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呼吸を合わせる練習
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その後、笙悧は、店の中、ビーチボールで、サッカーのパス練習をさせられた。
宇宙は、履き古したスニーカーの、左足の内側で蹴って、オーロラ色のビーチボールを、きらきら、床に転がす。
それを、笙悧は、スエードの茶色の靴の爪先で蹴る。
宇宙に向かって、真っすぐ前へ蹴っているのに、なぜかビーチボールは、斜めに転がって行く。
宇宙は、長い足を、すっと伸ばして、右足の内側で受け止める。ビーチボールは、宇宙の足に吸い付くように、ぴたりと止まる。
ちゃんと、パスが通ってるじゃないかと、笙悧は思ってしまう。
宇宙は、また右足のインサイドキックで、笙悧が蹴った斜めの方向と全く同じラインで、ビーチボールを、きらきら、転がす。
嫌みかよ。
そう思いながら笙悧は、靴の爪先で、ビーチボールを蹴り返す。そしたら、ふわっとボールは上がってしまった。
「あはは」
宇宙は笑って、上がってしまったビーチボールを、上げた左足の上に、ぴたっと乗せて、受け止めた。そのまま、ふわっと蹴り上げて、ヘディングで、笙悧の足に向かって、ボールを落とす。
「わっ」
笙悧は声を上げただけで、足に当たったビーチボールは跳ね返り、勝手に真っすぐ、宇宙へ戻って行く。
宇宙は、ビーチボールを止めずに、右足の爪先で蹴り返す。
わざと笙悧は、立ったままでいた。思った通り、笙悧の足に当たったビーチボールは跳ね返り、勝手に真っすぐ、宇宙へ戻って行く。
「ちゃんと蹴ってよ~」
宇宙は言って、軽く左足のインサイドキックで、きらきら、ビーチボールを床に転がす。
笙悧は、爪先で蹴り返す。今度は、真っすぐ宇宙へ、パスできた。
それだけのことで、笙悧は、ふわっと、うれしくなってしまった。
「ナイスパス」
宇宙は声をかけて、笙悧がうれしくなっている暇も与えず、右足で蹴り返して来る。
また笙悧の足に当たって、跳ね返り、ビーチボールは、勝手に真っすぐ、宇宙へ戻って行った……
「ちゃんと蹴ってってば~」
宇宙は笑って、跳ね返って来たビーチボールを、左足を大きく振って蹴り返す。
「わっ」
思わず笙悧は体をすくめた。
ところが、ビーチボールは、きら、きら、きら、ゆっくりと、床を転がり、笙悧の足元に当たって、止まった。
まるで魔法みたいだった。
あんなに強く、宇宙は、ビーチボールを蹴ったのに。
「笙悧、パス、パス」
宇宙は、その場で走る足踏みをして、両手を上げて、パスを要求する。
笙悧は、ビーチボールを蹴る。
足がコツを覚えたのか、ビーチボールは、真っすぐに宇宙へ転がって行く。
「ナイスパス」
宇宙は言って、転がって来たビーチボールを、ぽうんと、小さく蹴り上げた。
ビーチボールはスキップするみたく、ぽん、ぽん、ぽん、と跳ねて、笙悧の足元に寄って来る。
本当に宇宙は、サッカーが大好きなんだな…
でも、笙悧は言葉にして言うことは、できなかった。
ビーチボールを蹴り返す。少し斜めに行ってしまった。
その言葉は、宇宙を傷付けてしまうような気がした。
宇宙は右足を伸ばして受け止めたビーチボールを、軽く蹴り出して、左足で蹴る。
笙悧は蹴り返す。真っすぐに行った。やっぱり、うれしくなってしまう。
「部活は、やっぱりレモンのハチミツ漬けよね!!」
希更が、タッパーを持って、割り込んでくれなかったら、延々、パス練習をさせられていた――
レモンのハチミツ漬けを食べた後、パス練をさせられないように、笙悧は、アップライトピアノの前の長椅子に座った。
宇宙はビーチボールを抱えて、隣の椅子に座る。
「今日は、このくらいにしたら?あんまし歌いすぎても、よくないでしょ」
希更に言われて、笙悧は、はっとした。
「ごめん…」
謝る笙悧に、宇宙は首を横に振って言った。
「ううん。楽しかった」
「それって、パス練が、だろ?」
笙悧は言ってしまった。
「どっちもだよ」
宇宙が、にこにこ、笑顔で言った。
お互いスマホを出して、LINEを登録して、明日の約束をして、笙悧は、ぽぽんたを出た。
買い物をするのを、すっかり忘れたことに、笙悧が気付いたのは、家に着いて、自分の部屋で、リュックを下ろした時だった。
レジ袋をもらわないので、買った物は、リュックに入れるのが普通だから、リビングルームを通った時、
「ただいま」
「おかえりなさい」
母親と、あいさつをしたけれど、何も言われなかった。
笙悧は、学習机の椅子に座り、壁のカレンダーを眺める。
明日の木曜日は、料理教室を口実にできる。
再来週の水曜日から、大学が始まれば、帰りに寄って、練習できる。
再来週は発情期が来る。でも、お兄ちゃんに助けてもらって、大学が始まるまでには、どうにかできる。
問題は、明後日の金曜日。土日は――さすがに、家を出るのは、難しいか…
来週の月曜日。火曜日。水曜日。木曜日は、料理教室を口実にできる。金曜日。土日。
再来週の月曜日は――発情している。土日くらいから、おかしくなっているかもしれない。
βは、Ωのフェロモンを、αほど強くは感じない。αのように、Ωの発情を掻き立てるフェロモンを発することもない。
でも、だからって、ケーキの甘い、いい匂いや、唐揚げの匂いをさせてるって。
笙悧は、宇宙の匂いを思い出して、笑ってしまう。
笑ってる場合じゃない。
何も言わずに家を出ようとしても、母親が心配して、必ず行き先を聞いて来るので、答えないわけにはいかなかった。
ピアノの練習に行く。――本当のことは、決して言えなかった。
宇宙は、履き古したスニーカーの、左足の内側で蹴って、オーロラ色のビーチボールを、きらきら、床に転がす。
それを、笙悧は、スエードの茶色の靴の爪先で蹴る。
宇宙に向かって、真っすぐ前へ蹴っているのに、なぜかビーチボールは、斜めに転がって行く。
宇宙は、長い足を、すっと伸ばして、右足の内側で受け止める。ビーチボールは、宇宙の足に吸い付くように、ぴたりと止まる。
ちゃんと、パスが通ってるじゃないかと、笙悧は思ってしまう。
宇宙は、また右足のインサイドキックで、笙悧が蹴った斜めの方向と全く同じラインで、ビーチボールを、きらきら、転がす。
嫌みかよ。
そう思いながら笙悧は、靴の爪先で、ビーチボールを蹴り返す。そしたら、ふわっとボールは上がってしまった。
「あはは」
宇宙は笑って、上がってしまったビーチボールを、上げた左足の上に、ぴたっと乗せて、受け止めた。そのまま、ふわっと蹴り上げて、ヘディングで、笙悧の足に向かって、ボールを落とす。
「わっ」
笙悧は声を上げただけで、足に当たったビーチボールは跳ね返り、勝手に真っすぐ、宇宙へ戻って行く。
宇宙は、ビーチボールを止めずに、右足の爪先で蹴り返す。
わざと笙悧は、立ったままでいた。思った通り、笙悧の足に当たったビーチボールは跳ね返り、勝手に真っすぐ、宇宙へ戻って行く。
「ちゃんと蹴ってよ~」
宇宙は言って、軽く左足のインサイドキックで、きらきら、ビーチボールを床に転がす。
笙悧は、爪先で蹴り返す。今度は、真っすぐ宇宙へ、パスできた。
それだけのことで、笙悧は、ふわっと、うれしくなってしまった。
「ナイスパス」
宇宙は声をかけて、笙悧がうれしくなっている暇も与えず、右足で蹴り返して来る。
また笙悧の足に当たって、跳ね返り、ビーチボールは、勝手に真っすぐ、宇宙へ戻って行った……
「ちゃんと蹴ってってば~」
宇宙は笑って、跳ね返って来たビーチボールを、左足を大きく振って蹴り返す。
「わっ」
思わず笙悧は体をすくめた。
ところが、ビーチボールは、きら、きら、きら、ゆっくりと、床を転がり、笙悧の足元に当たって、止まった。
まるで魔法みたいだった。
あんなに強く、宇宙は、ビーチボールを蹴ったのに。
「笙悧、パス、パス」
宇宙は、その場で走る足踏みをして、両手を上げて、パスを要求する。
笙悧は、ビーチボールを蹴る。
足がコツを覚えたのか、ビーチボールは、真っすぐに宇宙へ転がって行く。
「ナイスパス」
宇宙は言って、転がって来たビーチボールを、ぽうんと、小さく蹴り上げた。
ビーチボールはスキップするみたく、ぽん、ぽん、ぽん、と跳ねて、笙悧の足元に寄って来る。
本当に宇宙は、サッカーが大好きなんだな…
でも、笙悧は言葉にして言うことは、できなかった。
ビーチボールを蹴り返す。少し斜めに行ってしまった。
その言葉は、宇宙を傷付けてしまうような気がした。
宇宙は右足を伸ばして受け止めたビーチボールを、軽く蹴り出して、左足で蹴る。
笙悧は蹴り返す。真っすぐに行った。やっぱり、うれしくなってしまう。
「部活は、やっぱりレモンのハチミツ漬けよね!!」
希更が、タッパーを持って、割り込んでくれなかったら、延々、パス練習をさせられていた――
レモンのハチミツ漬けを食べた後、パス練をさせられないように、笙悧は、アップライトピアノの前の長椅子に座った。
宇宙はビーチボールを抱えて、隣の椅子に座る。
「今日は、このくらいにしたら?あんまし歌いすぎても、よくないでしょ」
希更に言われて、笙悧は、はっとした。
「ごめん…」
謝る笙悧に、宇宙は首を横に振って言った。
「ううん。楽しかった」
「それって、パス練が、だろ?」
笙悧は言ってしまった。
「どっちもだよ」
宇宙が、にこにこ、笑顔で言った。
お互いスマホを出して、LINEを登録して、明日の約束をして、笙悧は、ぽぽんたを出た。
買い物をするのを、すっかり忘れたことに、笙悧が気付いたのは、家に着いて、自分の部屋で、リュックを下ろした時だった。
レジ袋をもらわないので、買った物は、リュックに入れるのが普通だから、リビングルームを通った時、
「ただいま」
「おかえりなさい」
母親と、あいさつをしたけれど、何も言われなかった。
笙悧は、学習机の椅子に座り、壁のカレンダーを眺める。
明日の木曜日は、料理教室を口実にできる。
再来週の水曜日から、大学が始まれば、帰りに寄って、練習できる。
再来週は発情期が来る。でも、お兄ちゃんに助けてもらって、大学が始まるまでには、どうにかできる。
問題は、明後日の金曜日。土日は――さすがに、家を出るのは、難しいか…
来週の月曜日。火曜日。水曜日。木曜日は、料理教室を口実にできる。金曜日。土日。
再来週の月曜日は――発情している。土日くらいから、おかしくなっているかもしれない。
βは、Ωのフェロモンを、αほど強くは感じない。αのように、Ωの発情を掻き立てるフェロモンを発することもない。
でも、だからって、ケーキの甘い、いい匂いや、唐揚げの匂いをさせてるって。
笙悧は、宇宙の匂いを思い出して、笑ってしまう。
笑ってる場合じゃない。
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