ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第2章「月下に煌めく箱庭」

34話 永久庭園

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 ルルカさんに連れられて、私たちは庭園へとやってくる。
 月明かりに照らされていた昨夜とは異なり、花の色や形がよくわかる。夜の庭園も幻想的で素敵だったが、花の一つ一つを楽しむなら昼間の方が適している。
 しかし、もう私たちに庭園をじっくりと楽しむ余裕は残されていなかった。
 庭師であるルルカさんは、他の使用人とは違い活動的な格好をしていた。外では、日除け用のつばの広い帽子を被っている。それでも、私たちには彼女の思いつめた表情が窺い知れた。

「……! メア、あれ!」
「ひどいな……」

 指し示した部分の花が、踏み潰されたかのようにぐちゃぐちゃになっていた。昨日の夜、暗すぎてよく見えなかった部分だ。
 私たちは息をのんだ。美しく可憐なはずの庭園に、荒らされた跡があるのだ。
 まもなく、木々の隙間から何かが蠢くのが見えた。

「グオオォォォ!!」
「っ、あぶねっ!?」

 シオンが咄嗟に斧を召喚し、こちらへ飛びかかってきた化け物を真っ二つにした。
 グロテスクな身体はその場に倒れ伏し、溶けて消え去った。黒い体液が、道や美しい花畑を汚す。

「やはり、あなた方もシュノー様と同じく、魔物討伐のエキスパートのようですね。今の今になって現れたのは、不幸中の幸いでした」
「……どういうこと?」
「これから、すべてお話いたします」

 魔物に襲われたというのに、ルルカさんはまったく動じていない。
 まさか、本当に魔物に襲われることになるとは思わなかった。昨夜襲われなかったのは幸運だったと言うしかない。
 荒らされた跡に直接近づくことは難しいが、踏み潰され具合がひどい。「怪物」の影響があるとはいえ、このまま花が元に戻るとは考えにくい。

「心配はいりません。このために私は存在していますので」

 そう言いながら、ルルカさんは踏み潰された花畑へと近づいていく。衣服が汚れることなど気にも留めず、草と花をかき分けていく。
 そして、荒らされた場所にしゃがみ込み、目を閉じた。何かぶつぶつと唱えているが、よく聞こえない。

「────〈ルネッサンス〉」

 その部分だけは、かろうじて聞き取れた。
 ルルカさんの詠唱と同時に、荒らされた跡が白い魔力に包まれる。やがて、しおれた花が立ち上がり、元の生命力を取り戻した。

「知らねぇ魔法だな……」
「それは当然だよ。なんたって、この箱庭の魔法だからね」

 ソルは平然と言うけれど、恐らくあの魔術師の家にあった魔法の教本を暗記していたのだろう。詳細は伏せるが、彼はそういう固有魔法を持っているのだ。
 それよりも、ルルカさんが魔法を使えることに驚いた。

「ルルカさんは庭師じゃなかったんですか?」
「表向きは庭師ですが、魔術師でもあるのです」

 再び花と草をかき分けて、ルルカさんは私たちの元に戻ってきた。一旦立ち止まって、私たちに真剣な顔つきのまま向き合う。

「単刀直入に申し上げます。お嬢様が患っているのは、病ではありません。この庭園に封じられた『怪物』による呪縛に、身体を蝕まれているのです」
「なっ────!?」

 ────「怪物」の話を聞いた時から疑うべきだったと、今になって気づいた。
 私は愚かだった。フローリアさんはただ身体が弱く、足が不自由なのは病気だと信じて疑わなかったのだ。しかし、直接的な原因は……探すべきものは、すぐ近くにあった。

「……ユキア様。この庭園のできた経緯をどこまでご存知でしょうか」
「え? なんで知って……っ!?」
「この際構いません。答えてくださいませ」
「えっと……確か、リュファス家の人が魔術師に頼んで、『怪物』をここに封じたって聞きました」
「では、封印の詳細は?」

 聞き覚えがないので、素直に首を振って否定した。話を知らないメアたちは、何が何だかわからないといった顔をしている。
 口止めされていたことも含めて、三人に庭園のことを話した。すぐ近くに目標がいたことに、やはり驚いていた。

「魔物を封印って……フローリアの祖先と魔術師は、大変なことをやってのけたのだな」
「ええ。しかし、人に制御できぬ異物を何のリソースもなしに封じ続けることは不可能です」
「それじゃあどうしたんだよ?」

 こちらが怖くなるほど冷静なまま、ルルカさんは話を続ける。
 話が進んでいくにつれて、声色が冷たく、追い詰められたようなものへと変わっていく。

「当時のリュファス家の領主──お嬢様のお爺様は、自らを封印の礎に選びました。お爺様が亡くなったあとはお婆様、お婆様が亡くなったあとはその子孫が、礎の役を引き継いでいきました」
「何それ……じゃあ、フローリアさんも!?」
「ええ。これがリュファス家に生まれた者の務めだと、お嬢様も幼少時から覚悟を決められています」

 その後も、リュファス家をまとめ上げる者となった子孫たちが封印を引き継ぎ、変わらぬ庭園の姿を守り続ける。それがリュファス家に課せられた義務であり、因習だった────というわけだ。

「ということは、この館にいる使用人たちも同じなの?」
「いえ。あくまで封印の礎に命を吸われているのは、リュファス家の血筋を引き、領主として契約を結んだ者のみです。私を含め、使用人には何の影響もございません」
「じゃあ、なんでシェフは『みんなおかしくなっていった』などと言ったんだ?」
「これこそ、病は気から、です。人間は、勘違いで簡単に病んでしまう時もあるんですよ」

 ルルカさんの答えに、ソルとメアはある程度納得したようだった。
 この箱庭の人間に隠された真実もまた、残酷なものだった。先代の人間が背負った使命を、否応なく背負わされている。しかし、民を守るためには自らが犠牲になるしかなかったのだろう。背負った荷物に押し潰されるかのように、彼らは死んでいったのか。
 前回も思ったが、人間が背負うにしては物事が大きすぎる気がした。
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