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最終章「夢見る偽神の存在証明」
258話 自壊する星、煌めく月
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闇に染まりきっていたはずの黒い瞳の中に、確かな星の輝きが揺らめいていた。彼の瞳に映る、血に塗れた私の顔はひどく歪んでいる。
「……どうして……ユキ……?」
聞き慣れた愛しい呼び声。死にゆく私を呼ぶ声。ああ────アスタの声だ。こんな、最後の最後になって聞こえてしまうなんて。
「やめて、どうして……いやだ……ボクの、せいで」
アスタの悲痛な叫びが、私の薄れゆく意識に最後の楔を打ち込む。
違うの、あなたのせいじゃないよ。そう伝えたかったのに。
「いや……いやだぁ……っ、死んじゃいやだ、いやだよユキ……死なないでよ……!!」
「────ユキア!! アスタ!!」
クリムの絶叫が遠くで聞こえた。その直後、私が刺したはずの剣が自ずとアスタから抜けて、カラリと音を立てて地面に落ちた。
「……オマエの、せいだ……」
アスタの身体が素早く再生していっている。夜空色の瞳に黒が滲もうとするたび、星の模様が煌めきを増す。
その必死な輝きが、私には呪われた光に見えていた。光が目に焼き付いて、消え入りそうな意識が呼び戻されていく。
「死ね……死んでしまえ……オマエが死ねばいい……早く、早く死んでしまえっ!! うあああああああぁぁぁぁっ!!」
アスタの絶叫が灰色の空にこだまし、彼と倒れた私以外のすべてが衝撃波のようなものに吹き飛ばされた。
「アスタ!? 一体何が起きて……」
「うっ……おにい、さま……」
「ヴィータ!! 大丈夫かい!?」
「なんとか……それより、お兄様が……!!」
遠くからクリムとヴィータの声が聞こえる。触手の拘束から逃れられたんだろうか……もはやそれどころじゃない。
アスタの様子がどんどんおかしくなっていく。謎めいた力の奔流が吹き上げられ、すべてが風で舞い上がっている。
「ボクのせいだ、ボクのせいでユキが、いや違うヴァニタスのせいだオマエさえいなければユキは死ななかったヴァニタスがヴァニタスがオマエさえいなければボクが失敗しなければ、あ、ああっ、いやああああああああああああああっ!!!」
二つの意識が混濁し、壊れていく悲鳴が耳をつんざく。彼は自らの胸を掻きむしり、その身を苛む矛盾に耐えかねるように天を仰ぎ、瞳から黒い涙を止めどなく溢れさせているのだ。
「くふふ! ついに始まったよ、素晴らしい瞬間だ! 傲慢なる星灯よ、君はヴァニタス様と融合して世界を壊す『アノマリー』となる!! その調子で世界の理をも破壊する化け物になってしまえ!!」
ニールの狂喜に満ちた声が、混沌の渦巻く戦場に響き渡る。
その言葉を証明するかのように、アスタの身体から放たれるアストラルの嵐は、さらにその勢いを増していく。
やがて、世界が一瞬青く染まった。収束された力が爆発し、青が白く染められる。
「この、光は」
わかってしまった。この光は、いとも簡単に世界を滅ぼしてしまう絶対的な力だ。
「アスタの星幽術、なの?」
黒い涙が宙を舞い、私の目の前へ落ちた。その瞬間、涙から歪な黒い力が蔦を生やすように蔓延りだし、周囲の何もかもに絡みついて巻き込んでいく。
その中には当然、私も含まれていた。
「お兄様、ユキア!」
「二人とも、今助け────」
「いいの」
ヴィータの焦る声と、クリムの悲痛な声が遠くで聞こえる。
ここには守るべきものがたくさんある。二人には、私たちにばかり構っている時間はないはずだ。
「私のことは、見捨てていい。このまま、大人しく死ぬつもりなんてないから」
黒い蔦が、まるで生きているかのように私の足や腕、胴体に絡みついてくる。冷たくぬるりとしているような、言いようのない不快感。視界も塞がれ、闇が周囲を覆い尽くそうとする。
不思議と恐怖はない。だって、私の中にはまだ最後の灯火が残されている。
「……カイザー……!!」
胸の奥にはまだ熱が残っている。もう一度行使すれば、私の最も強い力を失うことになるだろう。
「お願い……私はどうなったっていい!! 二度とこの力が使えなくなったっていいから!!」
でも、あの子の苦しみに比べれば、私のものなど些細なものなはずだ。
「────最後にもう一度だけ、力を貸して!!」
聞き届けられる前に意識が落ちてしまわぬよう、必死で叫んだ。
まもなく、心の中から声がした。
『心配すんな。俺がお前を送り出してやるって』
重荷がなくなったかのように安堵した声に聞こえた。やがて、閉じられたはずの視界が白く染め上げられる。
『じゃあな、ユキア。アスタのこと────頼んだぜ』
声が私の背から離れ、消えていく。口を動かすことなく「さようなら」を告げた。
そして、自ら白い闇へ飛び込む。どこに辿りつくのかすらわからないけれど。
虚無に堕ちてしまった大好きなひと────私が助けなくて、誰が助けられるというんだ? そう自分に問いかければ、迷いは一瞬で断ち切れた。
*
「……こんな、ことって」
目の前で起きていたことの、すべてが信じられなかった。
ユキアが、アスタの身体を乗っ取ったヴァニタスに胸を貫かれ、血の海に沈んだ。その光景が引き金となり、アスタの精神は完全に崩壊して。暴走したアストラルが天変地異のごとき嵐となって吹き荒れる。
僕もヴィータも、その凄まじい衝撃波に吹き飛ばされ、なすすべもなかった。ニールは狂ったように高笑いを繰り返し、世界の終わりを歓迎している。
僕の手には、アストラルを限界まで溜め込んだガラスの剣だけが握られていた。
「くははははっ!! このままキャッセリアも含めて、全部砕いてしまうといいさ!! 安心するといい、どの道すべては虚無に飲み込まれるのだからな!!」
ニールは絶望する僕たちを嘲笑っている。本当に耳障りな高笑いだ。虚無を望む悪魔に、これ以上いい顔をさせてたまるものか。
それなのに。どれだけ胸の奥底で憎しみの炎が燃え盛ろうと、僕の身体は動かない。絶望が僕の自由を奪おうとしている。彼女に「見捨てろ」と言わせてしまったことが、自分の無力さを否が応でも証明させる。
「……ユキア……無謀もいい加減にしなさい」
僕の後ろで、傷つき果てた銀髪の少女が低くうめく。地面に拳を擦り付けるようにして震わせながら、異変が巻き起こるその場所を睨みつけている。
「見誤らないでくださいよ。わたしが見捨てろと言ったのは、わたし自身。クリムを前にして、よくもまあ勝手なことを言えたものですね」
それは残酷ともいえるほどの強がり。口だけでも強がらなければ、未だに出血が収まりきらない彼女は潰れてしまいかねないのだろう。
「クリム。あの悪魔を殺しなさい」
そしてヴィータは、ぎらついた光を宿した目を僕に向けた。
「このままではユキアを……いえ。わたしが、わたしを許せなくなりそうです」
「……ああ」
まっすぐな殺意が僕の激情を煽る。
誰かを救う神でいたい。そのために誰かを殺してはいけない────そう考えていた僕は、今思うと少し現実を甘く見ていたのだと思う。
悲劇を食い止めることに、手段を選んではならない。戦火の熱に煽られてでも、すべてを終わらせなくてはならない。
半分に分かたれてしまったことで善性が排除され、憎悪に支配されたまま死んでしまった声。僕を支えてくれる少女の殺意。その両方が、戸惑いかけていた僕の背中を後押しする。
「おやぁ? いいのかい、彼女たちを放置しても?」
気づけば僕は立ち上がり、アストラルの光を宿した剣を構えていた。奴は、まるで僕がこうすることを待ち望んでいたかのように嘲笑い続ける。
「いい、いいよ! 実に狂気的だよ、『蒼銀の断罪者』! 揺るぎない信念ほど狂ったものはない! 君のそれも壊してやりたいくらいだ!!」
「お前なんかに壊されるほど、僕は落ちぶれちゃいない」
なぜか、高笑いしていたニールの顔が凍り付く。まるで、おぞましいようなものを見るみたいに、僕を冷たく凝視していた。
「……そうか。ようやくわかったよ。『黒鉄の死神』は君の狂気的な正義に焚きつけられたんだな。まったく、何に惹かれたのかと思ったら心底つまらないものだったよ」
「いい加減、黙れよ。お前にクロウの何がわかる?」
言葉を断ち切る勢いで吐き捨てた。感情を読めるからといって、彼の心をお前なんかが口にするな。
僕の心も勝手に読み取っているであろう悪魔は、見るだけで吐き気がするようなおぞましい笑顔を浮かべてくる。
「正義とはひどく曖昧で不確かなものだ。それでいて絶対的に正しいものだと思われて、脅威にもなり得る。だから、私は正義という言葉が嫌いなんだよ。いつも我々のような侵略者が正しくないと決めつけられる。そんなもの、見方を変えれば意味がなくなるのに」
「────どうでもいい。そんなこと、今更どうだっていい」
僕は自分が信じた正義の下で、断罪神として手を下してきた。罪深きものを裁くこととは、正しさの下で行われる残酷な行為で────それは時に、ひどく狂気的に映るのかもしれない。
だが、それでいい。どこまでも貫く正義もまた、一種の狂気だろう。単に心が壊れたことだけを狂気とは呼ばないのだから。
「僕は僕の正義に従う。僕を神たらしめるものを忘れはしない。何よりも罪深い貴様を、この手で断罪する」
己を神たらしめるものはひとつだけ。ただ、救いの手を伸ばし続ける。
死ぬかどうかすらわからないものに対して「殺したくない」などと思う必要はない。この世の平和を壊すというのなら────僕は、人の形をした悪魔でも躊躇なく斬り裂いてやる。
「そうだよ。おまえは殺す勢いでやらなきゃ救えるものも救えないんだからな」
え、と声が出る前に何かが空を切った。黒い結晶の断片がニールめがけて飛んでいった。
狙われた相手は当然のように回避するも、体勢を立て直したときには顔をしかめていた。そして、空から舞い降りた人物を鬱陶しそうに見遣るのだ。
「……ほらね。こうなるだろうと思っていたから、彼女には都合のいい姉でいてほしかったんだよ」
そう────ニールの意識は、僕たちからシファへと引き寄せられていたのだ。
背中に黒結晶の翼を展開した状態で、シファが僕たちへ振り返る。相変わらず包帯に包まれた手に何かを持っていた。
「ほら、ヴィータ。おまえも働けよ」
持っていた何かを僕の背後に投げ込んだ。カランと小さな音を立てて落ちたのは小瓶。その中には、何度も見た紺色の液体が詰め込まれている。
「こ、これってまさか、ノーファの」
「詳しい話はあとで。あいつを殺したいんだろ、早く飲め」
会話を最小限に、僕たちは再びニールと対峙する────が、迫ってきたのは向こうが最初だった。ニールはシファの頭に狙いを定め、黒い杖を振りかざそうとしていた。
「こうなったら君の『果実』も回収してやろう、憂鬱たる罪科!!」
「黙れよ人殺し! 『《Crystallize Rain》』!!」
包帯に包んだ手をニールに向けた瞬間、空から銀色の雨が降り注ぐ。降ってきた雫が地面やニールに着弾した瞬間、地面から銀白色の結晶が突き出て悪魔を一瞬で巻き込んだ。
瞬時に動きを止めることができたものの、すぐさま結晶にひびが入ろうとする。やはり一筋縄ではいかなさそうだ。
「君がここに来るなんて、思ってなかったよ」
「けっ。別におまえらのためじゃねぇし。おれは姉さんと一緒に一矢報いるために、おまえらを利用するつもりってだけ」
その言葉の真意は、さっきの星幽術と関係しているのだろう。
ただ、彼の金色の瞳は今までよりも強く鋭い輝きを宿している。それだけは一目瞭然だった。
「……どうして……ユキ……?」
聞き慣れた愛しい呼び声。死にゆく私を呼ぶ声。ああ────アスタの声だ。こんな、最後の最後になって聞こえてしまうなんて。
「やめて、どうして……いやだ……ボクの、せいで」
アスタの悲痛な叫びが、私の薄れゆく意識に最後の楔を打ち込む。
違うの、あなたのせいじゃないよ。そう伝えたかったのに。
「いや……いやだぁ……っ、死んじゃいやだ、いやだよユキ……死なないでよ……!!」
「────ユキア!! アスタ!!」
クリムの絶叫が遠くで聞こえた。その直後、私が刺したはずの剣が自ずとアスタから抜けて、カラリと音を立てて地面に落ちた。
「……オマエの、せいだ……」
アスタの身体が素早く再生していっている。夜空色の瞳に黒が滲もうとするたび、星の模様が煌めきを増す。
その必死な輝きが、私には呪われた光に見えていた。光が目に焼き付いて、消え入りそうな意識が呼び戻されていく。
「死ね……死んでしまえ……オマエが死ねばいい……早く、早く死んでしまえっ!! うあああああああぁぁぁぁっ!!」
アスタの絶叫が灰色の空にこだまし、彼と倒れた私以外のすべてが衝撃波のようなものに吹き飛ばされた。
「アスタ!? 一体何が起きて……」
「うっ……おにい、さま……」
「ヴィータ!! 大丈夫かい!?」
「なんとか……それより、お兄様が……!!」
遠くからクリムとヴィータの声が聞こえる。触手の拘束から逃れられたんだろうか……もはやそれどころじゃない。
アスタの様子がどんどんおかしくなっていく。謎めいた力の奔流が吹き上げられ、すべてが風で舞い上がっている。
「ボクのせいだ、ボクのせいでユキが、いや違うヴァニタスのせいだオマエさえいなければユキは死ななかったヴァニタスがヴァニタスがオマエさえいなければボクが失敗しなければ、あ、ああっ、いやああああああああああああああっ!!!」
二つの意識が混濁し、壊れていく悲鳴が耳をつんざく。彼は自らの胸を掻きむしり、その身を苛む矛盾に耐えかねるように天を仰ぎ、瞳から黒い涙を止めどなく溢れさせているのだ。
「くふふ! ついに始まったよ、素晴らしい瞬間だ! 傲慢なる星灯よ、君はヴァニタス様と融合して世界を壊す『アノマリー』となる!! その調子で世界の理をも破壊する化け物になってしまえ!!」
ニールの狂喜に満ちた声が、混沌の渦巻く戦場に響き渡る。
その言葉を証明するかのように、アスタの身体から放たれるアストラルの嵐は、さらにその勢いを増していく。
やがて、世界が一瞬青く染まった。収束された力が爆発し、青が白く染められる。
「この、光は」
わかってしまった。この光は、いとも簡単に世界を滅ぼしてしまう絶対的な力だ。
「アスタの星幽術、なの?」
黒い涙が宙を舞い、私の目の前へ落ちた。その瞬間、涙から歪な黒い力が蔦を生やすように蔓延りだし、周囲の何もかもに絡みついて巻き込んでいく。
その中には当然、私も含まれていた。
「お兄様、ユキア!」
「二人とも、今助け────」
「いいの」
ヴィータの焦る声と、クリムの悲痛な声が遠くで聞こえる。
ここには守るべきものがたくさんある。二人には、私たちにばかり構っている時間はないはずだ。
「私のことは、見捨てていい。このまま、大人しく死ぬつもりなんてないから」
黒い蔦が、まるで生きているかのように私の足や腕、胴体に絡みついてくる。冷たくぬるりとしているような、言いようのない不快感。視界も塞がれ、闇が周囲を覆い尽くそうとする。
不思議と恐怖はない。だって、私の中にはまだ最後の灯火が残されている。
「……カイザー……!!」
胸の奥にはまだ熱が残っている。もう一度行使すれば、私の最も強い力を失うことになるだろう。
「お願い……私はどうなったっていい!! 二度とこの力が使えなくなったっていいから!!」
でも、あの子の苦しみに比べれば、私のものなど些細なものなはずだ。
「────最後にもう一度だけ、力を貸して!!」
聞き届けられる前に意識が落ちてしまわぬよう、必死で叫んだ。
まもなく、心の中から声がした。
『心配すんな。俺がお前を送り出してやるって』
重荷がなくなったかのように安堵した声に聞こえた。やがて、閉じられたはずの視界が白く染め上げられる。
『じゃあな、ユキア。アスタのこと────頼んだぜ』
声が私の背から離れ、消えていく。口を動かすことなく「さようなら」を告げた。
そして、自ら白い闇へ飛び込む。どこに辿りつくのかすらわからないけれど。
虚無に堕ちてしまった大好きなひと────私が助けなくて、誰が助けられるというんだ? そう自分に問いかければ、迷いは一瞬で断ち切れた。
*
「……こんな、ことって」
目の前で起きていたことの、すべてが信じられなかった。
ユキアが、アスタの身体を乗っ取ったヴァニタスに胸を貫かれ、血の海に沈んだ。その光景が引き金となり、アスタの精神は完全に崩壊して。暴走したアストラルが天変地異のごとき嵐となって吹き荒れる。
僕もヴィータも、その凄まじい衝撃波に吹き飛ばされ、なすすべもなかった。ニールは狂ったように高笑いを繰り返し、世界の終わりを歓迎している。
僕の手には、アストラルを限界まで溜め込んだガラスの剣だけが握られていた。
「くははははっ!! このままキャッセリアも含めて、全部砕いてしまうといいさ!! 安心するといい、どの道すべては虚無に飲み込まれるのだからな!!」
ニールは絶望する僕たちを嘲笑っている。本当に耳障りな高笑いだ。虚無を望む悪魔に、これ以上いい顔をさせてたまるものか。
それなのに。どれだけ胸の奥底で憎しみの炎が燃え盛ろうと、僕の身体は動かない。絶望が僕の自由を奪おうとしている。彼女に「見捨てろ」と言わせてしまったことが、自分の無力さを否が応でも証明させる。
「……ユキア……無謀もいい加減にしなさい」
僕の後ろで、傷つき果てた銀髪の少女が低くうめく。地面に拳を擦り付けるようにして震わせながら、異変が巻き起こるその場所を睨みつけている。
「見誤らないでくださいよ。わたしが見捨てろと言ったのは、わたし自身。クリムを前にして、よくもまあ勝手なことを言えたものですね」
それは残酷ともいえるほどの強がり。口だけでも強がらなければ、未だに出血が収まりきらない彼女は潰れてしまいかねないのだろう。
「クリム。あの悪魔を殺しなさい」
そしてヴィータは、ぎらついた光を宿した目を僕に向けた。
「このままではユキアを……いえ。わたしが、わたしを許せなくなりそうです」
「……ああ」
まっすぐな殺意が僕の激情を煽る。
誰かを救う神でいたい。そのために誰かを殺してはいけない────そう考えていた僕は、今思うと少し現実を甘く見ていたのだと思う。
悲劇を食い止めることに、手段を選んではならない。戦火の熱に煽られてでも、すべてを終わらせなくてはならない。
半分に分かたれてしまったことで善性が排除され、憎悪に支配されたまま死んでしまった声。僕を支えてくれる少女の殺意。その両方が、戸惑いかけていた僕の背中を後押しする。
「おやぁ? いいのかい、彼女たちを放置しても?」
気づけば僕は立ち上がり、アストラルの光を宿した剣を構えていた。奴は、まるで僕がこうすることを待ち望んでいたかのように嘲笑い続ける。
「いい、いいよ! 実に狂気的だよ、『蒼銀の断罪者』! 揺るぎない信念ほど狂ったものはない! 君のそれも壊してやりたいくらいだ!!」
「お前なんかに壊されるほど、僕は落ちぶれちゃいない」
なぜか、高笑いしていたニールの顔が凍り付く。まるで、おぞましいようなものを見るみたいに、僕を冷たく凝視していた。
「……そうか。ようやくわかったよ。『黒鉄の死神』は君の狂気的な正義に焚きつけられたんだな。まったく、何に惹かれたのかと思ったら心底つまらないものだったよ」
「いい加減、黙れよ。お前にクロウの何がわかる?」
言葉を断ち切る勢いで吐き捨てた。感情を読めるからといって、彼の心をお前なんかが口にするな。
僕の心も勝手に読み取っているであろう悪魔は、見るだけで吐き気がするようなおぞましい笑顔を浮かべてくる。
「正義とはひどく曖昧で不確かなものだ。それでいて絶対的に正しいものだと思われて、脅威にもなり得る。だから、私は正義という言葉が嫌いなんだよ。いつも我々のような侵略者が正しくないと決めつけられる。そんなもの、見方を変えれば意味がなくなるのに」
「────どうでもいい。そんなこと、今更どうだっていい」
僕は自分が信じた正義の下で、断罪神として手を下してきた。罪深きものを裁くこととは、正しさの下で行われる残酷な行為で────それは時に、ひどく狂気的に映るのかもしれない。
だが、それでいい。どこまでも貫く正義もまた、一種の狂気だろう。単に心が壊れたことだけを狂気とは呼ばないのだから。
「僕は僕の正義に従う。僕を神たらしめるものを忘れはしない。何よりも罪深い貴様を、この手で断罪する」
己を神たらしめるものはひとつだけ。ただ、救いの手を伸ばし続ける。
死ぬかどうかすらわからないものに対して「殺したくない」などと思う必要はない。この世の平和を壊すというのなら────僕は、人の形をした悪魔でも躊躇なく斬り裂いてやる。
「そうだよ。おまえは殺す勢いでやらなきゃ救えるものも救えないんだからな」
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狙われた相手は当然のように回避するも、体勢を立て直したときには顔をしかめていた。そして、空から舞い降りた人物を鬱陶しそうに見遣るのだ。
「……ほらね。こうなるだろうと思っていたから、彼女には都合のいい姉でいてほしかったんだよ」
そう────ニールの意識は、僕たちからシファへと引き寄せられていたのだ。
背中に黒結晶の翼を展開した状態で、シファが僕たちへ振り返る。相変わらず包帯に包まれた手に何かを持っていた。
「ほら、ヴィータ。おまえも働けよ」
持っていた何かを僕の背後に投げ込んだ。カランと小さな音を立てて落ちたのは小瓶。その中には、何度も見た紺色の液体が詰め込まれている。
「こ、これってまさか、ノーファの」
「詳しい話はあとで。あいつを殺したいんだろ、早く飲め」
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「こうなったら君の『果実』も回収してやろう、憂鬱たる罪科!!」
「黙れよ人殺し! 『《Crystallize Rain》』!!」
包帯に包んだ手をニールに向けた瞬間、空から銀色の雨が降り注ぐ。降ってきた雫が地面やニールに着弾した瞬間、地面から銀白色の結晶が突き出て悪魔を一瞬で巻き込んだ。
瞬時に動きを止めることができたものの、すぐさま結晶にひびが入ろうとする。やはり一筋縄ではいかなさそうだ。
「君がここに来るなんて、思ってなかったよ」
「けっ。別におまえらのためじゃねぇし。おれは姉さんと一緒に一矢報いるために、おまえらを利用するつもりってだけ」
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