ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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最終章「夢見る偽神の存在証明」

244話 Aster(2)

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 巨大聖戦と呼ばれる戦争が始まってから、すでに長い時が経とうとしていた。
 長い孤独の中で、自らの前に立ち塞がったものを殺し続けた。そのせいか、ボクは観測者の間で「観測者殺し」として噂され、恐れられるようになった。
 その果てで、ボクは初めて自分と同じ「異質な観測者」に出会う。

「よぉ、ソラ────じゃないな。今は『アスタ』だっけ? やっと見つけたよ」

 一度知らない名前で呼んできたその少女は、ダイヤの模様を宿した紫の瞳を向けていた。少女は薄緑色の髪を揺らしながら、隣に一人の女性を連れた状態で現れた。

「キミ、誰? 観測者?」
「見りゃわかるだろ。あーしはエフェメラ。お前こそ、あの悪魔とかヴァニタスの影響は受けてないみたいだな……どうやって支配から逃れた?」
「知らない。邪魔するなら殺す!」

 ダイヤの瞳の少女──エフェメラめがけて、ボクは金色の短剣を振り下ろそうと駆け出した。凶器を向けられても、エフェは微塵も狼狽える様子がなかった。
 少女に刃が突き立てられようとしたとき、何か金色の棒のようなものが短剣を弾き飛ばした。ボクは驚いて、その場から飛び退く。

「っ!? キミは────」
「ごめんなさいね。エフェメラちゃんには手出ししてほしくないの」

 先ほどまでエフェの隣にいた女性が、彼女を守るようにして立ち塞がっていた。腰まで届くほど長いストロベリーブロンドの髪が揺らめき、どこか優しげな雰囲気を宿す金色の瞳が力強くボクを見据えている。
 その手には金色の宝杖が構えられており、それで刃が物理的に防がれたのだと気づいた。

「やっぱり。エフェメラちゃん、この子がアスタルテ様の『神性』を受け継いだ観測者みたいよ」
「だな。髪と目の色がソラだった頃と違うし、あの短剣もアスタルテが持ってた奴だ。何がなんでも味方につけたいところだけど」
「一筋縄ではいかないかしら? それなら、私に任せてくれる?」
「って、おい!? 病み上がりだろ、あーしがやるって!」
「エフェメラちゃんは観測者である時点で敵視されちゃってるもの。私がやるしかないでしょう?」

 ローゼと呼ばれた女性──ローゼマリーは柔らかな笑みを浮かべながら、しかし油断のない目でボクを見つめる。彼女の手に握られた金色の宝杖はただの装飾品ではなく、確かな力を秘めた神器だった。

「キミは、人間なの?」
「元々はそうだったけど。今はアスタルテ様に従う神々……原初神の一員よ」
「アスタルテ……?」
「あの出来事からもう長い時が経っているとはいえ、忘れてしまったのかしら?」
「っ……知らない。ボクはヴァニタスを殺さなきゃいけないんだ! 邪魔しないでよ!」

 ボクの手にした短剣が金の軌跡を描きながら、一瞬にしてロミーの首元を狙う。ロミーは真剣な表情を浮かべるとともに、ボクへ杖の先を突きつける。

「〈ブリューテンヴィルベル〉」

 杖の宝石が黄金色に輝き、光でできた花びらがロミーを包み込むように舞う。優しく吹き上げられた旋風でありながら、振りかざした刃の軌道は大幅に逸らされる。ロミーは自分から逸れた刃を持つ手を掴み、ボクの目をじっと覗き込む。

「アスタちゃん、あなたからは屠られた生命の香りが漂っているわ……『観測者殺し』の名は嘘ではないようね」
「そうだよ。邪魔する奴はみんな殺す。観測者はこの世界にとって異端の存在なんだから!」

 掴んだ腕が振り払われ、再び間に距離が生まれる。ロミーは滑るような動きで後方へ飛び退いた。

「ならば……〈シュタッヘル〉」

 瞬時に身を捻り、閃光を避けた。だが、その光はただの攻撃ではなかった。光の残滓が空間に滞留し、生き物のように動き出す。ロミーの杖から放たれた黄金の光は、無数の蔦となりボクの足元へ絡みついた。
 足を振り払おうとしたボクへ、今度は光の棘が降り注ぐ。

「っ、『《Polophylaxポロフィラックス》』!」

 とっさに自分の幻体を生み出し、自らに重ねる形で棘をすべて肩代わりさせる。短剣で光の蔓を振り払い、地を蹴ってロミーの元へ飛び込んだ。その動きすら読んでいたかのように、光の蔦はさらに広がり、ボクの身体に巻き付いた。

「くぅっ!?」
「これ以上、暴れないでくれたら嬉しいのだけど……」
「嫌だ……邪魔しないで!! 弱光は潰えぬ、燦然たる────」
「させないわ」

 ロミーは静かに息を吸い込み、杖を軽く振った。それだけで黄金の蔦が全身を締め上げ、動きを封じる。詠唱していた声が一瞬止まったことで、術の行使は阻止される。

「私たちとしては、あなたにはあまりその力を……『《Procidens Caelumプロシデンス・カエルム》』を使ってほしくないの。それはこの世界の外から来た術の中でも特に危険だから。あなたのような子供が乱用していいものじゃないの」
「うぅ……うる、さい……! キミにボクの何がわかるんだよ!」

 吠えるボクに対し、ロミーは終始冷静だった。小さく息をつきながら、優しい眼差しで見下ろし────蔓に縛られたボクを温かく抱きしめた。

「大丈夫。私はあなたを否定しているわけじゃないの。あなたの抱えているものを、私にも背負わせてほしいだけ」

 春の香りがふわりと漂うとともに、ボクの拘束が解かれる。自身を縛るものが消えてもなお、動けない。
 ロミーは聖母のごとき慈愛を注ぐように、目を閉じながら抱きしめ続ける。そんなロミーが不思議でたまらなかった。

「どうして……ボクはキミを傷つけようとしたのに」
「あなたも、この世界に生きる大切な子だから。私はこの世界のあまねく生命を傷つけないわ」

 それでもなお、ボクの内に燻る負の感情は暴れようとする。抵抗しようとしても力が入らず、短剣を振るおうとしても腕が動かないのに。ボクにとって、この瞬間はあまりにも異質で、異様なまでに心地よいものだった。
 その差は狂おしいほど大きなものだった────虚ろな心を粉々に砕け散らせてしまうほどに。

「おかしい────こんなの、許されない。観測者は殺さなきゃいけない。人間を守らなきゃいけない、のに」
「そうね。人間は守らなきゃいけない。でもね、観測者が死ななきゃいけない理由なんてないのよ」

 優しく囁かれた声が再び、ボクの心に温もりを落とす。暴れ狂っていた負の衝動が沈静していくのを、はっきりと感じる。

「観測者も私たちも────元々はみんな同じ、人間。人間は変わっていける、素敵な生き物なの。あなただって、きっと変われる」

 その言葉をかけられたとき、手から力が抜けた。ずっと握りしめていた金色の短剣が地面に落ちて突き刺さる。

「私はね。今のあなたにとって大切な人になりたいの」

 ロミーに抱きしめられながら、視界がふわふわと揺らぐのを感じる。その端で、今まで傍観していたエフェが近寄ってきたのを認識した。

「やりすぎちゃったかしら?」
「そんなことはない。ていうか無茶しすぎ。また倒れたらどうすんの」
「意外と平気よ? あの星幽術を使わなければ大丈夫みたいだから」
「とりあえず、あーしはちゃっちゃと仕事しますわ。ユーリたちにも連絡しておいてくれ。ローゼは帰ったらちゃんと休むこと」
「ふふ、わかっているわ」

 彼女たちの会話を理解できるほど、体力が残っていなかった。
 ただ……ボクはロミーの言葉で確かに満たされたのだ。その充足感に浸り続けたかった。
 満たされる想いを抱きながら、ボクは目を閉じて眠りに落ちる。無意識に気を張り続けていたゆえの、安堵によるものだった。



 次に目を覚ましたのは、どうやら気を失って一年以上経過した頃だったようだ。見たこともないくらい精巧で高貴さを感じる天井は、自分が未知の世界にいるのだと音もなく知らせてくれた。

「おはよう、アスタちゃん」
「えっと……おはようございます、お兄様」

 身体を起こしたボクの横に、ロミーがいた。その隣には、ヴィー……人間だった頃も今も、ボクの妹である少女がいた。当時のボクたちは人間だった頃の記憶を失っていたから、初めは互いにぎこちない雰囲気の中で接していた。

「……おはよう?」
「私のこと、覚えているかしら? あ、この子はヴィータちゃん。あなたの妹よ」

 ふわりと優しい微笑みを浮かべるロミーと、無表情のまま背中に隠れるヴィー。
 そのままの名前を呼ぼうと思ったとき、ふと思ったことがあった。二人に対して、その思い立ったことを実行してみる。

「……ロミーと、ヴィー?」
「そう呼んでくれるのね? ふふっ、ユーリたちが呼んでくれるのとはまた違う愛称で素敵だわ」
「自分が呼びたいと思った名前で呼んだだけだよ」

 記憶の片隅に残る少女はきっと、そんな風にボクに名前をくれたはずだから。
 目覚める前まで自分を埋め尽くしていた衝動が、すっかり消えている。それどころか、今はとても心が安らいでいる。

「ロミーが助けてくれたから、こんなに心が軽いのかな」
「ふふ、私だけの力じゃないわ。エフェメラちゃんのおかげよ。アスタちゃん、ヴィータちゃん、あとで一緒にお話ししましょうね」

 優しく笑いながらベッドを離れ、部屋から出ていく。本当はもっと話したかったけれど、残されたヴィーを放っておくわけにはいかなかった。
 ヴィーはもじもじしながら、ボクを見つめていた。

「お兄様は……今までずっとどこにいたのですか?」
「え? うーん……あんまりよく覚えてない」
「そうですか」

 なんだか訝しげな目を向けてきたが、決して嘘は吐いていない。ロミーに会う前は、観測者がいる場所を手当たり次第に歩いていただけだったから、細かい地名や土地の詳細は知らなかった。

「わたし、前後の記憶が曖昧なんです。人間だった頃のことも、観測者になってからのことも、よく思い出せなくて」
「なんでだろうね?」
「お姉様も詳しく教えてくれないんです。まあ……今教えられたところで、理解できないと思いますけど」

 ヴィーはもう一度、ボクをじっと見つめてきた。今度は恥ずかしがることもなく、まっすぐと目を合わせてくる。

「お兄様」
「……何?」
「今度こそ、ずっと一緒にいられますか? 家族が離れ離れなんて、悲しいのです」

 どちらも人間だった頃の記憶はない。でも、ヴィーは失ってしまった記憶に縋ることで、寂しさを紛らわせようとしているみたいだった。
 ボクも、自分が彼女の兄だと考えると「この子を独りにしてはいけない」と思えた。妹を放っておく兄なんて、薄情な奴だと思われてしまうから。

「うん。もう離れたりしないよ、ヴィー」

 にこやかに妹へ誓った。いつか知られるとしても、今だけは罪にまみれた自分を追いやりたくて。
 真正直に振る舞い続ける勇気などなかった。隠し事と嘘は別物だと言い聞かせて、ボクはバカで年齢相応なお兄ちゃんのふりをした。
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