人と人との間で思う

秋本シラキ

文字の大きさ
3 / 9
3章

人と人との間で思う 3章

しおりを挟む
自分がずぶ濡れになっているのもわからず、無我夢中で走り続けるまり子。しばらく走り、まり子は後ろから安田が追いかけてこないのを見ると足を止めた。



(どうして・・・どうして私だけこんな目にあわないといけないの?)



まり子は身体が濡れる寒さと、悲しみで身体は震え、涙があふれ出てきて止まらなくなった。



(もう、嫌だ・・・いっそ死にたい。そうだ、死のう・・・そうだ、死のう・・・)



まり子は涙を手で拭ってヨロヨロと当てもなく歩き始めた。



そしてまり子がもう一度足を止めたのは、茶色いレンガで覆われた古いマンションだった。



まり子は上を見上げる。窓を一回一回数えていくと、このマンションは六階建てのマンションだとわかり、屋上にはフェンスがなさそうだった。



(ここから飛び降りれば、死ねるかも・・・)



まり子はマンションの中に入り、エレベーターに乗って屋上へと上った。



エレベーターのドアが開くと、雨はさらに激しさを増していた。屋上の端までゆっくりと歩き、段に片足を乗せた。下を見下ろすと、眩むような景色が目に入ってきた。



(ここなら死ねる・・・よし。)

まり子は両足を段に乗せ、重心をつま先に乗せた。



(さあ、飛び降りろ。飛び降りれば楽になれる。あんな思いをしなくてすむ。)



まり子は目をつぶった。そして自分が今まで強いられた苦痛を頭の中でフィードバックさせる。



(でも、ここから飛び降りたら痛いだろうなあ・・やっぱり怖いなあ・・・いやいや、大丈夫。痛いのは一瞬だけだし、これから生きるほうがよっぽど苦痛よ。)



まり子は目の前の恐怖に打ち勝つように自分に言い聞かせる。しかし、気持ちは飛び降りたくとも、足が全く動こうとしない。


バシャ、バシャ、ドンドン



その時だった。まり子の乗っている段に誰かが勢いよく乗り、振動が足に伝わった。ハァハァという息を吐く音が聞こえる。



まり子は気になり、息の吐くほうへ顔を向けた。



まり子の左五メートルくらい先に男が立っていた。長髪のこけた頬、針金のように痩せた身体。



(この人も飛び降りようとしているのだろうか?)

まり子の頭をふと過ぎる。しかし、



(いい。人のことはどうでもいい。早く飛び降りなければ。でも・・・)



まり子はなぜか男の存在が気になって仕方がなかった。頭の中がモヤモヤして仕方なかった。



「あのう・・・率直に聞きますが、あなたもここから飛び降りようとしています?」



男はまり子の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、無言で直立不動に立っていた。



「あのう!聞こえていますか?あなたも死にたいんでしょ?」



今度は雨の音にも負けない大声で、まり子は男に話しかける。しかし、男は無言のままであった。まり子は諦めずにもう一度呼びかける。



「あのう!あなたは」

「ああ!うるさいなあ!なんなんですか!」



男はやっと反応を示した。しかし、それはあまりいい反応ではなかった。



「ああ、やっとこっちを向いてくれた。あのう、あなたも死のうとしているんでしょ?」



「ええ、そうですけど。見ればわかるでしょ?あなたも変な人ですねえ?」



男は飛び降りるタイミングを逃され、怒り呆れ返った。



「ああやっぱり。どうして死ぬんですか?」



何故こんな質問をしたのだろうかまり子にも全くわからなかった。死ぬということで思考回路が狂っていたのかもしれない。ただ、聞きたい気分だったということだけであった。



「はぁ?あんたなに言っているんだ。普通、今死ぬぞって言う人にそんなこと聞きますか?」



男の言う通りだとまり子自身も思った。しかし、



「別にいいじゃないですか。私たち、何分か後にはこの世にはいないんですから。最後の遺言として言い合いましょうよ。」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

処理中です...