人と人との間で思う

秋本シラキ

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4章

人と人との間で思う 4章

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男はしばらく黙り込んでから首を傾げ、



「じゃあ、言い出しっぺのあなたからその死にたい理由を聞かせてくださいよ。」



「ああ、私ですか?私は自分自身が嫌だからですよ。それと私を取り巻く人も。」



まり子は淡々と話した。なぜか男は鼻で笑った。



「え、おかしいですか?」

男は首を横に振る。



「いいや。面白いなあって思いましてね。僕も、同じです。あなたと。」



「何がですか?」

「死ぬ理由ですよ。人が嫌になって死のうと思ったんです。」



意外な男の反応に、まり子には妙な好奇心が沸く。



「へぇ、奇遇って言うんですかね?こういうの。で?」

「でっ、で?」

「どうして人が嫌なんですか?」

「・・・・」



ここまで自分のことを知りたがった人間は、この男にとって生きてきた中で初めてだった。そう考えると少し戸惑った。



「ど・・・どうしてそんなに僕のことを・・・?」



急におどおどした態度になった男に、まり子も戸惑う。



「え、私・・・へんなこと聞きました?別に、いいじゃないですか。どうせ死ぬんでしょ?」



「そうですね。」



別に戸惑う必要はないと男は思い直した。どうせ自分の人生など下らないし、どうせ死ぬんだから、と。



「もう僕は人に絶望しました。あの冷酷な動物に・・・」



男は唇をかみ締める。


「親は僕を捨て、引き取った叔父は僕を邪魔者扱いし、世間は僕の存在すら認めたがらなかった。」



男は眉間にシワを寄せ、天を仰いだ。雫が容赦なく顔に落ちる。



「まあ、あんたにはこの苦しみはわからないでしょうけどね・・・」



完全に自分の世界に入る男に、まり子は自分が会話に入るタイミングを見失っていた。



「でも、僕はそんな中でも何とか生きてきましたよ。でも最近、高校を卒業してから急に家を追い出されましてね。僕は一人で生きていかなくてはならなくなった。」



「あの、どうして叔父さんに家を追い出されたんですか?」



まり子は恐る恐る男の会話に入った。



「さあ、知りませんよ。きっと高校を卒業してもう僕を育てる義務はないと思ったからじゃないんですか。」



男は投げやりに答えた。自分の話に首を突っ込むなと言っているかのように。



「僕はとりあえず仕事を探しました。でも、いくら仕事の面接を受けてもアルバイトさえも受からなかった。」



本当にそんな人がいるのだろうか?まり子は男を疑ったが、ここは黙って聞くことにした。



「途方にくれた僕は、お金がないから住む家もなく、公園のベンチで寝ていたりしたんですが、今日は雨が降ってきたのでレストランで時間をつぶそうと入りました。そこで僕はもう絶望しました。」



「何があったんですか?」

男は目をつぶって口をつぐませた。まるで、怒りを堪えているかのように。



「レストランが込んでくると、店員が僕に向かって迷惑だから出て行けと怒鳴ったんだ。お客の僕に。」



「え?」

これにはまり子も驚いた。普通ではありえないことであった。



「確かに、僕はドリンクバーをひとつ頼んで居座っていた。でも・・・それでも・・・」



まり子はこの話がもし真実なら、ひどい話だと同情した。しかし、これが事実なら「どうしてこの人はこのような仕打ちをされなければならないのか」とも同時に感じた。



「僕は人に愛されない人間なんだ・・・少しでも人の愛を求めた僕が馬鹿だった・・・」



男の目から涙が流れ出ていた。この様子を見れば、自殺するしかないというほど男が追い詰められていることがまり子にも伝わってきた。


「あの、ちょっと失礼かもしれませんが、あなたはどうしてそんなに人から冷たくされるんですか?」



男は無言で涙を流していた。別にまり子の声が聞こえなくなくてそうしているわけではない。答えられなかったのだ。自分がどうしてここまで人に嫌われるのか、自分でもわからない。運命としか言いようがなかった。



「ああ、ごめんなさい。余計なことを聞いてしまって。じゃあ、今度は私が話します。」



男は涙を袖で拭き、まり子の声に耳を傾ける。



「私は一言で言えば、人から好かれすぎていたんです。それを私をこんな自殺まで追い込んだ・・・」



まり子は歯を出さずに微笑みながら首を傾げた。



「みんなからは人から好かれることは羨ましがられます。私も最初は自分が幸せだと思っていました。みんな私に対して優しく、良くしてくれるから。」



「そりゃあ、そうでしょ。人から好かれて悪いことなどない。」



男は皮肉っぽく口を尖らせて言う。



「そうですよね。でも私の場合、それが度を越してしまっていたんです・・・」



「・・・私の親は小学校に入学するまで一度も外へ出してくれませんでした。私が怪我や病気をしてきては大変だからって。」


「いいことじゃないですか。親が子を大切にしている証拠じゃないですか。」



「でも、私は普通の子達とも外で遊びたかったし、幼稚園にも行きたかった。」



そう言われるとそうであるが、男からしてみればまり子の贅沢なエゴにしか聞こえないと思った。



「大きくなって、親の手からもやっと離れることが出来たら今度は周りの人が私を異常に愛し始めました。」



まり子は今度は顔を引きつりながら首を傾げた。



「人は私の取り合いを始めた。私と一緒にいられるなら何でもする。それがたとえ私が嫌がることでも。中には暴力や金によって私を自分のものにしようとする人まで出てきた。」



「みんなとうまく付き合うことはできなかったんですか?」



「人数が多すぎるし、一人に優しくすると他の私を愛している人が妬み、暴れ狂ったり、泣き叫んだり、とんでもないことをするのよ。だから私は感情を表に出せないし、人の顔色を窺って動かなくてはならない人形のような人間になってしまった・・・」



そんな話を聞いてもなお、男はどうしてもまり子の苦しみが全く理解できなかった。



「その周りの人の行動は日に日にエスカレートして、私はたまらず誰も知り合いのいないこの町に逃げるように来ました・・・でも、ここでも状況は変わらなかった。」



まり子は額を片手で覆った。



「一文無し同然で出てきた私は、働かなくてはならないから、人と接しない仕事を、とあまり人気のない自営業の靴屋のアルバイトをやることにしたんです。しかし、そこでも私がアルバイトをしたとたん、人が集まるようになってしまって・・・私はこの仕事を続けるのは無理だと思いました。で、今日です・・・」



まり子は急に身体が震えだした。



「私がこの靴屋のアルバイトを辞めるといったら、店長に首を絞められ殺されそうになった。」



「ほ、本当ですか?」

まり子は黙って頷く。



男は信じられなかった。しかし、まり子の言っていることが事実なら度の超えた人の愛にこの人は飲み込まれてしまうのかもしれないと男は思った。



「だから私は人に殺されるのを待つ前に、自分で命を絶とうと思ったんです。もう嫌よ!人の操り人形になる人生は・・・」



容赦なく雨が降り続く。しかし、この二人の心にはその雨が嫌だと思う余裕がないほど追い詰められていた。

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