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【箱庭探訪編】第1章「星の輝く箱庭」

14話 潜入

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 シオンの出したご飯を食べ終わって、みんなで外に出た。さっきよりも太陽が高く昇っている。村には、本当に誰もいなかった。
 昨日、サクが「全部食べた」と言っていたけど、一体いつの話なのだろう。家屋の風化の進行度合いを見ていても、数年以上は経過しているように思える。

「あそこは高地なんだね」

 ソルが指を指した先には、草木が少なくて高い崖があった。あそこから落ちたら危ないだろうなぁ……。

「……そっちにも道はあるけど、こっちが近いぜ」

 ティルは崖に背を向け、別の道を示してくれた。

「この道をまっすぐ進むと、隣国に向かうんだ。その途中に、あいつの研究所がある」

 アルフィアから少し東に向かったところに、柵や石畳といった整備がされていない道があった。森に囲まれており、道中には獣や虫も出てきそうだ。
 しかし、実際そんなことはなかった。木々や雑草以外の植物は見当たらず、動物もほとんど見かけない。

「この辺り、お花咲いてないね」
「たまたまじゃないの?」
「いや。あいつは実験の材料にするためなら何でも根こそぎ取るからな。花も動物も、全部研究所に持ち帰ってるんじゃないか」

 ティルの言葉が本当だとしたら、やはりひどい奴だ。
 沈黙が辺りを支配したまま、道を進む。その果てに、緑以外のものを見つけた。

「確か、ここだ」

 森の中に、開けた場所があった。そこだけ木々が切り倒され、土地の真ん中に白い無機質な建物が建っていた。
 建物の前に門がある。札には、「ジルヴェスター異能力研究所」と書かれていた。

「さ、入るぞ。気をつけろよ」
「うん、お兄ちゃん」

 ためらうことなく門をくぐり、研究所の扉へ向かうティルとアンナちゃん。驚くことに、二人が近づくのと同時に扉が両脇に開いた。
 そして、二人が入ってしばらくしたら勝手に閉まった。

「っ!? これがいわゆる『自動ドア』って奴だね!? 今すぐ仕組みを────」
「ダメだ。行くぞ」
「ち、ちょっとシオン……! 少しだけだから!」

 無理やりソルの襟を引っ張っていくシオン。もはや保護者にしか見えない。

「……何か嫌な気配がするな。ユキア、気をつけて行こう」
「う、うん」

 私とメアも、同じくティルたちについていった。自動ドアは再び開き、私たち全員中に入るとまた閉まった。
 中は全体的に灰色だった。二階建てみたいだが、地下に行ける階段もあるらしい。部屋もかなりの数があるようだが、一階のフロアの一番奥だけは両開きドアであった。
 白くて四角いいくつかの照明が、建物全体を照らしていた。しかし、どこか薄暗い。

「これ、原動力はどうなってるんだろう……」
「研究所の中に発電施設があるんじゃないかな。外にはこれといった配線は見当たらなかったし」
「へー、詳しいな。ソルだっけ? 科学に興味あるのは本当みたいだな」

 どうも、と軽く礼を返している。
 私たちの中で一番人間の箱庭の技術に詳しいのは、ソルだった。
 私は長年人間の箱庭に憧れていたけれど、科学といった技術は何回見ても理解できない。魔法よりも色々と入り組んでいるのが大方の原因だ。その反面、ソルは細かい物事への理解が得意な方である。神の世界にも、古いものだが科学の資料が保管されているから、そこから興味が湧き続けているのかもしれない。
 まあ、彼は逆に人間自体には関心がないみたいだけど。

「当然永久機関じゃねぇけど、そういう場所はあったと思うぜ。多分地下にあるだろうけど、下手に近づかない方がいいぞ」
「わかってる。止まったら怪しまれるだろうし」
「まあ、今はあいつ、いないみたいだけどな」

 確かに、研究所に潜入したのに何も起こらない。本当に誰もいないのだろう。

「……お兄ちゃん。お部屋、まだ残ってるかな」
「気になるのか? じゃあ見てみるか」
「あ、僕はもう少し一階を……」
「うわっ、ソル! 待ちやがれー!」

 制止も聞かぬまま、ソルは別の部屋に向かってしまった。

「あいつら大丈夫? あまりバラバラにならない方がいいと思うんだけど」
「まあ、シオンがついていったし問題はないだろう。この研究所も、思ったほど広くないみたいだしな」
「だといいけど……」

 メアは私の近くにいるつもりみたいだった。こちらとしてもその方がありがたい。
 ティルはアンナちゃんの手を引き、二階への階段を登る。私たち二人もついていった。

「……そういえば、アンナ。お部屋というのは?」
「え、えっと。わたしはよく覚えていないんですけど、お兄ちゃんとわたし、昔はここに住んでいたんです」
「ええっ!?」

 だからティルはこの場所を知っていたのか。
 階段を登り切り、廊下を進む。遠目に見た内装は綺麗だったのだが、近づいてみると埃や小さなゴミがあちこちに落ちたままだ。
 二階は特にひどかった。汚れが目立っているところもあり、掃除が行き届いていない。

「ここが、俺たちの部屋だったか?」
「うん。この隣が、お母さんの部屋だった」
「……父親の部屋は?」
「ない。あいつの部屋イコール研究室、あるいは実験室だからな」

 本当に研究熱心な人なのだろう。家族との団欒が頭にあったのかどうかさえわからない。
 ティルは、かつて自分たちの部屋であった場所のドアを開けた。
 そこには最低限の家具しかなかった。一人分のベッドと机、椅子、そして空っぽのクローゼットと棚。
 おまけに廊下よりもさらに埃っぽい。たまらず窓を開けた。

「出てってもう四年くらい経ってるからな。案の定、汚くなってやがる……」
「お掃除しよう、お兄ちゃん」
「やめとけ。ここにはもう何も残ってないんだぞ」

 確かに、家具以外は何もない。掃除道具がどこにあるかさえわからない。
 かつては使われていた部屋がこうして捨てられていくのは、悲しい。

「アンナ、母さんの部屋が気になるのか?」
「うん。わたし、多分入ったことない」
「それは俺もだけどな……わかった。じゃあ行くか」

 窓を閉めて、ティルたちの部屋から出る。廊下の行き止まりに一番近い部屋に入った。
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