ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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最終章「夢見る偽神の存在証明」

263話 Vanitas(2)

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 昂っていた神経が落ち着いてくるのを感じた。右目の熱も弱まり、星幽術の効果が切れていると気づいた。
 ひとまず、僕はずっと心配していたことを確認する。アスタもその近くに倒れたユキアも、まだアストラルの黒い茨の中にいるみたいだ。

「お兄様!」
「待つのじゃヴィータ! 不用意に触れてはならん!」

 ヴィータはすかさず、ヴァニタスに乗っ取られたままのアスタへ駆け寄ろうとした。それを止めたのは、威厳のある初老の男の声。
 オルフ君とルマンさんに続いてやってきたのは、カトラスさんとステラ、そしてアルバトスだった。

「あなたたち、まだ残っていたのですか!?」
「うん。わたしは最高神としてやることがあるから」
「俺はステラ様をお守りするために来た。お前もだろ、オルフ?」
「おうよ!」

 ここに来るためにキャッセリアに残っていたというのか。ありがたいけれど、同時に危険も増してきているから気をつけてほしい限りだ。
 カトラスさんはふと、シファの方へと目を向ける。本来なら敵である彼がここにいるのはおかしいが、カトラスさんは案外落ち着いていた。

「……お主、まだ生きておったのか」
「ふん。おれはニールの野郎をぶっ殺しに来ただけだし。あとは好きにすれば?」

 吐き捨てるように言うシファに、カトラスさんは深くため息をついた。だが、彼を咎めることはしない。
 僕たちの視線は、再び血の海に沈む悪魔へと注がれる。十字架に貫かれ、ヴィータの炎に焼かれながらも、奴の禍々しい気配はまだ衰えそうにない。

「憎き悪魔がひれ伏している今のうちに……ルナステラ、用意はいいな!」
「はい、カトラスさま!」

 カトラスさんの掛け声にステラが反応する。彼女はこくりと頷くと、抱えていた金色の杖を構えた。杖の先には、アスタとユキアを閉じ込めている黒い茨がある。

「ローゼマリーさま、アイリスさま……どうか、わたしに力を……!」

 祈りの声とともに、最高神が代々受け継いできた杖が黄金の輝きを放ち始めた。闇を一瞬で浄化してしまいそうなほどまばゆい煌めきは、虚無でさえも照らしてかき消していく。

「させるかああぁぁ!!」

 貫かれ焼かれているにもかかわらず、ニールが雄叫びに近い絶叫とともに禍々しい力を発散する。放たれた光が闇で揺らぎ始めた。

「オオオオアアアァァァァァ!!!」

 さらには、遠くから獣の咆哮のような声が聞こえだした。僕は翼で空に飛び、街の周囲の状況を確かめる。
 大量の異形たち────魔物が禍々しい気配に呼ばれたかのように、こちらへ近づいてきている。今までとは比べ物にならない数だ。

「魔物がこっちに押し寄せてる! どうにか止めないと邪魔されるよ!」
「ただの魔物の集団だろ。俺でもわかる」

 アルバトスは至極冷静に呟いた。確かに、遠くから視認した限りでは魔物たちに強化を施された様子はなかったけれど……。

「行くぞオルフ、ルマン。ステラ様の邪魔はさせん」
「うっし! 魔特隊の出番だぜっ!!」
『そうだな。ルナステラを頼んだぞ』

 黒い双剣を構えたアルバトスが魔物たちが迫る方向へ駆け出していく。それを追うように、オルフ君がルマンさんに跨って走り出していった。

「む……彼奴らだけでは足りん。クリム、神幻術でここら一帯を一掃した方がよいぞ」
「た、確かに……でも待ってください、繁華街の方でアリアがクロウと戦っているんです! 巻き込んだら────」
「大丈夫だよ、クリムおにーちゃん! わたしに任せて!」

 目を閉じたステラが放つ光はさらに強まっていく。杖から溢れる光は、月明かりにも似た黄金の輝きとなって広がっていく。
 だが、光の広まりがだんだんと落ち着き始めてしまう。

「あ、あれ? 魔力が足りない……?」
「大丈夫じゃルナステラ! わしの力をすべて預ける!」

 カトラスさんがステラの両肩に大きな手を乗せて、温かな光を送り込んでいく。ステラが大きく頷いたとき、輝きがさらに増し始めていった。

「愚かな真似を……我らの邪魔は許さんぞ、神もどきどもがあああぁぁ!!!」

 再び悪魔の妨害が入る。ニールの咆哮とともに黒い茨がざわめき、まるで無数の蛇のように絡み合い、蠢き始めた。
 血に濡れた十字架を支柱にして成長し始めた茨たちは、ヴィータとシファの小さな身体に巻き付きあっという間に拘束する。

「ぐっ!? なんでおれらだけ……!!」
「わたしたちの動きを封じて一気に、ですか……! クリム、ルナステラたちを守りなさい!!」

 残された別の茨が、ステラやカトラスさんのいる方向へ伸びていく。僕はすかさず、アストラルを込めたガラスの剣で茨を斬り伏せた。断ち切られた茨は黒く霧散し消えていったが、茨は有象無象のごとく大量に生えている。

「クリム、無茶はいかん! お主一人では────」
「今は僕一人しか動けませんから。それに……もう誰も死なせたくないんです!!」

 カトラスさんにはステラの補助を続けてもらわなくてはいけない。虚無の茨はステラたちめがけて襲いかかってくる。

「まだやれる……『《Engelverfallエンゲルフェアファル》』!!」

 もう一度剣に満たしていたアストラルを自分の身体に流し込み、赤い稲妻が放たれた。右目が燃えるように熱くなり、神経が再び研ぎ澄まされる。
 その瞬間、身体の平衡感覚が失われそうになりふらついてしまう。身体が軋むように痛み始める。そうだ……何回も負担の大きい星幽術を使っているせいだ。
 剣と魔法を駆使してひたすら悪魔の攻撃を防ぐが、キリがない。剣を振るうたびに痛みが増して、このまま対応しきれるかわからないが────躊躇している時間はない。

 ────無茶はダメって言われてるじゃないですか。このままじゃ死んじゃいますってば。

 不意に頭の中に声が聞こえた。
 今はあまりにも必死すぎて、誰の声なのか考える余裕もなく。

 ────って言っても、やめるわけないですよね。ならば、最後まで付き合いましょう。

 それでも、声は僕の背をさらに後押ししてくれる。声が聞こえるのとともに右目の熱がさらに強まったが、身体の痛みは少しだけ和らいだ。
 身体が青白い光を帯びる。声が僕に新たな力の鍵を授けてくれたのだ。その時にはもう声は聞こえなくなっていた。
 君の想いも抱えて運命に抗ってもいいのなら────君が有していた星幽術を、高らかに叫んでみせよう。

「彼方の未来……我が眼に映せ! 『《Vorwissenフォーアヴィッセン》』!!」

 詠唱した瞬間、時の流れをそのまま垣間見るような感覚を覚えた。次に相手がどう動くか、どんな攻撃を繰り出してくるのか────認識できるようになっていた。
 身体に流し込んだアストラルのことも考えれば、この効果は持って数分くらいだろう。超強化した身体であればある程度無理が利く。動く可能性がある茨を次々と斬り伏せて、ヴィータとシファを捕らえている茨も断ち切った。
 視界の端では、伸びてくる茨が次にどこを狙うのか、瞬きするよりも早く理解できてしまう。これが、未来が透けて見える感覚────長時間使ったら本当に倒れてしまいそうだ。

「クリム! あなた、どれだけ無茶を────っ!」

 解放されたヴィータが駆け寄ろうとする。けれど、その足を再び黒い蔦が狙おうとする可能性が見えてしまう。
 僕は未来視に導かれるように剣を振り抜き、その茨を断つ。光の軌跡が闇を裂き、また霧散した。

「今の……なぜわかったのです?」
「トゥリヤの力だよ……欠片を飲み込んだの、間違っていな……かはっ!!」

 頭が軋み、身体に力が入らなくなる。膝をついた僕の身体をすぐに支えてくれた少女の顔が、見えない。
 気づけば僕は血を吐きだしていた。喉の奥が焼けるように痛い。心臓が破裂しそうなほど激しく打ち続ける。魔力切れよりも遥かに深刻な症状が現れていた。

「未来視……! おまえ、その星幽術は使うな!」

 動けなくなった僕の代わりに、シファが展開した黒結晶の翼で茨を裂き始めた。彼の言葉の意味さえ、よくわからなくなりそうだった。

「今のおまえ、なんか知らねぇけどトゥリヤの力使えんだろ? あいつ、魔法使い続けた後はしょっちゅう血吐いてた……そのくらい負担デカいんだよ! 寿命縮むぞ!?」
「なっ、ダメですクリム! これ以上戦ったら────っ」

 聞いたこともない、泣き叫ぶような声だった。けれど、構わずに脚に力を込めて剣を握り直す。それを見ていたヴィータは、言葉を引っ込めて────僕を支えたまま立ち上がらせてくれた。

「いえ……あなたの立ち向かう気持ちを、否定してはなりませんね」

 彼女から放たれ続けるアストラルは、僕を蝕むどころか身を焦がすような力強さを与えてくれる。剣を握る手に小さな手が重なったとき、ガラスの刃が白く輝き出す。
 死にそうなほどの苦しみの中で縋るように、赤い瞳を見遣った。情熱を宿した四葉のクローバーは力強く微笑みながら、僕の覚悟を一心に受け止めてくれる。

「燃え上がる息吹を預けましょう。あなたとわたしの正義は潰えないのだと、証明してやるのです」
「……ああ!」

 僕が応えた矢先、握りしめる剣が急速に熱を帯びた。僕たち二人が持つガラスの刃が、強烈な炎を放ち始めたのだ。
 動けないままの悪魔が再び咆哮を響かせた。ステラたちに累が及ぶ前に、炎が十字架に貫かれたニールの方へ解き放たれた。

「ぐぅっ……!! 嫉妬深い息吹よ、君の炎は本当に忌々しいな!!」
「何を当たり前のことを。笑わせてくれますね……生命の輝きとは、元よりそういうものでしょう?」

 ヴィータが静かに、されど高らかに嘲り笑う。
 彼女の赤い瞳にはいつだって、燃え上がる生命の煌めきが宿っている。ユキアがあの夜空色の瞳に導かれていたように────僕もまた、情熱のクローバーに数多の幸運をもたらされたのだ。

「無様に叫びながら灰燼に帰しなさい。あなたを燃やすのは、わたしたちだけじゃないのですから!」

 ぐっ、と僕の手が強く握られた。応えるように剣へ力を込めると、悪魔を焼き尽くそうとする炎の勢いがさらに増した。
 ────すべての神秘はお前たちに牙を剥き、その愚かな身を復讐の炎で焼き尽くす。
 エフェメラさん。あなたの憎悪を受け止めよう。呪いに等しい恨みを背負って、あなたを葬った不条理に一矢報いてみせよう。

「数多の生命を葬った罰を受けろ、ニール! お前は他でもない、僕たちが断罪する!!」

 僕の懐が歪な熱を持ち始めたとき。焼き尽くされていく十字架の根元が、大爆発を引き起こした。

「がああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 ニールの断末魔が響き渡り、火柱が燃え上がる。爆発による熱が周囲にまき散らされて、何もかもが溶かされそうな勢いだった。
 断末魔が少しずつ弱まり始めると、炎が刃から消えていく。本当に一時的な術だったようだ。

「……おまえら、いつそんな技覚えたんだよ」

 シファがあっけらかんとした様子で聞いてきた。
 僕にもわからない。恐らくは僕に備わった権能によるものだろうが、僕自身ではこれほどの可能性を知覚できなかった。
 ヴィータは僕から手を離し、「そういえば」と至極冷静なまま呟いた。

「お姉様が言っていましたね。この世界に存在する力のほとんどは、行使する者の感情に大きく左右される。激しい感情を抱けば抱くほど、魔法の威力が増す……そういう法則がこの世界にはあるみたいで」
「そうなの?」
「あなたと見た記録にもあったことですよ……? まあ、ある意味当たり前のことです」
「……いやどういうことだよ!? おれにも納得できるように説明しろっ!!」
「不要です。納得させる意味もないので」

 ヴィータは相変わらず素っ気ない。悪魔が十字架の下で燃えているが、大きな動きを見せる様子がない。
 ……そろそろとどめを刺すか。
 剣を握ってニールの元へ赴こうとしたとき、僕の背後から強い魔力の気配を感じた。

「無償の慈愛のため、我が骨身を捧げることをここに契らん」

 こちらが息をつく間もなく、幼い声が詠唱を始めた。まばゆい輝きに目が眩み、身体から自然と力が抜けてしまう。
 あどけなくも気高い声は、違和感を覚えるほど荘厳に響く。輝きに照らされた大地は黒煙に包まれていたはずなのに、この周囲だけが柔らかく明るんでいく。

「時を揺蕩う永遠の神よ、我が望みに応えよ」

 幼い少女のものだけではない、原初神の一人であるカトラスさんの魔力も混ざった状態で溢れ出している。凄まじいというほかない。
 やがて────水色の大きな瞳を開けて、ステラは叫んだ。

「『麗雨花葬プルウィア・フローリス』っ!!」

 光がいっそう強く輝き爆発した。無数の光の欠片が彼方へと飛び散る。白い花びらと見紛うであろう光の雨が、キャッセリア全体へ降り注いだ。
 光の花の雨が大地を、僕たちを癒す。生きようとするものを癒す花の雨は、禍々しい魔物や虚無をかき消していく。僕たちにとっての薬は、虚無にとっての猛毒だった。

「あ、ああ」

 茨がかき消されていく中、アスタ──いや、ヴァニタスが苦しみだした。彼に取り憑いていた闇が滲み出していき、天へと昇り霧散していく。
 僕の目には────これが過去の再現そのものに思えたのだ。

 *

 まるで世界が浄化されていくかのように、光の雨がキャッセリアに降り注いでいる。映像を通して見ているような形なのに、私とアスタは見惚れてしまっていた。

「見えるだろう? これが、ボクの期待していた光景そのものだ」

 アスタルテさんのヴァニタスへ向けた言葉は勇ましさを宿していた。ヴァニタスはなぜか、頭を抱えて苦しみだしている。

「虚無が消えることはない。それは確かな真実だ。でも……どれだけ世界が虚ろなものになろうと、生命の努力次第でいくらでも華やかに満たせる」

 創造主の力の輝きは、外界の光の雨と共鳴していた。

「ボクの勝ちだよ、ヴァニタス。ボクが見出した進化論は人類に勝利をもたらした。キミはまもなく極限まで無力化されて、『因子』そのものへ成り果てるだろう」
「やめ、ろ……やめろ、やめろおおぉぉぉ!!」

 外側と内側から働きかけて、虚無そのものを刺激し続ける。ヴァニタスの咆哮が白と黒の世界に響き渡るも、その力はだんだんと弱まり続けている。
 ヴァニタスの苦しみが強くなる一方で、アスタルテさんが私とアスタに振り返った。

「さて、ボクの役目はここまでだよ。あとは、アスタ……キミならどうすればいいかわかるよね?」
「え……?」
「もう一度、ボクが授けた星幽術でヴァニタスを分断するんだ。キミという肉体の中で弱体化している今なら、魂をさらに細分化できるはずだよ」
「む、無理だよ。あの星幽術を使うべきはボクじゃない……!」

 アスタの答えは弱々しく、身体が僅かに震えていた。
 この局面になっても、アスタはまだ自信を取り戻しきれていなかった。彼の過去を知った今ならその理由がよくわかる。力の制御に失敗したら、何が起こるかわからないからだろう。
 だから────私は震えるその左手を掴んで言い聞かせた。

「私はアスタのこと信じてる。今のあんたは、憎悪に駆られて正気を失ったりしてないでしょ」
「ユキ……」
「だから大丈夫。ちゃんと自分の力を制御できるよ」

 自分の言葉に根拠はないけれど、責任は持ちたい。彼は私の顔を見上げて、最初は不安そうな表情を浮かべていたものの、やがて力強く決意を決める。
 アスタは私からヴァニタスに視線を移し、右手を奴へ向けた。アスタルテさんは黙って微笑んで、その場から退いた。

「やめ、ろ……すべてはむなしい、それはかえられない……!!」

 底知れぬ虚無は、何度も何度も狂ったように同じ言葉を繰り返す。
 アスタの夜空色の瞳がうっすらと輝きを放ち始める。私は、彼の手を握り続けていた。

「弱光は潰えぬ。燦然たる星屑となり、万象を砕け────『《Procidens Caelumプロシデンス・カエルム》』!!」

 世界が一瞬、青く染まった。そして白く染まった。収束された異質な力が爆発し、ヴァニタス自身に物理法則を無視したひびが入る。
 白と黒のみで構成された身体が真っ二つに分断された。断面から黒い煙が溢れ出したが、すぐに霧散して消えていく。

「ああ────まけ、た」

 最後まで無表情だと思っていた奴は、真っ黒な瞳を大きく見開いて私たちを凝視していた。

「どうして、さからおうとする? どうして、うんめいをうけいれない?」

 うわ言のように「どうして」と繰り返していた。何も知らない子供みたいに。

「どうして────このせかいは、むなしいまま────?」

 それが、底知れぬ虚無の最期。その残滓が、静まり返った白と黒の世界に虚しく響き渡る。
 アスタの中に取り憑いた白と黒の子供は、真っ黒な光をまとう塊を残して消えていった。残った塊を拾い上げたのは、他でもないアスタルテさんだった。

「……これがヴァニタスが有していた『因子』。『神性』とは対になる極めて邪悪なコアだ。これを固く封じてしまえば、もう二度とデウスガルテンにヴァニタスが顕現することはないだろう」

 拾い上げた虚無の塊は彼女の手により、アスタへ預けられる。封印するには現実世界の方へ戻らなくてはいけないのだろう。

「お疲れ様、アスタ。ありがとう、ユキア。キミたちのおかげで、ボクの悲願は果たされた」

 アスタルテさんは優しく微笑みかけながら、静かな声でお礼を言ってくれた。助けられたのは私たちの方なのに。
 もう少し話ができればよかった。しかし────アスタルテさんの身体もまた、黄金の光の粒となって消え始めている。

「おや……もう時間みたい。ギリギリだったなぁ」
「ま、待ってよ! ボク、やっとキミのことを思い出せたんだ! ちゃんとお礼も言いたくて────」

 彼女は目を閉じて、黙って首を横に振る。アスタルテさんの身体は輪郭を失い始め、無数の光粒へと分解されていた。

「お礼なんていらない。こうしてキミの中に残り続けたのは、ボクのエゴだったんだから」

 黄金の粒子は静かに舞い上がり、空の果てに散っていく。

「キミに与えた『神性』はちゃんと残るよ。なんたって、ボクが愛した楽園を守るための力だからね」
「アスタルテ……」
「だから、今度は本当の意味で未来を見つめられるようになってほしい。過去に囚われるばかりじゃなくて、ね」

 アスタが私の手を離して、消えゆく彼女へ駆け寄っていく。アスタルテさんの姿はもう半分以上光になっていて、彼の手が伸びても掴めるものは何もなかった。
 最期まで優しい微笑みを保ったまま、彼女は虚空へと浮かび上がっていく。

「儚い光は願いを導き、願いは翼となる。翼は星々の祝福を得て、虚無をも穿つ煌めきとなる」

 祈りのような言葉とともに、黄金の粒子は一斉に舞い上がった。無音の風が吹いたかのように視界を埋め尽くして、白と黒の世界は光の粒で満たされる。

「さようなら、ボクの幸せの証。あまねく生命に、星の祝福があらんことを」

 夢にも似た世界が終わりを告げている。嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちを胸に抱えて目覚めていく────
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