ラブプレイ~Hな二人の純愛ライフ~

中村 心響

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「舞花も──…二人とも…撮影始まったばかりで顔に傷でもできたら周りに迷惑かかるだろ?」

夏希ちゃんは静かにそう口にする。そんな夏希ちゃんの言葉に舞花は目尻を拭いながらも小さな声で謝っていた。

二人を見つめ、あたしは今だ目を見開いたままだ──

あたしに背を向けた夏希ちゃんは涙を拭く舞花にタオルを差し出している。

そんな夏希ちゃんに対して色んな疑念が次から次に湧いてくる。

「……──」


ねえどうして……

…夏希ちゃん……

濡れたのはあたしのほうだよ…


「……っ…」

二人を茫然と見つめていた顔が急に歪む。

あたしはそれを唇を結んで我慢した。


何に置いても夏希ちゃんにとってはあたしが一番だったはずで

あたしから離れたら死んじゃうくらいあたしが一番だったはずで──


その夏希ちゃんがあたしに背を向けたまま舞花だけを気に掛けている。

舞花の肩に手を置いて、舞花の様子を窺うように覗き込む。

そんな夏希ちゃんはやっとあたしの方を振り向いた──


「晶さん……少しは冷めた?」

「………」

「晶さん?」

「……っ…」

「あき…」

「さめた──…」

そう口にしたあたしに夏希ちゃんは少しホッとした表情を覗かせた。

「…よかった。じゃあ皆に謝っ…」

「覚めたっ…」

「──……」

強い口調に今度は夏希ちゃんが目を見開いていた。
驚いた表情になんだかあたしの方が笑っちゃいそう。

「はは、何かもうすっかり覚めちゃった」

「………」

「ありがとう夏希ちゃん。今のですっきり目が覚めたから──」

空々しくそう口にすると、皮肉に歪んだあたしの顔を見つめ、夏希ちゃんは安堵の笑みだった表情を少し固めた。



「え……」

「…もう…いいや…」

「ちょ…何言ってんの…」

理由もなく軽く笑いながら俺の顔が勝手に牽きつっていく──

急な不安が押し寄せて、妙に力の入っていた晶さんの肩をなだめようと思って腕を伸ばしたら、今度はその手を思いきり払われた。


「あき……っ…!?──」


あまりにも強い力に遮られ、唖然として見つめ返す。

目の前に立つそんな晶さんの前髪からは、小ぶりながらも通った鼻筋に水滴が滴り落ちていった──


睨むような表情。

晶さんの強張った頬。

そして濡れた姿を前にして、少しずつ自分のした行いに冷や汗が湧いてくる。

紙コップの水は大した量ではなかった筈だ──

それを証拠にびしょ濡れって言うほどでもなくて、少量の水は髪の表面を弾かれるように流れ落ちた。

ただ──

地肌に流れたであろう雫が晶さんのこめかみを伝い、真っ直ぐに睨み返してくる晶さんの頬を今頃濡らしていく。

「あ……っ…」

ヤバいっ…

そう思ってめげずにまた手を伸ばして声を掛けた俺に晶さんは背を向けた。

「もういい。着いて来ないで…」

「……っ…」

冷たく閉まったドアの音に身動きが出来ない。

伸ばした手の行き場がなくてそのまま空を摘む仕草を指先が何度か繰り返す。

「ヤバ…っ…」

「かもな……」

その場に一気にしゃがみ込んで頭を抱えた俺の頭上に、ため息を混じえた楠木さんの言葉が岩石の様にずっしりと重くのし掛かった……。



「うわ…っ…マジでヤバいかもっ…」

青ざめて何度も呟く俺に楠木さんは呆れた声で返す。

「なんで水なんか……」

「なんでって言われても…っ…」


そう。なんで水なんか掛けたのか──

俺なりに冷静な判断をしたつもりだった。

止まらない晶さんの勢いを抑えるには“少し驚かせる”方法を──

それが「頭から水を掛ける」ってやり方になってしまったわけで……

しゃがんだ腰を上げられず、頭を抱えたままの俺を見下ろして楠木さんは大きなため息吐く。

「……とにかく、お前には舞花を頼む」

え?──

「まだ晶さんはドレスを着たままだから着替えはしてもらわないと──…車で替えてもらってそのまま送るから…」

「なる……」

流石はマネージャー。

如何なる時でも的確な状況判断だ。

これをほんとの冷静と言うのだろう。

顔を上げた俺を見つめ、楠木さんはまたため息を溢す。

今後の撮影の先行きを危ぶんでなのか、楠木さんから送られてくるその視線には、明らかに俺へのささやかな恨みが込められている気がしてならない。

「晶さんは真っ直ぐ家に送るから……二人は取りあえずタクシーで事務所に戻るように」


そう指示されて、俺はただ頷くしかなかった……


車道を走る車。その中から目を横に向ければ、明るいショーウィンドウの景色が流れていく。

楠木さんに言われた通り、呼んでもらったタクシーに舞花と乗り込み事務所を目指す。

妙に近くに感じる舞花の存在を気にしながら、控え室で目にした晶さんの表情が頭から離れなかった──

「ねえ、聖夜……」

控え目な声で舞花が名前を呼ぶ。

「何?」

顔を向けず、返事だけを返した。寄り添うようにピタリと密着してくる。目を見なくても甘えた視線をしっかり感じる。

その仕草は恋人である晶さんよりも舞花自身を庇った俺に、気を良くした雰囲気が大いに漂っていた。

控室での出来事が頭から離れない。晶さんに痛いところを突きまくられた舞花は確かに可哀想ではあった……。

でも舞花を庇いたいと思ってとった行動ではなかったわけで……

事務所の先輩として──

そして晶さんのイメージを悪くしないように──

長年身染み付いたビジネスライクな考えからついとった行動だった。

「あほかお前は…」

「……っ…しかたないじゃんっ」

事務所に着いて、顔を見せた早々、髭のじじいがそう口にしてくれた。


「仕方ないも何も、そんな問題はマネージャーの楠木の仕事だ」

「……っ…」

言い返す言葉がなくて、勢い余ったまま口が思いきり尖る。

舞花を先に帰した髭はムクれてソファに腰を沈めた俺に楠木さんと同様、深いため息を吐いていた。

「晶さん何か言ってきた?」

「ああ」

「…っ……な、んて」

答えたまま髭は意味あり気な顔を向ける。その表情に俺は恐る恐る聞き返した。

「仕事を降りると」

「……っ…」

やっぱり──…っ

「……言ったら怒るか? て伺いながら聞いてきた」

社長は晶さんの言葉を口にした後、眉尻を釣り上げながら一瞬焦った俺の様子を眺める。

そして大きなため息を吐くと煙草を手にして火を着けた。

「まあ、何があろうと仕事は仕事だからな……途中で辞めれば契約違反。莫大な違約金が発生する」

言いながらプカッと一服吹かし煙を吐ききる。

「……そう言ったら辞められんだろ?てな」

「……なるほど……じゃあ、晶さんはそれで納得したんだ」

「まあな」

答えながらも何か一言言いたげな様子が伺える。

「……とにかく、お前はひたすら謝るしかないな…」

「……っ…」

人が一番気にかけてることを…っ…

「たくっ…しかしなんで水なんか掛けたんだ?」

呆れ半分で楠木さんと全く同じ問い掛けだ。
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