人と人との間で思う

秋本シラキ

文字の大きさ
2 / 9
2章

人と人との間で思う 2章

しおりを挟む
午後の十時。閉店してから約一時間後、店内の掃除を済ませシャッターを閉め、フッと息を吐いたまり子はレジの前で指を小刻みに動かして札束を数える安田の元へ歩み寄る。



「あの、安田さん。」

「ん?」



安田は札束を数えるのをやめ、視線をまり子に合わせた。



「あの、本当に申し訳ないんですけど、私このバイト今日限りでやめたいと思います。」



安田は一瞬目を大きく見開いて、徐々に眉にシワを寄せ始めた。



「どうして?」

「・・・・・」



まり子は何と説明していいか戸惑う



「あ・・・あのう、その・・・人が・・・」

「それなら大丈夫だよ。まりちゃんはただ立っているだけでいいから。接客しなくていいから。」



安田は頼むからやめないでくれと言いいたげな口調で、まり子を引き止める。



「いや・・・あの、そういう問題じゃなくて、その・・・」

「だから何?何が不満なの?もしかして給料?わかった。次から百円増しにしてあげるから。」



安田は完璧に焦っていた。口調も優しい口調から人を威圧するような口調に変わってきた。



「え・・・だから・・・とにかく私、やめたいんです・・」

まり子は少々安田の顔を窺いながら言った。



パサ

安田の手から札束が地面へとヒラヒラと落ちた。



「ダメだ」

「えっ?」

「ダメだったらダメだ」



怒り狂った安田はまり子に駆け寄り、まり子を押し倒した。そしてまり子に馬乗りになって首を絞め始めた。



「聞いたろ?面接のときに。長く続けられるのかって。そしたらまりちゃん、はいって言っていたじゃないか。なのに・・・なのにどうして?まだ一ヶ月もたっていないよ。」



「苦しい・・・やめて」



まり子は自分の首を絞める安田の両手を必死で離そうとする。しかし、安田の首を絞める力はさらに増し、まり子は意識が朦朧とした。



「俺さあ、まりちゃんが面接に来たとき、本当にうれしかったんだからね。もちろん、店の売り上げもそうだけどさ、何よりもさ、俺自身がうれしかった。こんな古びた親父の靴屋を継いだばっかりに、何もない平凡な毎日。それが君が来てくれたおかげで・・・」



「俺は君が好きなんだ。なのに・・・なのにやめるって言うのかい?お願い、お願いだから俺のそばにいてくれ。頼むよ。こんなに頼んでもだめかい?」



安田はいつの間にか涙声になり涙を流していた。そして徐々に首を絞めていた両手が緩んでいく。



「ごほっ・・・ごほっ・・」



まり子はやっと両手が首から離れ、まともに呼吸ができるようになった。



「どうしたの?まりちゃん?」



安田は正気を失い、自分がとんでもない事をしでかしたことを自覚できていなかった。



「悪かった・・・悪かったよ。そんなつもりはなかったんだ。俺はただ・・・」



安田は前のめりになってまり子の顔色を窺った。



(早く逃げなくちゃ・・・)



まり子はわずかに開いた股の下を潜り抜け、シャッターを両手で上げ外へと駆け出した。



外は雨が激しく降っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

処理中です...