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6章
人と人との間で思う 6章
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亨のほぼ思いつきで考えた理論は見事に当たっていた。二人が町を歩いていて、特に人通りの多い商店街などを歩いていると、それがはっきりとわかった。二人は人ごみの中を普通の人と同じように歩くことが出来たのだ。このことは、二人の人生にとって快挙とも言えるべきことだった。
「ああ、初めて。人が私に声をかけるどころか、見もしないのは。釘宮さんのおかげですかね。」
「僕も初めてだ。いつもだったらみんな僕を汚いものみたいに避けて通るのに、今日は普通に歩いてくれている。きっと、星野さんのお陰ですよ。」
二人とも、思わず笑みが零れた。普通の人には当たり前のことでも、普通の人ではない二人には本当に喜ばしいことだった。
「不思議ですね。僕達って。二人がくっ付くと上手く調和が取れたみたいに普通の人間になるなんて。」
アパートからコンビにまでは一キロくらい距離があったが、そんなことに酔いしれて歩いていると、かなりその距離が短く感じた。
「あの、今日面接を受けに来た星野と釘宮ですけれども・・・」
自動ドアが開き、コンビニの中へ入るとすぐ左のレジに立っていた店長らしき人物にまり子が軽くお辞儀をする。
「ああ、さっきの星野さんね。待って・・・・いましたよ。」
店長はまり子の顔を見た瞬間、天使に出会えたというくらい満面の笑みを浮かべて軽やかな口調で話していたが、亨がまり子の後ろから姿を現すと笑顔が一瞬に消え、引きつった顔をして吐き捨てるような口調に変わった。
二人は店の奥へと案内され、事務室のような四畳くらいの小部屋に案内された。二人はあらかじめ用意されていたパイプ椅子に並んで座り、店長は二人に向かい合った常態で座った。
「はい。星野さんと釘宮君ですね。じゃあ、まずこのコンビニを希望した理由を教えてください。まず、星野さん。」
ニコリと歯茎を出してまり子の顔を見る店長。
「あ、はい。えっと、私は・・・あの、一人暮らしなんでお金が稼ぎたくて、それで時給の高いこの店を。」
店長はまり子の言うこと言うこと一言一言に頷き、いかにも嬉しそうに聞いていた。
「そうですか。そうですか。そうですよねえ。一人暮らしは大変でしょう?両親からの仕送りは?」
「あ、ないです。」
「おお。しっかりしていますねえ。」
店長はまり子に拍手を送った。まり子はあまり嬉しそうではなかった。
「なるほどね・・・で、釘宮君は?」笑みがサッと消え、店長は険しい顔に変貌した。
「はい。僕はコンビニの仕事を通しまして、人と人との関り合いの大切さを学び、そして発展し続けるコンビニ業界がどのように運営しているか知りたいので、この仕事を選ばせていただきました。」
店長は亨が話し終わると「チッ」と舌打ちした。
「何なんだよ。きれいごとばかり並べやがって・・・・第一、ここは仕事をする場であって、何かを勉強する場所じゃ無いんだけど。そこらへん、ちゃんとわかっている?」
部屋に重苦しい空気が流れた。
「じゃあ、次の質問をします。このコンビニの仕事は接客中心の仕事になりますが、二人は接客の経験はありますか?じゃあ、まり子さんから。」
いつの間にか、店長のまり子に対する呼び方が、「星野さん」から「まり子さん」へと変わっていた。
「えっと、私は正直言いまして接客の仕事はやったことはあるのですが、あまり自信がありません。だから、少し不安なんですけど・・・」
「ああ。大丈夫。大丈夫。一応聞いてみただけだから。もし接客が嫌なら、他の仕事をやらせてあげるから大丈夫ですよ。で・・・あんたは?」
店長は亨にはもはや名前を言うことさえも嫌らしく、「あんた」呼ばわりをした。
「え、僕は接客はやったことはないのですが、一生懸命覚えて出来るように絶対にします。」
「口では何とでも言えるよ。それでそういう風に頑張るって言っている奴ほど、いつまでたっても仕事覚えねえんだよなあ・・・」
そうブツブツ言いながら店長は何かメモを取り出して「えっと、今軽い面接をしてもらったんですが、二人の面接の態度を見て星野さんは採用してもかまいませんが、釘宮君のほうはちょっと、今回はご縁がなかったということで・・・」
亨はやっぱりなと心の中で思い、天を仰いだ。
しかし・・・
「ええ?釘宮君は採用してくれないんですかあ?」
まり子が店長に突っかかるように聞く。
「ええ・・・まあ、うん。」
「じゃあ、私、このアルバイトできません!」
まり子は迷いもなく、きっぱりとそう言い放つ。
「ええええ?そ、それは困るなあ。せっかく採用してあげたのに・・・」
まり子の発言が予想外だったのか、店長は目を泳がせた。
「私達、同じ仕事を一緒にやるって決めているんですよ。だから、釘宮さんをとってくれないなら私もこのアルバイトできません。」
店長は困り果てていた。まり子は絶対に採用したいが、亨は絶対に採用したくない。という具合に。
「うーん・・・仕方ない。わかりました。二人とも採用します。」
「ありがとうございます。」
まり子と亨は勢いよく返事をした。一方の店長は複雑な顔を見せていた。
「よかったですね。」
部屋を出て、まり子は亨に声をかける。
「なんだか、星野さんに助けられたみたいで複雑な気持ちですね。」
亨は肩をすくめる。
「そうですね。今回は私の『好かれパワー』であなたを採用させました。そしたら今度はあなたの『嫌われパワー』で私にちゃんと仕事をやらせてくださいね。」
「かなり幼稚なことを言う」と亨は笑いたくなった。しかし、亨はその幼稚なまり子の言葉でなんだか少し励まされた気もした。
「『嫌われパワー』か。面白いこといいますね。よし、じゃあ、僕の『嫌われパワー』で今日の仕事も頑張るぞ。今日から仕事は入っているんですよねえ?面接終わったばかりだけど。」
「はい。今からすぐに働いてくれですって。さあ、行きましょう。」
こうして二人はしばらくの間一緒に暮らし、どこでも一緒に行動した。スーパーに行くときも。電車に乗るときも。髪の毛を切りに行くときも。そして二人は普通の人間と同じ生活を送ることが出来た。
二人は幸せだった。しかし、そんな日々も長くは続かなかった・・・
「ああ、初めて。人が私に声をかけるどころか、見もしないのは。釘宮さんのおかげですかね。」
「僕も初めてだ。いつもだったらみんな僕を汚いものみたいに避けて通るのに、今日は普通に歩いてくれている。きっと、星野さんのお陰ですよ。」
二人とも、思わず笑みが零れた。普通の人には当たり前のことでも、普通の人ではない二人には本当に喜ばしいことだった。
「不思議ですね。僕達って。二人がくっ付くと上手く調和が取れたみたいに普通の人間になるなんて。」
アパートからコンビにまでは一キロくらい距離があったが、そんなことに酔いしれて歩いていると、かなりその距離が短く感じた。
「あの、今日面接を受けに来た星野と釘宮ですけれども・・・」
自動ドアが開き、コンビニの中へ入るとすぐ左のレジに立っていた店長らしき人物にまり子が軽くお辞儀をする。
「ああ、さっきの星野さんね。待って・・・・いましたよ。」
店長はまり子の顔を見た瞬間、天使に出会えたというくらい満面の笑みを浮かべて軽やかな口調で話していたが、亨がまり子の後ろから姿を現すと笑顔が一瞬に消え、引きつった顔をして吐き捨てるような口調に変わった。
二人は店の奥へと案内され、事務室のような四畳くらいの小部屋に案内された。二人はあらかじめ用意されていたパイプ椅子に並んで座り、店長は二人に向かい合った常態で座った。
「はい。星野さんと釘宮君ですね。じゃあ、まずこのコンビニを希望した理由を教えてください。まず、星野さん。」
ニコリと歯茎を出してまり子の顔を見る店長。
「あ、はい。えっと、私は・・・あの、一人暮らしなんでお金が稼ぎたくて、それで時給の高いこの店を。」
店長はまり子の言うこと言うこと一言一言に頷き、いかにも嬉しそうに聞いていた。
「そうですか。そうですか。そうですよねえ。一人暮らしは大変でしょう?両親からの仕送りは?」
「あ、ないです。」
「おお。しっかりしていますねえ。」
店長はまり子に拍手を送った。まり子はあまり嬉しそうではなかった。
「なるほどね・・・で、釘宮君は?」笑みがサッと消え、店長は険しい顔に変貌した。
「はい。僕はコンビニの仕事を通しまして、人と人との関り合いの大切さを学び、そして発展し続けるコンビニ業界がどのように運営しているか知りたいので、この仕事を選ばせていただきました。」
店長は亨が話し終わると「チッ」と舌打ちした。
「何なんだよ。きれいごとばかり並べやがって・・・・第一、ここは仕事をする場であって、何かを勉強する場所じゃ無いんだけど。そこらへん、ちゃんとわかっている?」
部屋に重苦しい空気が流れた。
「じゃあ、次の質問をします。このコンビニの仕事は接客中心の仕事になりますが、二人は接客の経験はありますか?じゃあ、まり子さんから。」
いつの間にか、店長のまり子に対する呼び方が、「星野さん」から「まり子さん」へと変わっていた。
「えっと、私は正直言いまして接客の仕事はやったことはあるのですが、あまり自信がありません。だから、少し不安なんですけど・・・」
「ああ。大丈夫。大丈夫。一応聞いてみただけだから。もし接客が嫌なら、他の仕事をやらせてあげるから大丈夫ですよ。で・・・あんたは?」
店長は亨にはもはや名前を言うことさえも嫌らしく、「あんた」呼ばわりをした。
「え、僕は接客はやったことはないのですが、一生懸命覚えて出来るように絶対にします。」
「口では何とでも言えるよ。それでそういう風に頑張るって言っている奴ほど、いつまでたっても仕事覚えねえんだよなあ・・・」
そうブツブツ言いながら店長は何かメモを取り出して「えっと、今軽い面接をしてもらったんですが、二人の面接の態度を見て星野さんは採用してもかまいませんが、釘宮君のほうはちょっと、今回はご縁がなかったということで・・・」
亨はやっぱりなと心の中で思い、天を仰いだ。
しかし・・・
「ええ?釘宮君は採用してくれないんですかあ?」
まり子が店長に突っかかるように聞く。
「ええ・・・まあ、うん。」
「じゃあ、私、このアルバイトできません!」
まり子は迷いもなく、きっぱりとそう言い放つ。
「ええええ?そ、それは困るなあ。せっかく採用してあげたのに・・・」
まり子の発言が予想外だったのか、店長は目を泳がせた。
「私達、同じ仕事を一緒にやるって決めているんですよ。だから、釘宮さんをとってくれないなら私もこのアルバイトできません。」
店長は困り果てていた。まり子は絶対に採用したいが、亨は絶対に採用したくない。という具合に。
「うーん・・・仕方ない。わかりました。二人とも採用します。」
「ありがとうございます。」
まり子と亨は勢いよく返事をした。一方の店長は複雑な顔を見せていた。
「よかったですね。」
部屋を出て、まり子は亨に声をかける。
「なんだか、星野さんに助けられたみたいで複雑な気持ちですね。」
亨は肩をすくめる。
「そうですね。今回は私の『好かれパワー』であなたを採用させました。そしたら今度はあなたの『嫌われパワー』で私にちゃんと仕事をやらせてくださいね。」
「かなり幼稚なことを言う」と亨は笑いたくなった。しかし、亨はその幼稚なまり子の言葉でなんだか少し励まされた気もした。
「『嫌われパワー』か。面白いこといいますね。よし、じゃあ、僕の『嫌われパワー』で今日の仕事も頑張るぞ。今日から仕事は入っているんですよねえ?面接終わったばかりだけど。」
「はい。今からすぐに働いてくれですって。さあ、行きましょう。」
こうして二人はしばらくの間一緒に暮らし、どこでも一緒に行動した。スーパーに行くときも。電車に乗るときも。髪の毛を切りに行くときも。そして二人は普通の人間と同じ生活を送ることが出来た。
二人は幸せだった。しかし、そんな日々も長くは続かなかった・・・
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