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しおりを挟むマリオに助けられながら、撮影は順調に進んでいく──
「気負わなくていい。カメラマンはプロだ。向こうが君のいい表情を見つけて撮っていくから」
身体が近づく度にそう助言される。
「じゃあ、あたしは何をしたらいいの?」
「何をって?」
逆に尋ねられて頷き返したあたしにマリオはふと真顔になった。
真っ直ぐに見つめ、腰に回ったマリオの腕が急にあたしの身体を抱き寄せる。
眩く射す夕陽の射光。二人のシルエットが絵画のように浮かび上がるとマリオはさらに顔を近付けた。
「僕のことを愛しいと思えばいい……」
「──……」
マリオが口にした言葉と表情に違う緊張が走った。
「わかった?」
「は…い…」
もう、そう返すしかなかったあたしの耳に撮影終了の声が聞こえてくる。
真顔で言われた台詞にすごくドキドキしてしまった……。
結婚式の撮影だからマリオが口にしたことの意味はわかってはいるんだけど。
「だけど…あんな顔で言うのはやめて欲しい…っ…」
背を向けてブツブツ呟くあたしの肩をマリオが叩く。
「お疲れ様。いい映像が撮れたみたいだよ」
振り返るとカメラマンが腕で丸を作って笑顔を向けていた。
・
勢いに乗ってなんとかなったみたい。。。
今日の撮影はこれでお仕舞いになる。
スタッフから渡されたパーカーをドレスの上に羽織り、あたしは一息吐いた。
陽が沈み、空は瞬く間に暗くなっていく。
あたしは辺りを見回して夏希ちゃんの姿を探した。
さっきまで座っていた場所にはもう居ない。控室に戻る前に声でも掛けようと思ってたのに。そう思いながら何かが胸の奥に引っ掛かっていた。
普段の夏希ちゃんなら終わるまで待っていてくれて、真っ先に駆け寄って来てる“はず”
それも撮影が終わったと同時に──
そう思い込んで疑わない自分と胸騒ぎを見過ごそうとする自分がいた。
無言で佇む肩を誰かに叩かれる。
「戻って着替えないと…それともドレスが気に入った?」
覗き込むように腰を屈めたマリオが聞いてくる。
暖かい上着を着ていれど、冷たい風で頬が突っ張る。マリオに付き添われるように館内に戻るとあたしは控室に足を向けた。
・
「お疲れ様」
「あ……」
控室に入ると先に帰り支度を済ませた舞花がいた。
挨拶を先にされ、つい戸惑いの声が漏れてしまう。
同じ控室でうげっと思ってはいたけれど、撮影入りの時間がずれていたお陰でさっきは顔を会わせずに済んだのに。
横を向いてチッと舌を打ち、小さく挨拶を返してドレッサーの前に座ると舞花は鏡越しにちらりと目線を向けてくる。
「どうだった?……マリオとの撮影は……」
腕を組んで何故か勝ち誇った顔でそう聞いてきた。
「…何とかこなせたかなって感じです」
仕事としてこの場に居るなら相手は一応事務所の先輩になる訳で。
ムッとした気持ちを抑え、鏡越しの視線を無視してメイクを落としに掛かった。
「…よかったじゃん」
薄い笑いを浮かべたその顔付きを見て、あたしの口調にも剣がでた。
「よかったって何が?」
「マリオが上手くリードしてくれて。」
「………」
「下手な素人でもそれなりに撮ってもらえたみたいだし……」
「………」
「でも、やっぱあまり見れたものじゃないからこれっきりにしたほうがいいと思うけど…」
「──……」
なんだろうか……
業界特有の新人イビリってやつ?
両目の付け睫を外されて、ふとメイクさんと目が合った。
・
“落ち着いて”
動きを止めて、しきりに目配せを送るメイクさんの仕草はそう言っている。
うん、わかってる。
落ち着いてるつもりではいる。
素人であるあたしに仕事を獲られた上に、今回のモデルだってマリオがあたしを指名したその“おこぼれ”みたいなものだ──
悔しくて仕方ない気持ちはわからなくもない。
今日の撮影だってあたしとマリオの撮りがほとんどだったわけだし…。
「……そうですよね? あたしも素人だし、そう“毎回”この仕事に呼ばれても本業の方があるし……」
「……っ…」
「次にまた依頼が来たら、先輩にお譲りします。先輩お暇、ありそうだから」
ニッコリ笑って余裕でそう返した途端だった──
椅子から立ち上がった舞花からいきなり平手打ちを食らった。
驚きと痛みは一瞬で消え失せる。
怒りが沸き上がると同時にあたしの手のひらも舞花の頬を思いきり弾いていた。
メイクさんが傍らでおろおろしながら何か叫んでる。その声を聞いて外で待っていたであろう、楠木さんと夏希ちゃんが控室に飛び込んできた。
「ちょっ…二人とも何してっ…」
掴み合った体を男二人に力づくで引き剥がされる。
興奮したまま肩で息を切りながら、仕返しし足りないあたしの口から溢れた毒はもう止まらなかった──。
・
「そんなに仕事が欲しいなら脱ぎまくって獲ればいいじゃない!? ほら、よく売れないアイドルとかが最後にやる手段でヘアヌードとかっ! 一回脱いだんだから何やっても平気でしょ!?」
「……っ…」
舞花は真っ赤な顔で目を見開いた。徐々に歪んでいく舞花の表情が、激しくプライドを傷付けたことを知らせる。
それでもまだ言い足りない──
口を開きかけたそんなあたしの腕を夏希ちゃんは強く掴んでいた。
「晶さんっ言い過ぎだってっ…」
「だからなにっ!?──」
夏希ちゃんに掴まれた腕を振り払って思いきり叫ぶ。
「先に言われたのはこっちだからっ…言い返されて泣きそうなら言わなきゃいいだけでしょっ!? いい加減にして欲し──っ…」
口から溢れ出す毒を吐ききる前に、あたしの頭から静かに水が滴り落ちていた……
目を見開いて上を見れば、その視界に紙コップを逆さにした夏希ちゃんが映り込む。
「…っ…」
頭がヒヤリとしてくる。
あたしの飲み残しだったミネラルウォーター。よく見れば、ドレッサーのテーブルに置いていた筈のそれは夏希ちゃんの手に握られていた──
「な、に…これ…」
茫然とするあたしに真顔を向ける。少し怒った表情で夏希ちゃんはポツリと言った。
「いい加減にするのは晶さんの方だから……」
「………」
見たこともない厳しい表情が前にある。その顔で口にした声は頭を濡らした水よりも、なんだかとても冷たかった──
「…少し頭冷やしなよ」
「──……」
夏希ちゃんは驚いたままのあたしに背を向けポツリと呟くと、今にも泣きそうな舞花に声を掛けていた……
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