ラブプレイ~Hな二人の純愛ライフ~

中村 心響

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この人となら

ずっと一緒にいられる──

そんな変な自信を持ちながら迎えた高槻からの一方的な別れ。あの経験はあたしの心の結構奥深くに根付いている。


自分の想いだけを押し付けて、途端に心変わりする。

男って自分勝手な生き物だ──


高槻一人のことで、男はそんなもんなんだと否定してきたあたしがやっと……

一歩前に踏み出せるようになったのに…

どうしよう…

夏希ちゃんのことが信じられなくなってる……


「まあた、溜め息か…頼むから店に不幸をばら蒔くなよ」

「………」

息が漏れないように小さく結んだ口を尖らせるあたしを仕方無さげに笑うと、マスターは「おっ…」と急に何かを思い出した。

「締め切り近いけど受講するか確認取ってくれだと」

マスターはレジの横に挟んでいた紙を取り出した。


「これ…って…」


珈琲豆の卸業者。田渕さんが以前に持ってきてくれた受講パンフレット。それにもう一枚、マイスターコースの申込書がプラスされている。

あたしは無意識にそれを手にしていた。


バリスタのライセンスか……


どうせなら…

どうせ受けるなら本格的に…っ…


思わず力んだ手が、マイスターコースのパンフレットの両端をくしゃっと崩す。
マスターはあたしの見ていた紙を覗いて一言だけ口にした。

「いいぞ…」

「え……」

「行きたいんだろ…」

「でも…」

「店は気にするな。お前の後輩もだいぶ仕事に慣れてきたからなんとかなる」

「………」

「結構貯まっただろ…金」

そう言って銭の形を指で型どり、ニヤリと笑ったマスターの顔は昔の闇金業者の頃の名残を思わせた。

「何事もタイミングだ。今がチャンスだと俺は思うけどな……」

「………」

「ま、叔父さんとこのバイトとスケジュールが合えばの話だがな……と、そろそろ夜の仕込みに入るかな」

マスターは新聞をたたむとエプロンを着けて厨房に入っていく。

そしてひょっこり顔を出した。

「叔父さんがダメだって言っても諦めるなよ。周りに気を使って夢が叶わなかったじゃ洒落にならん……たまには我を通せ」

「………」

妙な渇を入れてマスターは慣れないウインクをしてみせる。

ウインクっていうか、両目をしっかり閉じてる辺り、たんに新聞の読みすぎで目が疲れてる。。。

って風にしか見えない感じについ吹き出しちゃった……。


「ポトフ、余分に作ったから持って帰るか?」

奥に入ってまたひょっこりと顔を出したマスターは、手にした鍋の蓋を開けて中身を見せる。

「今日はいい…」

「………」

あたしに断られて八の字に下がった眉が、ちょっと寂しそう。普段なら遠慮なく貰って帰るけど……

今日は荷物があるから。


肩を落として寂しそうに厨房に戻ったマスターが、仕込みに入った音が聞こえてくる。

今だカウンターに頭を伏せていたあたしの耳には業務用冷蔵庫を開け閉めする音が聞こえていた。

外はまだ寒い。

普段より客足が穏やかな今日は、何時ものマスターの気紛れで、店じまいも何だか早そうだ。


今日は帰ったらゆっくり眠りたい──

このモヤモヤしたすっきりしない気持ちも全部忘れて大の字で思いっきり休みたい。


昨夜は抱き締めていながらも一定の距離感を保ったまま、夏希ちゃんはあたしの様子を伺っていた。


何時もなら甘えて機嫌を取りながら触れてくる夏希ちゃんは、昨日は一切身体をまさぐることはなく……

ただずっと、洗い立てのつむじに唇を押し当てていた。

夏希ちゃんはあたしが居なくなったらどうなるんだろう──

「………」

“死ぬよ…

俺、たぶん寂しくて死ぬ…”

ベッドで抱き合いながら交わしたそんな話を思い出した。

「死ぬ?……あり得ない」

思わず口に出て、馬鹿馬鹿しくて笑いが漏れた。

あんな調子じゃ案外あっさり舞花に乗り換えるかも…

そう……

高槻があたしと別れて直ぐに恋人を作ったように……

男なんて上辺でなんとでも口にする。

その場かぎりの言葉を平気で言うんだ……

「…っ……あーっ…やだやだ!なんか腐りそうっ…」

昔のトラウマを引きずってる自分が嫌になって、伸びと同時に大声で叫んだ。

「飲食店で“腐る”はやめてくれ」

「……ごめんなさい」

覗いて苦笑うマスターに詫びると入り口のドアの鐘がカランと鳴った──



訪れた客を確認して思う……。


ほんっと、人の気持ちが荒れてるタイミングを狙ったようにして現れるヤツだコイツは……

「何しに来た」

「……コーヒー飲みに決まってるだろ? 客に向かって失礼な店員だな」

初っぱなから喧嘩ごしで迎えたあたしを鼻で笑いながら反論する。

高槻はカウンターにどかっと腰を下ろし、マスターに声を掛けた。

「マスター! ブレンドといつものやつ」

「…はいよ、量はどうする?」

「大盛り!」

了解したマスターが厨房で仕事に取り掛かる。
あたしは二人のやり取りを交互に見届けて疑問顔で返した。

「なになに? その、いつものやつって何? てか、いつの間にそんな常連気取り?」

「うるさいな、お前がサボってる間にだよっ」

「サボっ…」

…っ…確かに、ここ最近サブのバイトの方に出ずっぱりだった……

「サボってるって言ったってここ一週間ちょいのことじゃん」

「はは、おい晶。高(たか)ちゃんは晶が居ない間にほぼ毎日通ってるよ」

「“高ちゃん!?”」

マスターが米粒のついたオタマを手にして顔を出した。妙に親しげな二人の様子にあたしは思わず声を大にした。奥では炒め物の音がジュージュー言っている。

「肉も大盛りね」

「はいよ」

ついて行けないあたしをそっちのけで高槻はマスターに注文をつける。
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