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第2章「月下に煌めく箱庭」
22話 坂の上の少女
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家の外に出ると、涼しい風が吹き抜けていくのを感じた。空気が澄んでいて美味しい。
辺りに広がっているのは、鬱蒼とした森だった。しかし、この家から繋がる細い道があり、その先には緩やかな坂があった。下れば人里へ、上れば庭園に行けるというわけだ。
私たち全員が外に出るまで、女性は家の前まで送ってくれた。私たちが背を向けるのと同時に、彼女も家に戻っていった。
「今回も、クレーに鉢合わせする前に魔物を倒さなければならないな。人里で何か話を聞けるだろうか」
「でも、庭園にも行ってみたいよ。ここは手分けして調べない?」
「いやそれは危ねぇだろ。無謀もいい加減にしろ、精神抉れる」
「そこまで!?」
「効率的だとは思うけどね。僕は人里の情報も、庭園の謎も気になるし」
坂を下るか、上るか────私たちは話し合いを続ける。
結果的に、私とメアは坂の上の庭園に、シオンとソルは人里へ下りることになった。
「じゃあ、オレたちは街に行ってくるわ。ヤバくなったらこっちに来いよ」
「わかってるわよ。そっちも、キリのいいところまで調べたら庭園で合流ね」
「うん。警戒を怠らないでね」
「ああ」
二人は私たちに背を向けて、坂を下りて行った。
逆にこちらは、長く長く続いている道を上っていった。
上り始めて、大体三十分くらい経っただろうか。
周りにあるのは森、森、森……道の先を見つめても、一向に館が見えてこない……。
「ぜぇ、ぜぇ……ちょっと、この坂長くない……?」
「そうだな……」
二人揃って息切れしていた。私の脚が、棒切れみたいに動かなくなってきた。メアもその場に立ち止まった。
上を見上げても、坂が延々と続いているだけだ。一体、どれだけ高いところにあるというのだろう。
「しかし、魔物は全然見かけないな……ここまで全然見ていないぞ」
「確かに変だよね……ていうか、疲れた。もう歩きたくない……」
「頑張ろう、ユキア……」
そう言うメアの方も、ほとんど動きが止まっていた。
女性が言っていた、先に庭園に向かった子は本当にすごいと思う。こんな長い坂を上り切るなんて。
というか、この坂を上るにつれて空気が薄くなっている気がする。それで余計に呼吸がしづらくなっているのかもしれない。
このままじゃ、庭園に着く頃には日が暮れてそう……。
「────珍しい。人がいる」
「へ?」
メアと話していたら、坂の上から知らない声が聞こえてきた。
道の先に、水色の短い髪と黄緑の目を持った女の子が立っていた。薄い水色の服を着ていて、左手側に水色の細長い剣のようなものを携えていた。
いつの間に人が現れていたんだろう……?
「庭園に用があるの?」
「そ、そうだけど……」
「ふーん。まあ、すごく疲れているみたいだし、手伝ってあげる」
そう言って、少女はメアを背負ってくれる。
ちょうど座り込みそうになっていたからありがたい。
「す、すまない……」
「構わない。……庭園までもう少し。ついてこれる?」
私に目を合わせる少女。親友を背負わせてしまって申し訳ないし、もうひと踏ん張りするしかない。
「が、頑張る」
「よろしい。じゃあ行くよ」
少女についていきながら、再び坂を上る。
よく見ると、この少女は私よりも少し背が低いようだ。小柄なのに力持ちだと思った。
助けてくれたのはいいんだけど、沈黙が漂ってて少し気まずい……。
「あの……あなたの名前、聞いてもいい?」
「ん? シュノーはシュノーだよ。シュノー・ソメイユ」
「そうなんだ。私はユキア・アルシェリア」
「えと……メア・シュナーベルだ。ありがとうな、シュノー」
「ん。気にするな」
少女──シュノーちゃんは、常に掴みどころのわからぬ表情でいた。
怒っているようにも笑っているようにも見えない。ソル並みに無表情である。
ふと、尋ねたいことが思い浮かんだ。
「ね、ねぇ……もしかして、三日前に庭園に行った子供って、シュノーちゃんのこと?」
「そうだよ。でも、シュノーだけじゃない。訳あって庭園に居候させてもらってるだけ」
「へぇ……?」
声のトーンが一定でテンションが低い。こういう子とは今まであまり接したことがなかったから、どう話せばいいかわからない。
私よりも少し小さいのに、こっちよりも断然大人びているような気がした。
「……見えてきた。あれが、『永久庭園』」
シュノーちゃんの言葉に、前方を見る。何か白い建物が、坂の上にあった。
坂を上り切ると、冷たい風が吹き抜けていることに気づく。標高が随分と高いところにあるようだ。
白い建物の正体は、二階建ての白いお屋敷だった。周りの草木は切り揃えられ、館を囲む柵の向こうには色とりどりの花々が咲き誇っていた。
館の正門は開いている。特に見張りなどはいないようだが……。
「おかえり、シュノーっ!!」
門の奥から、誰かの声が聞こえた。シュノーちゃんと声質が似ているが、トーンが明るい。
やがて、館の中から少女が両手を広げながら走り出てきた。ピンク色の髪と紫色の目で、無邪気に笑っている。
この少女もまた、シュノーちゃんと色違いの剣らしきものを、彼女とは反対側に差している。
髪型も服も、色が正反対なだけで何もかもが似ている。ただ、ピンク色の少女の方が若干背が低かった。
「レノ。お留守番してって言ったでしょ……?」
「だって、窓を眺めてたらシュノーが帰ってきたんだもん! その二人は誰なのだ?」
「困ってる人。レノ、この人たちを館に案内してあげて」
「うん! レノに任せるのだ!」
メアを下ろして、一度だけ息をつくと、シュノーちゃんは私たちを置いて坂を降りようとした。
「待って! どこに……」
「キミたちには関係ない」
「えっ────」
聞き返す間も与えてくれず、シュノーちゃんはまたたく間に坂を駆け下りていった。
一体何だったんだろう……。
「早く館に入るのだー! レノ、寒くて死んじゃうのだー……」
「あっ、ごめん」
ぶるぶる震えるレノちゃんを追い、門の内側に足を踏み入れる。
辺りに広がっているのは、鬱蒼とした森だった。しかし、この家から繋がる細い道があり、その先には緩やかな坂があった。下れば人里へ、上れば庭園に行けるというわけだ。
私たち全員が外に出るまで、女性は家の前まで送ってくれた。私たちが背を向けるのと同時に、彼女も家に戻っていった。
「今回も、クレーに鉢合わせする前に魔物を倒さなければならないな。人里で何か話を聞けるだろうか」
「でも、庭園にも行ってみたいよ。ここは手分けして調べない?」
「いやそれは危ねぇだろ。無謀もいい加減にしろ、精神抉れる」
「そこまで!?」
「効率的だとは思うけどね。僕は人里の情報も、庭園の謎も気になるし」
坂を下るか、上るか────私たちは話し合いを続ける。
結果的に、私とメアは坂の上の庭園に、シオンとソルは人里へ下りることになった。
「じゃあ、オレたちは街に行ってくるわ。ヤバくなったらこっちに来いよ」
「わかってるわよ。そっちも、キリのいいところまで調べたら庭園で合流ね」
「うん。警戒を怠らないでね」
「ああ」
二人は私たちに背を向けて、坂を下りて行った。
逆にこちらは、長く長く続いている道を上っていった。
上り始めて、大体三十分くらい経っただろうか。
周りにあるのは森、森、森……道の先を見つめても、一向に館が見えてこない……。
「ぜぇ、ぜぇ……ちょっと、この坂長くない……?」
「そうだな……」
二人揃って息切れしていた。私の脚が、棒切れみたいに動かなくなってきた。メアもその場に立ち止まった。
上を見上げても、坂が延々と続いているだけだ。一体、どれだけ高いところにあるというのだろう。
「しかし、魔物は全然見かけないな……ここまで全然見ていないぞ」
「確かに変だよね……ていうか、疲れた。もう歩きたくない……」
「頑張ろう、ユキア……」
そう言うメアの方も、ほとんど動きが止まっていた。
女性が言っていた、先に庭園に向かった子は本当にすごいと思う。こんな長い坂を上り切るなんて。
というか、この坂を上るにつれて空気が薄くなっている気がする。それで余計に呼吸がしづらくなっているのかもしれない。
このままじゃ、庭園に着く頃には日が暮れてそう……。
「────珍しい。人がいる」
「へ?」
メアと話していたら、坂の上から知らない声が聞こえてきた。
道の先に、水色の短い髪と黄緑の目を持った女の子が立っていた。薄い水色の服を着ていて、左手側に水色の細長い剣のようなものを携えていた。
いつの間に人が現れていたんだろう……?
「庭園に用があるの?」
「そ、そうだけど……」
「ふーん。まあ、すごく疲れているみたいだし、手伝ってあげる」
そう言って、少女はメアを背負ってくれる。
ちょうど座り込みそうになっていたからありがたい。
「す、すまない……」
「構わない。……庭園までもう少し。ついてこれる?」
私に目を合わせる少女。親友を背負わせてしまって申し訳ないし、もうひと踏ん張りするしかない。
「が、頑張る」
「よろしい。じゃあ行くよ」
少女についていきながら、再び坂を上る。
よく見ると、この少女は私よりも少し背が低いようだ。小柄なのに力持ちだと思った。
助けてくれたのはいいんだけど、沈黙が漂ってて少し気まずい……。
「あの……あなたの名前、聞いてもいい?」
「ん? シュノーはシュノーだよ。シュノー・ソメイユ」
「そうなんだ。私はユキア・アルシェリア」
「えと……メア・シュナーベルだ。ありがとうな、シュノー」
「ん。気にするな」
少女──シュノーちゃんは、常に掴みどころのわからぬ表情でいた。
怒っているようにも笑っているようにも見えない。ソル並みに無表情である。
ふと、尋ねたいことが思い浮かんだ。
「ね、ねぇ……もしかして、三日前に庭園に行った子供って、シュノーちゃんのこと?」
「そうだよ。でも、シュノーだけじゃない。訳あって庭園に居候させてもらってるだけ」
「へぇ……?」
声のトーンが一定でテンションが低い。こういう子とは今まであまり接したことがなかったから、どう話せばいいかわからない。
私よりも少し小さいのに、こっちよりも断然大人びているような気がした。
「……見えてきた。あれが、『永久庭園』」
シュノーちゃんの言葉に、前方を見る。何か白い建物が、坂の上にあった。
坂を上り切ると、冷たい風が吹き抜けていることに気づく。標高が随分と高いところにあるようだ。
白い建物の正体は、二階建ての白いお屋敷だった。周りの草木は切り揃えられ、館を囲む柵の向こうには色とりどりの花々が咲き誇っていた。
館の正門は開いている。特に見張りなどはいないようだが……。
「おかえり、シュノーっ!!」
門の奥から、誰かの声が聞こえた。シュノーちゃんと声質が似ているが、トーンが明るい。
やがて、館の中から少女が両手を広げながら走り出てきた。ピンク色の髪と紫色の目で、無邪気に笑っている。
この少女もまた、シュノーちゃんと色違いの剣らしきものを、彼女とは反対側に差している。
髪型も服も、色が正反対なだけで何もかもが似ている。ただ、ピンク色の少女の方が若干背が低かった。
「レノ。お留守番してって言ったでしょ……?」
「だって、窓を眺めてたらシュノーが帰ってきたんだもん! その二人は誰なのだ?」
「困ってる人。レノ、この人たちを館に案内してあげて」
「うん! レノに任せるのだ!」
メアを下ろして、一度だけ息をつくと、シュノーちゃんは私たちを置いて坂を降りようとした。
「待って! どこに……」
「キミたちには関係ない」
「えっ────」
聞き返す間も与えてくれず、シュノーちゃんはまたたく間に坂を駆け下りていった。
一体何だったんだろう……。
「早く館に入るのだー! レノ、寒くて死んじゃうのだー……」
「あっ、ごめん」
ぶるぶる震えるレノちゃんを追い、門の内側に足を踏み入れる。
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