「ベッド? いや、寝室には入ってないんだけど」
誰が嘘をついてる?
琉生を信じたいのに信じきれない自分がいて、それがすごく嫌。
「……じゃあ、なにもなかったの?」
「ないよ」
本当、なのかな。
セックスこそしなくても琉生の気持ちを疑ったことはないのに、今は心が揺れる。
紅音の存在が頭の片隅にあって、それがどうしようもなくモヤモヤする。
琉生がつけている香水の残り香が不安を煽り、そういう気持ちにさせた。
「信じていい、んだよね…?」
琉生が座るソファの隣に腰掛けて、紗奈は聞いた。
ギュッと握りしめた手に力を込め、泣きそうになるのを抑えるように唇を噛む。
その手の上に琉生の手が乗せられ、二人の重ねられた手を見てからまた彼に視線を移した。
「不安にさせてごめん。でも、俺はずっと紗奈が好きだから」
髪に指を通すようにしながら頬に触れ、軽く唇にキスをされる。
いつもと同じキス。
触れているのになにも感じない、それどころか触れたところから冷えていくみたい。
そのままソファの上に体を沈められて、琉生の唇が首筋に落ちる。
どうして。
もうずっと抱いてくれなかったくせに、なんで今日はこんなことするの。
誤魔化そうとするように、気を逸らさせようとするように。
そのためだけに抱きたくもないのに抱かれるとしたら、それほど虚しいことはない。
それでも、琉生に触れてほしいと思ってしまうなんて。
日付が変わる寸前、琉生は「ただいま」と笑って帰ってきて、いつもどおりに紗奈にキスをして横を通り過ぎた。
その瞬間に感じたのは、もうとっくに慣れてしまった香水の匂い。
毎日じゃない。
だけど、同窓会に行った日から頻繁に感じるようになった香水が不快だった。
こんなふうに、自分ももしかしたら羽琉の匂いを纏っているのか。
…いや、いっそのこと洗い流したりせずにそうしてしまおうかと思う。
そしたら少しは嫉妬して、俺のだって言って抱いてくれるかな。
なんて、あるわけもない、できるわけもないことを並べ立てる。
それは琉生に知られるのが嫌なのか、羽琉との関係が終わるのが嫌なのか、今となってはよくわからなくなっていた。
「琉生。はい、これ」
紗奈はそっと滑らせるようにして、紅音からもらった時計を彼の前に差し出す。
琉生はほんの少し眉を寄せて、視線を向けた。
「…なんで、これ…」
紅音の家に腕時計を忘れたことを琉生は気付いているのだろうか。
泊まったのが事実なら、気付いてないわけがない。
それならそうと言ってくれればよかった。
壊れて修理に出した、なんて嘘をつかずに、友達の家に忘れたって。
そんなことをされたらなにか疚しいことがあるから本当のことを言わなかったのかなって、そう疑ってしまうのに。
「紅音さんから渡されたの。部屋に忘れていったからって」
「あか、……瀬戸から?」
今琉生は〝紅音〟って言おうとして、それをわざわざ言い直した。
嘘をつくなら、もっとうまく嘘をついてくれればいいのに。
素直なところが琉生の長所だけど、こういう時はそれに苛立つ。
「聞いてないの? 紅音さん、私の会社の先輩なんだよ?」
そう言うと琉生は一瞬だけ目を見張り、「…そ、なんだ」と呟いた。
そんな気まずそうな顔をされたら、信じたくても疑いたくなる。
「……なんで嘘ついたの。壊れたなんて」
男友達の家ならまだしも紅音の家に忘れて、後ろめたい気持ちがあったかもしれない。
だけど、そうだとしても琉生には本当のことを話してほしかった。
なんでも話せる恋人に――なんて、今の自分達には程遠いものだ。
いつから、こんなにも距離ができてしまったんだろう。
すぐに触れられるのに、いつも側にいるのに、琉生が遠いなんて。
「……ごめん」
謝るくらいなら、最初から嘘で誤魔化したりしてほしくなかった。
バレた時に苦しくなるのは琉生なのに、紗奈のため、なんて言ってほしくない。
それでも、琉生は言う。
紗奈を傷つけたくなかった、って本当か嘘かもわからない言葉を。
「紅音さんの部屋に泊まったの…?」
「うん。でも、他のヤツもいたし」
「ベッドの横に置いてあったって、紅音さんが言ってたけど」
「ベッド? いや、寝室には入ってないんだけど」
誰が嘘をついてる?
琉生を信じたいのに信じきれない自分がいて、それがすごく嫌。
「……じゃあ、なにもなかったの?」
「ないよ」
本当、なのかな。
セックスこそしなくても琉生の気持ちを疑ったことはないのに、今は心が揺れる。
紅音の存在が頭の片隅にあって、それがどうしようもなくモヤモヤする。
琉生がつけている香水の残り香が不安を煽り、そういう気持ちにさせた。
「信じていい、んだよね…?」
琉生が座るソファの隣に腰掛けて、紗奈は聞いた。
ギュッと握りしめた手に力を込め、泣きそうになるのを抑えるように唇を噛む。
その手の上に琉生の手が乗せられ、二人の重ねられた手を見てからまた彼に視線を移した。
「不安にさせてごめん。でも、俺はずっと紗奈が好きだから」
髪に指を通すようにしながら頬に触れ、軽く唇にキスをされる。
いつもと同じキス。
触れているのになにも感じない、それどころか触れたところから冷えていくみたい。
そのままソファの上に体を沈められて、琉生の唇が首筋に落ちる。
どうして。
もうずっと抱いてくれなかったくせに、なんで今日はこんなことするの。
誤魔化そうとするように、気を逸らさせようとするように。
そのためだけに抱きたくもないのに抱かれるとしたら、それほど虚しいことはない。
それでも、琉生に触れてほしいと思ってしまうなんて。
0
あなたにおすすめの小説
俺にお前の心をくれ〜若頭はこの純愛を諦められない
ラヴ KAZU
恋愛
西園寺組若頭、西園寺健吾は夕凪由梨に惚れた。
由梨を自分の物にしたいと、いきなり由梨のアパートへおしかけ、プロポーズをする。
初対面のヤクザにプロポーズされ、戸惑う由梨。
由梨は父の残した莫大な借金を返さなければいけない。
そのため、東條ホールディングス社長東條優馬の婚約者になる契約を優馬の父親と交わした。
優馬は女癖が悪く、すべての婚約が解消されてしまう。
困り果てた優馬の父親は由梨に目をつけ、永年勤務を約束する代わりに優馬の婚約者になることになった。
由梨は健吾に惹かれ始めていた。でも健吾のプロポーズを受けるわけにはいかない。
由梨はわざと健吾に嫌われるように、ある提案をした。
「私を欲しいなら、相手になります、その代わりお金頂けますか」
由梨は健吾に囲われた。
愛のないはずの優馬の嫉妬、愛のない素振りをする健吾、健吾への気持ちに気づいた由梨。
三人三様のお互いへの愛。そんな中由梨に病魔が迫っていた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
離宮に隠されるお妃様
agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか?
侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。
「何故呼ばれたか・・・わかるな?」
「何故・・・理由は存じませんが」
「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」
ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。
『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』
愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
お見合いから本気の恋をしてもいいですか
濘-NEI-
恋愛
元カレと破局して半年が経った頃、母から勧められたお見合いを受けることにした涼葉を待っていたのは、あの日出逢った彼でした。
高橋涼葉、28歳。
元カレとは彼の転勤を機に破局。
恋が苦手な涼葉は人恋しさから出逢いを求めてバーに来たものの、人生で初めてのナンパはやっぱり怖くて逃げ出したくなる。そんな危機から救ってくれたのはうっとりするようなイケメンだった。 優しい彼と意気投合して飲み直すことになったけれど、名前も知らない彼に惹かれてしまう気がするのにブレーキはかけられない。
雨はまだ降り続いている…〜秘密の契約結婚〜
和泉 花奈
恋愛
主人公の観月 奈緒(25)は、ある日突然仕事に行けなくなり、ずっとお家の中に引きこもっている。
そんな自分を変えたくて足掻き苦しんでいるが、なかなかあと一歩が踏み出せずにいる。
勇気を出して家から出た奈緒は、たまたまぶつかった須藤 悠翔という男に出会い、運命が大きく揺れ動く。
※突然で申し訳ないのですが、投稿方式を変えました。
これまで1〜3話をまとめて1話にしておりますが、各話1話ずつそれぞれで公開することにしました。
急な変更に伴い、読者の皆様にご迷惑をお掛けして申し訳ございません。
これからも引き続き作品の応援をよろしくお願い致します。
2025/10/21 和泉 花奈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる