ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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【箱庭探訪編】第1章「星の輝く箱庭」

10話 真夜中の殺人鬼

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「ふふ、驚いたでしょう? まさか、って思ったでしょう? アタシ、今のアナタの顔がとっても好きだわ」

 振り返ったアンナちゃんの瞳には、一筋の光すら映り込んでいなかった。
 真夜中の殺人鬼────夜になると現れ、夜に街を出歩く人を無差別に襲い無惨に解体する。
 そんな恐ろしい存在が、既に私の前に現れていたということなの?

「そんな……嘘だよ。昼間はちゃんと────」
「さあ、口封じの時間といきましょう」 

 アンナちゃんの言葉が終わってすぐに、ティルの方が動き出した。
 人間だったものを殴っていたバールを大きく振りかざしてきて────

「っ、話聞いてよ!!」

 自分の剣を召喚し防ぐ。他の三人も異変に気づいていたのか、既に各々の武器を構えていた。

「ユキア!」
「────!」

 魔銃による光線が襲いかかり、向こうは一度間合いをはかる。頬を掠ったらしく血が流れていた。
 ティルは不機嫌そうにこちらを睨みつけるが、アンナちゃんは微笑みを崩さない。

「なるほど、一筋縄ではいきそうにないわね。街を壊さず済ませるのは難しそう」
「ティル! アンナちゃん! どうしてこんなことを!?」
「騒ぎが起きたら面倒だし、早めにかたをつけてしまいましょう」

 こっちの話なんて耳に入れてくれない。その瞬間、辺りを包む空気が変わった。
 アンナちゃんが数歩下がったところで、ティルが目を閉じ顔を俯かせる。私とシオンが前に出て、メアとソルは後衛に回る。
 風もないのに、ティルの髪がゆらゆらと揺れている。赤く鋭い瞳が際立ち、光を薄く放っていた。

「────〈アクセラレートモード・起動〉」

 一瞬赤いスパークを放ったと思ったら、ティルの姿が眼前から消えた。
 どこに行ったのか探る前に、尋常じゃない殺気が背後に回った。

「うあぁっ!?」

 咄嗟に剣でバールを防ぐも身体を吹き飛ばされた。不意打ちを回避できず、路地の奥へとへ投げ出される。
 
「っ、お前!! ユキアに近づくなッ!!」
「うるせぇ」

 血相を変えたメアがティルに向かって駆け出そうとしたが、バールで身体を打たれ壁に叩きつけられる。

「なんだこいつ、急に素早くなりやがった!?」
「魔法の類だよきっと! ならばこれで……〈ヴェントゥス・チェインバインド〉!」

 魔導書を開いたソルが、伸ばした片手から魔力の鎖を放つ。
 しかし、並外れた速度で駆け回る彼には届かない。届いたとしても間一髪のところで回避される。
 鎖が行きつく先は、彼の残像だった────そんなパターンばかりが続く。

「……どうなってるんだ。魔法とはいえ、人体でこんなスピードを出せるわけ……」
「魔法じゃないわ。異能力よ」
「うっ!?」

 アンナちゃんの言葉とほぼ同時に、ティルの振りかざすバールがソルの後頭部に直撃する。成す術もなく昏倒したところで、シオンが斧を構えティルを睨みつけた。

「こんの野郎っ!! 〈トニトルス・チェイサースフィア〉!!」

 雷電をまとう魔弾が生み出される。赤黒いスパークを放ったままのティルめがけて、魔弾を斧で打ち込んだ。
 奴は回避行動をとり、シオンにバールをぶつけようとしたが────

「ぐぅっ!?」

 追尾機能つきの魔弾を避け切ることはできず、ティルはその場に膝をつく。彼の周りで散っていた赤いスパークも消滅する。
 壁に手をつきつつ、剣を拾い上げ立ち上がった。メアとソルは気絶してしまっている。
 私とシオンで、この状況を打破できるだろうか……。

「あら。追い詰められちゃったわねぇ」

 路地裏の闇に佇むアンナちゃんと私。表の道からアンナちゃんを追い詰めるように立つシオン。
 通路の幅を考えれば、私とシオンで挟み撃ちにすれば逃がすことはないはずだ。

「アナタたち、変わってるわ。今まで殺してきた人間たちとは明らかに違う」
「どうしてこんなことを!? 誰かを殺す感覚がわからないって言ったのは、アンナちゃんの方じゃない……!!」

 こちらは至って真剣だった。しかし、相手の方は微笑みを崩さない。
 私を見つめる大きな赤い瞳が、ほんの少しだけ細められる。

「……かわいそうに。まだアタシのことを『あの子』だと勘違いしているのね」

 言葉を返す前に、アンナちゃんの小さな手が動く。その手は白い眼帯へと伸ばされていた。
 眼帯に覆われ閉じられていた目が見えようとしたその時────

「サクお姉ちゃん、やめて!!」

 アンナちゃん自身のもう片方の手が、眼帯を外そうとする手首を掴む。
 信じられないことに、今の制止の声も彼女自身のものだった。

「ア、アンナちゃん? 起きてたのね……」
「異能力使うのだけはやめてって、わたし言ったよね!? 約束破らないで!!」
「大丈夫よ、まだ使ってないから」
「そういう問題じゃない!」

 アンナちゃんが話すときと、もう一人別の誰かが話すときでは、顔に現れる感情が異なっている。
 まるで、一つの身体に二人の人間の魂が入っているようだ。
 異様な光景に固まっていると、彼女越しにシオンが斧を構え直すのが見えた。

「ちょっとシオン、やめなさいよ!」
「なんでだよ!? やるなら今のうちだろうが!」
「様子がおかしいの!」

 シオンは首を傾げているが、彼女へ危害を加えようとすることだけはやめた。ただ、納得のいかない表情でアンナちゃんを見ている。

「マジで何が起きてやがんだよ……ってわぁ!?」
「っ、サク姉! 何してんだよ、早く全員ぶっ殺せよ!」

 シオンめがけてバールを振り下ろしたティルが叫ぶ。どうやら、アンナちゃんの中にいる別の存在に向けたものらしい。
 もしかして、ティルの中にも同じように別の誰かが……?

「ひっ、はぁ!? さ、殺人鬼だああぁぁ!!」

 シオンとティルがいる石畳の道から、叫び声が聞こえてきた。大通りの方で、知らない男がどこかへ走り去っていくのが見えた。

「っ……仕方ないわね。ヴァーサー、ずらかるわよ!」

 いつの間にか、アンナちゃんの混乱は収まっていた。ティルが頷き、気絶したままのメアとソルを両脇に抱えてアンナちゃんの近くに駆け寄る。

「おい! ソルたちをどうするつもりだ!?」
「おとなしくなさい。あらぬ疑いはかけられたくないでしょう?」

 ティルからバールを取り上げシオンに向けた彼女の顔から、微笑みは既に消え去っていた。
 ……さっきの男は、恐らく民衆の一人だろう。この路地裏には死体が放置されたままだ。この場にいつまでも留まっていてはいけない。
 二人を人質に取られた以上、従うしかないだろう。
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