てとてと自分

煌羽 つぐめ

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てとてと自分

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 私の代わりはいない。生きている限り私は、この役を背負い続けるのか……と顔を覆った。
 ある日、神が言う。
「今日から、君の代わりにその役割を果たしてもらおうと思うのだが」
私は神の見る方を視界の中心に入れた。そこには戸惑う姿の、左手がいた。
 その日以降、利き手の役は左手が担うこととなった。左手は口では「ありえない、何故私が。こんなことあっていいのか」と愚痴や反抗心をこぼしていたが、実際は予想以上によく動いている。まだまだ繊細な作業や危険を伴うことは任せられないが、少なくともフリック入力と、箸やスプーンを使う食事などは、もうすっかり利き手のレベルだ。このまま様々な労働が自分の負担ではなくなると感じた私は、ホッと胸をなでてみた。すると、安堵が広がっているとばかり思っていた胸は、不思議なことに少しざわついていた。

 私の代わりはいない……そう信じていたから大変でもやり切れた。それが、実は私の役など特に私だけに任せられるものではないと告げられた。
 もう、私の存在価値なんてない。あんなに望んでいた解放が、私の核に虚しさを注いで暗く微笑する。
「消えたい」
気づけばそう私は呟いた。すると不意に左手の声がした。
「どうか助けてくれ」
左手の方へ目をやると、マッチの先端を何度もこする姿が映った。あれはゆっくりな動作だと火がつかないから確かに、左手では厳しいだろう。左手が言う。
「頼む。この作業は君が代わりに……いや、これは君の仕事だな」
いかにも粋な計らいをしたというような目で、左手は私にバトンパス、否、マッチパスをしてきた。もう動かすのも嫌だと思っていた私の手が、感情を露呈するように活き活きとマッチを握る。そして勢い良く点火した。
 マッチの火は、その細小な形に似合わず強く大きく燃えた。私の涙が少しかかっても障りない迫力で、炎を維持し続けている。

 私の代わりはいない、それを神と左手が教えてくれたのだった。
 マッチの仕事が終わった後、左手は私に手を差しのべてきた。
「これからも、君にしかできないことを担ってくれ」
私も手を差し出す。
 二人の手は温かく、ぎゅっと握られた。神は優しく微笑んだ。
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