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しおりを挟む“いつものやつ”って常連ぶったわりには、まだ好みが定着していないようだ。
「なるほど……やっぱまだ一週間ちょいのぺーぺーじゃん…」
「なんだと!? 一週間ちょいでも三年に一度でも客は客だ!…ねえマスター、バイトの口が悪いですよー!」
「ははは、俺もそう思う」
マスターが炒め物の音に負けじと大声で答えた。
やって来た元彼を客として一切扱わない。そんなあたしを高槻は何気に楽しんでいるようだ。
「てか毎日ってなに?」
カウンターに身をのり出してずずいと詰め寄る。
「もうこっちに住み始めたんだよ!…てか、オシボリと水を早く出せ」
完全に客として接客しないあたしに高槻は催促してくる。
高槻はやっと出されたオシボリで手を拭くと、ふと、あたしを見上げた。
「鍵は?」
「は?」
「鍵! 俺の鍵!この間渡しただろ?」
「ああこれ?」
渡したっていうか、意図的に置いていったやつだ。
あたしはそれを店の引き出しから取り出して高槻に見せた。
「なんでそこから出すんだ……」
「だって“店の客の、忘れ物”だから」
「………」
言葉を強調するあたしに高槻は白い視線を向ける。
高槻ははあ、と強いため息を吐いてオシボリをカウンターに静かに置いた。
・
「大事な物なんだからちゃんと持ってろよ……」
「……」
不意に真面目な顔になる。
高槻はボソッと呟くとあたしの背後に向かって笑顔を作る。
「おまち!」
マスターが大皿を持って顔を出していた。
彩り豊かな野菜炒め。独り暮らしを始めた男には嬉しい一品だと思う。
でもこれはうちのメニューにはない料理。
「やり、デカイ芯入ってる」
キャベツの大きな芯を見つけ、高槻は喜ぶ。
そう。これは切れ端の食材を使った、うちの賄いメニュー。
皿が大き過ぎて定食用のトレイにはご飯茶碗が乗りきらなかったらしい。
マスターはよそったご飯と味噌汁を後から高槻の前に差し出した。
懐石料理の様に時間差で出てくる物に高槻は勢いよく手を出していく。
相変わらず男らしい食いっぷりだと思う。
「ニラも入ってるけどいいだろ」
「大丈夫、構わない構わない。誰とキスするわけでもないし」
野菜炒めにがっつき始めた高槻がマスターにそう返す。
「キスしたきゃ同じもん食わせりゃいいだけだし。ほら食え!」
「なんであたしがっ…」
箸に掴んだ野菜炒めを突きだしてきた高槻をマスターも笑っていた。
・
徐々に混んできた店でお客の注文を承けて回る。調理で忙しくなったマスターは厨房に引きこもり、食事を済ませた高槻は珈琲を飲み干すと直ぐに腰を上げた。
「じゃ、ご馳走さん!また来ます」
マスターにも聞こえる声で、高槻はそう挨拶する。
レジを済ませたママは御丁寧にも高槻を玄関まで送る。
「ありがとう御座いました」
テーブルを拭く手を止めて他人行儀にお礼を言うあたしを、高槻は帰りがけにちらりと振り向いた。
すごく何か言いたそう。
そんな表情を見ないふりしてあたしは仕事に集中した。
高槻は諦めて店を出る。
その後ろ姿が大きな窓ガラス越しに見え、高槻は店の前に停めていた車に乗って立ち去った。
「あら? やだ忘れ物?」
カウンターに戻ったママがそう口にした。
あたしが店で預かっていた高槻のマンションの合鍵だ。
「必要なら直ぐに取りに戻るだろうから預かってればいいと思う……」
「それもそうね」
あたしの言葉にママは頷く。そして高槻の合鍵はまた、元の忘れ物専用の引き出しに仕舞われた。。。
高槻が帰った後も和らぎは平常通り、安定した忙しさだった。
「じゃあ、お先に失礼します」
閉店を迎え、生ゴミを手にして大きなバッグを肩に掛けてマスターに挨拶する。
その姿にマスターはふと動きを止めていた。
・
マスターの視線が肩にしたバッグに突き刺さる。
それを遮るようにあたしは裏口のドアを閉めていた…。
生ゴミをダストボックスに容れて自転車に乗る。
そしてあたしは久し振りに通る道を暫く走った。
辺りはすっかりと暗くなっている。
静かな住宅街を左折すると、後ろを横切った車が不自然にバックしていた。
怪しい動きに加え明る過ぎるヘッドライトが不気味さを煽る。
自転車を止めて振り返ると車は直ぐ近くに来て停車した。
「………さっそく破局か?」
「………うるさい」
間近で運転席から顔を覗かせた高槻の視線が、自転車のカゴに向けられる。
叔父の建兄のマンションに向かうあたしの姿は、どうみても夏希ちゃんとの間に何かがあったと証明しているようなものだ。
何も否定しないあたしを運転席から見上げ、高槻は呟いた。
「図星だな……」
「なんの真似? ストーカー?」
あたしの言葉に高槻は肩を竦めた。
「小さなカゴに大きなバッグ乗せて走る家なき子を見捨てられぬ神の真似」
車から降りながら高槻は長い皮肉を坦々と口にしてトランクを開ける。
「あ、ちょっと何するの?」
自転車のカゴからバッグを取り上げると高槻はそれをトランクに放り込んでいた。
慌てて自転車から降りると今度はその自転車を軽く担ぎ上げる。
・
「ちょっ…」
「危ないからどいてろ」
まとわりつくあたしを邪険にして高槻は自転車をトランクに積み込んだ。
「何するのっ」
「見かねた神が家なき子を送ってやるんだよっ」
「何それっ? てかべつに家なき子じゃないからっ…」
反論したあたしを高槻は振り返る。
「どうせ行き先は叔父さんの所だろ?」
「………」
「結局は居候だろ?」
「……っ…」
高槻の返しにあたしはうぐっと言葉が詰まっていた。
「でも家はあるから別に家なき子じゃないしっ…」
「はいはい、わかったから」
自転車がかさ張り閉まり切らないトランクを軽く閉じながら、高槻はあしらうように返事をする。
「とにかく乗れ。送るから」
「…っ……ちょ、…」
二の腕をしっかり掴むと高槻は引き摺るようにあたしを助手席に押し込んだ。
相変わらず強引だ。
これじゃ誘拐と変わらない。
「シートベルトしろよ?」
当然のように言われて無言でシートベルトを回した。
これでもう誘拐ではなく同意の上ってやつになるのだろうか。
高槻は大人しく助手席に収まったあたしを確認すると、くすりと笑ってハンドルに手を掛けた。
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