ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第2章「月下に煌めく箱庭」

33話 噂の真偽

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 やがて、使用人たちがあるドアの前で密集しているのを見つけた。あの部屋は、フローリアさんの部屋だった。

「っ、あなたたち!? 今は入っては────」
「フー!!」

 私よりも先に、レノがフローリアさんの部屋のドアを開け放った。私も続いて部屋に入る。
 部屋には、ルルカさんとメイド一人、そしてベッドに横たわるフローリアさんの姿があった。

「レノ様にシュノー様、ユキア様まで!?」
「ルルカ。フローリアに何があった?」
「それが……フローリア様の様子が……!」

 姉妹二人が、慌ててフローリアさんの横へ駆け寄った。私も急ぐ。
 昨日あんなに笑顔を咲かせていた彼女が、目を閉じて苦しんでいた。顔色があまりにも悪く、額に脂汗が伝っている。
 明らかに様子がおかしい。意識を保てているのかどうかさえわからない。

「っ、あなたたち! これはこの館の問題ですよ、部外者は出ていきなさい!!」
「────フーはレノたちの友達なのだっ!!」

 慌てふためき追い出そうとするメイドだったが、レノの叫びによって一瞬で固まった。
 小さなレノの肩は、震えていた。私から見れば後ろ姿しか見えない────しかし、泣いているとすぐにわかった。

「どうして、そんなひどいことを言うのだ……? 友達を助けたいと思うのは悪いことなのか……?」
「……レノ……」

 このような状況に陥るたび、私は自分の無力さを嘆く。
 私の力では、人間の病気は治せない。怪我を治すのが精いっぱいだ。神であるはずなのに、神らしいことは何一つできない。
 神は人を助けるための存在なのに────これほどにも、私は彼女を助けたいと願っているのに────

「……ルルカ。レノだけでも、そばに置いてくれないか」

 レノはフローリアさんのすぐ横に突っ伏し、すすり泣いている。
 ルルカさんはシュノーの言葉を受け、少し黙り込んでからゆっくりと頷いた。

「シュノー様も、レノ様から離れない方がよろしいのでは?」
「……そうだね。こっちも、わがままを言ってすまない。ありがとう」

 シュノーはレノに寄り添い、フローリアさんを見守る。すると、ルルカさんは立ち上がり、今度は私の方を向いた。

「あとでお話がございます。ユキア様、先に外で待っていてもらえますか?」

 黙って頷き、部屋を出る。
 話の内容に悪い予感ばかりが先行する。胸が痛くて、どうにかしてあげたいという気持ちばかりが込み上げる。

「もうやってられないわ!! 私は出ていく!!」
「一人だけ抜け駆けなんて許さないぞ! 俺もこんなところから出ていってやる!!」

 フローリアさんの部屋から出たところ、若いメイドとシェフが私の前を通り過ぎた。ずんずんと廊下を進み、やがて見えなくなった。
 不穏どころか、最悪なパターンに陥っている。なぜか、彼らは何かに怯えているように見えた。

「おいこら待ちやがれぇ!!」
「ひぃぃぃ!! やめてくれぇぇ!!」

 部屋から少し離れたところで、シオンがもう一人のシェフを追いかけ回していた。メアとソルは、シオンを止めようと後を追っている。
 そのシェフは、先程の二人以上に怯え切っている。

「ちょっと、何やってるの!?」
「っ、ユキア! その人の動きを止めてくれ!」

 メアが促してくるなんて、よっぽどであった。確かに、ただでさえ少ない使用人がこれ以上いなくなるのはまずい。
 ────ああもう、どうなっても知らない!
 私は片手を突き出し、手のひらに魔力を収束させる。シェフはちょうど、私に向かって走ってきていた。

「〈ルクス・チェインバインド〉!」
「うぐぁぁ!?」

 手のひらから魔力の鎖が飛び出し、シェフを雁字搦めにした。全速力で逃げ回っていたために、シェフは勢いのまま床にずっころんだ。
 転んで走る気力も失ったようなので、魔力の鎖を消し去る。しかし、私たち四人で丸く取り囲むような形になってしまった。
 怯え切った彼は、土下座の姿勢で頭を伏せていた。

「ううっ、勘弁してくれ! 俺はまだ死にたくないんだ!」
「殺すつもりなんてないよ! 何に怯えているのか、それだけ聞かせて」

 私の問いに答える余裕もないのか、ただひたすら伏せたまま震えている。これでは、話を聞くどころの話ではない。
 メアとシオンがシェフの身体を起こし、壁際に座らせた。だが、まだ頭を抱えたまま震えている。
 何が何だかわからない私だったが、ソルが説明してくれるようだった。

「僕たち、みんなの後を追うついでに、使用人から話を聞くことにしたんだよ。でも、領主……フローリアさんが倒れたことで、みんな混乱している。それどころか、さっき二人くらい使用人が出ていっちゃってね……」

 シェフは見たところ、中年男性のようだった。さっき立ち去っていった使用人は両方ともまだ若かったから、彼は比較的年配者なのかもしれない。
 しかし、どうして急に出ていくだなんて言い出したのだろう。これではまるで、以前から何かしら不満があったようなものではないか。

「どの使用人も口々に言うんだよ。『この庭園は呪われてる』って……」
「……それって」

 ────あの庭園は本当に呪われてる。入ったらただじゃ済まされない────
 すべてはこの庭園に封じられた「怪物」の仕業だった。しかし、「怪物」について知っている者はごく一部であったはずだ。私も、シュノーから聞かなければ知ることはなかった。口止めさえされていなければ、メアたちにも話してしまうのだけど……。

「その理由は、この庭園の秘密に直結しています」

 気がつけば、私たちの背後にルルカさんが立っていた。彼女の存在に気づき、今まで塞ぎこんでいたシェフが急に立ち上がる。
 状況に似合わず、ルルカさんは落ち着いた面持ちだったが、逆にシェフの方はルルカさんに厳しい目を向けた。

「あんた、本当は知ってるんだろ」
「何のことでしょう?」
「とぼけるな。あの一族に近づいた奴、みんなおかしくなった。俺は極力関わらないようにしてきたが、あんたは一番近くにいるのに平然と生きてやがる。あいつらと何の契約をしやがった!?」

 先程まで怯えていたのが嘘のように興奮していた。悪魔を問い詰めるかの如く、シェフはルルカさんに怒鳴りつける。
 しかし、ルルカさんはまったく動じなかった。むしろ毅然とした態度で、シェフと相対していた。

「病は気から、ですよ。私はただ、ご恩を返すために尽くしているだけでございます。他意はありません」
「っ、完全に洗脳されてるみたいだな……まあいい。もう俺に関わるな」

 そう吐き捨てて、シェフは食堂へと歩き去っていった。どうやら、この館から出ていくつもりはないようだ。
 そんなに嫌だというのなら、さっきの人たちみたいに出ていけばいいのに。

「あの方は、ずっと前からこの館に仕えています。他に行く宛を見つけられないのでしょう」
「……どうしてわかるんですか?」
「同じようなものだからです。私は、お嬢様のご両親に救われた身ですから」

 曇りのない、優しい微笑みだった。
 彼女は噂の真偽を知っている、そう確信した。きっと真実を教えてくれる。
 しかし逆に、嘘偽りのない事実を知るのが怖かった。

「大切なお話がございます。皆さん、私についてきてくださいますか」
「フローリアの元を離れても平気なのか?」
「ええ。お嬢様の元には、あのお二人がついていますから」

 どうやら、ルルカさんは身の内にとてつもなく強い覚悟を決めているようだった。
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