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しおりを挟む「……別に大した用はないよ……」
俺は答えて唇を強く噛んだ。
晶さんの問い掛けは、用がないならどうして連絡寄越したのか──…そんな追及が大いに含まれているのを感じるわけで。
今、この無言の合間にも晶さんの冷たい感情が垣間見えてくる。
「……っ…迷惑だった?」
「………」
聞いた言葉に晶さんは何も返さない。
晶さんの態度に嫌な予感がする。その度に、言い知れぬ怖さが湧いてそれが耐えられない。
「…っ…だって晶さん、行ってくるって声掛けても一言もなかったしっ…」
口にした言葉が震えて悔しさが溢れた。
まるで子供の言い分だ。
電話の向こうからは晶さんの小さな溜め息が聞こえてくる。
「夏希ちゃん……」
「……うん…」
「……仕事…頑張って」
「………」
取って付けたような言葉に思えた。なんだか酷く空々しい。
ほんとに頑張って欲しいようには聞こえない。
そう卑屈に受け取る俺に、晶さんは決定打を打ち込んだ。
「帰って来たら……話すから……」
「な──……」
聞き返そうとした俺の耳に、通話の切れた音だけが静かに響く。
しゃがみ込んで頭を抱えると
「…もう…なんで…っ…」
そんなやりようのない言葉が漏れて頭の中で延々と渦を巻いていた──。
・
部屋が──異様なくらい、静かに感じる……。
切った電話を見つめると、何かを言い掛けた夏希ちゃんの声が耳の奥で途切れたまま、今もしっかり残ってる。
“な──…”
「な……か…」
この後にどんな言葉が続いたんだろ……
“なにそれ!?”とか
“何が言いたいの!?”とか……
たぶんそんな言葉なんだろうと思う……。
久し振りに戻ってきた建兄の広いマンション。
家政婦さんでも雇っているのか、意外にもホコリは見当たらない。
あたしはソファで両膝を抱えた。
一人で居るにはやっぱりこの家は広すぎる……
「広すぎるよ……っ…」
何だか急に声が上擦った。
うっとうしくなるくらい付きまとってきた夏希ちゃんが今は傍に居ない。
だから余計に広くて寒々としてみえる。
夏希ちゃんと知り合う前はこの広さもそんなに気にはならなかったのに。
まるで、すっぽりと身をくるんでいたブランケットをいきなり引き剥がされたような感じがする。
夏希ちゃんはそれだけあたしにとって温かくて、柔らかくて、心地のいいワンコだったんだ……
そう想いながら疲れた溜め息が漏れていた。
安心感で包まれていた筈だった……
何を言っても甘えて機嫌とって近付いてくる夏希ちゃんだったから。
それを確信したから疑うことを止めたばかりだったのに……
・
本業でもない仕事を頼まれて、引き受けたら妬まれて絡まれた……。
何もかも、先に嫌味を言ってきたあの女が悪いっ…て……思いっきりあの場で言ってやればよかった。。。
今さらながら、怒りが沸々と沸いてくる。
そして、あの時の悔しさが溢れた。
唇を結んであたしは堪える。
当然の事を言ったつもりだった。
北海道でのマリオとの仕事だって、舞花がしっかりこなしてくれていればあたしは夏希ちゃんと楽しく九州で旅行してたはずなのに。
本当なら妬まれる処か御礼を言われてもいい立場のはずで。
なのに──
夏希ちゃんがあたしにしたことは、たんなる仕打ちとしか思えない……
あの時どれだけ悔しかったか──
どれだけショックだったか──
そして、夏希ちゃんに庇われたあの時の舞花の表情も……
頭に焼き付いたままだ。
あたしは短く鼻を啜って膝に埋めていた顔を上げた。
「………うん。やっぱり決めた……」
真っ赤になった目で真っ直ぐに前を向く。
電源オフの暗いテレビ画面には、部屋の明かりに照らされたあたしが微かに映っている。
夏希ちゃんの勢いに流されるまま、夏希ちゃんを好きになっていた気がする──
あたしは今からそれを止めようと思う。
ねえ…夏希ちゃん。
選ぶのはあたしだから──
それで、いいよね。
大型テレビの液晶画面を見つめ、あたしは冷めた視線を送り続ける。
夢見る時間は終わりでいい──
夢なんて見るとろくなことにしかならないって、やっと…思い知ったから……。
・
──────
「いらっしゃ……」
一番忙しいランチ時。お客が去った後のテーブルを拭きながら、入り口のドアを開けた来店客に顔を上げた。
「なんでそこで止める?最後まで言えよ……」
客を確認した途端に言葉を止める。
そんなあたしに高槻は早速、不満を口にした。
「何その如何にも社会人です。みたいな格好……」
あたしの質問に高槻は思わず鼻で笑って返す。
「如何にも社会人だろ?お前、頭可笑しいな」
まるで語尾に“(笑)”って付きそうな口振りだ。
「大学四年ていったら世間は就活!俺は有り難いことに就職先が決まってる。今日は会社の社長の所に挨拶に行った帰り」
「ああ…それでスーツなんだ……」
初めて見た。高槻のスーツ姿。。。
成人式はウケ狙いで確か袴だった筈だ。学級委員の丸山経由で手に入れた写メを多恵ちゃんに見せられた記憶がある。
大柄で黒い袴。大学の仲間と同じスタイルで揃えて真ん中を陣取る高槻はまるで新撰組。
隊長の近藤 勇 その物だ、って多恵ちゃんと大いに笑った……。
大いに笑って……
そして泣けてきたんだっけ。
悪ふざけする高槻を見て、やっぱり好きなんだって自覚して、すごく切なくなって泣けたんだ……。
「なに?……もしかして惚れ直した?」
「…っ…ぶあっかじゃない?!」
無言で見つめ過ぎたかも知れない。
自惚れた高槻の一言で、昔のセンチメンタルな記憶から一気に引き戻されたあたしは高槻に思いっきり呆れながら罵声を浴びせた。
・
高槻は身を引いて驚きながらもクスッと笑う。
カウンターまで来ると昨日腰掛けた席に座ってメニューを開いた。
「なに?“いつものやつ”って頼まないの?」
おしぼりを出しながらちょっと嫌みを含んで言ってみる。
「ランチタイムなら店のセットメニュー頼んだ方が早いだろ?」
鼻唄を歌いながらメニューを眺めると
「よし決めた!Aセットのカツカレー。アイスコーヒーは先にくれ」
「はいよ。マスター、Aランチ一つお願いします!」
あたしは厨房のマスターに注文を伝えてアイスコーヒーを冷蔵庫から取り出す。
「なに?……」
氷を入れた陶器のコップにアイスコーヒーを注ぐと高槻は頬杖を付いて、見つめていた。
視線に耐え兼ねて尋ねたあたしに高槻は口を開く。
「……べつに…」
何か言いた気な雰囲気の間を置きながら、高槻は短く答えてそっぽを向いた。
「……シロップいらね。ミルクだけでいい」
無言で出したアイスコーヒーとセットのシロップを高槻は押し返す。
そしてストローを挿して一口飲んでいた。
あたしはその間カウンターとホールの行き来を繰り返す。
昼の時間なんて忙しさであっと言う間だ。
カウンターでは一仕事を終えて一服しにきたマスターと高槻が楽し気に話をしている。
いつまで居座る気で居るんだろう……。それが気になりながら、あたしはすべてのテーブルを片付けてカウンターに戻った。
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