ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第2章「月下に煌めく箱庭」

38話 旅路はどこまで

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 館に一度戻り、やるべきことを済ませてから、もう一度外へ出る。目的を達成した私たちは、早めに庭園を離れることにした。
 本当はもう少しフローリアさんたちと話がしたかったが、前回のことを考えるとまもなくクレーがやってくるだろう。この箱庭の人々をこれ以上巻き込むわけにはいかない。
 使用人たちも、今まで通りフローリアさんに仕えることにしたのだそうだ。ルルカさんは言わずもがな。
 庭園を離れる際、館のみんなが門の前まで送ってくれた。

「はぁ……昼飯くらい食べていきたかったわ……」
「だめだよ。ていうか、魔力回復したらまた魔法使えばいいじゃない」
「あ。そっか。でもやっぱちゃんと出された料理食べたいんだよ!!」

 シオンはご飯に未練を残しすぎである。うるさい。そんな光景を見て、フローリアさんは小さく笑う。未だに車椅子に座り、今はメイドが押している。
 元凶はいなくなっても、今まで蝕まれていた身体がすぐに元に戻るわけではないらしい。時間をかければ治るのか、あるいはずっとこのままなのか……できれば前者であることを願いたい。

「フー、病気は治るのか?」
「治します。今までまともに庭園から出ることもできませんでしたが、これからは違いますからね」
「また会いにきてもいいか!?」
「もちろんですよ。私も、またいつかレノさんや皆さんに会える日を楽しみにしています」

 レノは名残惜しそうに、フローリアさんに抱き着いた。彼女もまた、レノの頭を優しく撫でた。

「本当に世話になった。君たちには感謝しかないよ」
「シュノーたちにできることをしたまで。達者でな」
「こちらこそ、貴重な経験をさせていただいた。ありがとう」

 朝はあんなに荒れていたシェフだったが、今は落ち着いて感謝の言葉を述べている。シュノーとメアもそれに答えた。
 ふと、ルルカさんが私に近づいてきた。手に何か持っている。

「ユキア様。よろしければ、これをお持ち帰りください」
「何ですかこれ?」
「『怪物』を倒した跡に残されていたものです。珍しいものみたいですから、おすそ分けいたします」

 手渡されたのは、手のひらに収まるサイズの石。巨人の身体をまとっていた、乳白色の結晶だった。
 珍しいどころか、見たことのない物質だった。もしかすると、魔物の秘密に迫る手がかりになるかもしれない。

「じゃあ、受け取ります。本当にありがとうございました、ルルカさん」
「いえ。今回のことは、あなた方がいなければ成し遂げられなかったことです。私たちにとっては、神様のような存在ですよ」

 本当に神なんだけどね。
 照れくささとおかしさのあまり、軽く笑みがこぼれた。とりあえず、今回も隠し通せた……かな?
 別れの時間が近づいてくる。私たちは庭園のみんなに手を振りながら、坂を下りていくことにした。

「ユキア、みんな。早く行こう」
「ま、待ってよシュノー!」

 別れを惜しむ暇すら与えてくれず、シュノーはレノを引っ張りながら庭園をあとにする。
 確かにゆっくりしている暇はないが、いくらなんでも急ぎすぎなのでは……?


 坂を下りるのは、上るよりも圧倒的に楽だった。
 元凶を絶ったおかげで、周辺に魔物の気配はない。人里に近づくにつれて、空気が温かくなっていく。

「そうだ。あの魔術師の人にも挨拶しとく?」
「いや、だめ。早く離れよう」

 シュノーはレノを連れて坂を下りていく。やけに急ぎ足だったので、私たちも慌てて追いかける。これからどこに向かえばいいのかわからない。

「シュノー? 次はどこに行くのだー?」
「そうだぞ、チビ女。行き先とか決めてねぇだろ、どうするつもりだ?」
「ちゃんと決める。今はとにかく、庭園から早く離れないと」

 そこまでして急ぐ理由がよくわからなかった。庭園から脅威は去ったはずだ。
 それ以上、シュノーは教えてくれることはなかった。余裕のない顔でレノの手を引いて速く歩いている。私たちはそのあとについていくことしかできない。
 もしかしたら何か隠しているのではないか、そう疑い始めたときだった。

「っ!! シュノー、後ろ!!」

 気づくのも、知らせるのも遅すぎた。
 シュノーは本能からか、咄嗟にレノを突き飛ばしたが────

「かはっ────」
「シュノーっ!?」

 彼女の背後に現れた、黒い影の持つ大きな刃に腹を貫かれた。
 見覚えのある影だった。奴の手にしている武器の刃のラインは、赤く発光していた。刃の形は鎌だと気づいたのもそのタイミングだ。

「クリア条件ガン無視。残念だったな、片割れ」
「────クレー!! よくもシュノーを!!」

 仲間を刺された怒りは、私から平常心を奪う。剣を召喚し、シュノーをクレーから奪還しようとするが────

「────どうしてっ!?」

 クレーに斬りかかろうとした私の剣を止めたのは……レノだった。

「ちっ……違うのだ……身体が、勝手に……!?」

 しかし、確かに薄い桃色がかった刀身で私の黄金の刃を防いでいる。心なしか、レノの周りが熱い気がした。
 レノの刀で押し戻され、距離が生まれる。私の背後で、メアたちも武器を召喚し警戒する。

「レノ! 一体どうしたと言うんだ!?」
「様子がおかしい。あの動き……まるで誰かに操られているみたいだ」

 ソルの分析は確かだろう。レノの刀を持つ手はガタガタと震え、ぎこちない。本人の意思に反して身体が動いているようだ。
 クレーはシュノーに刺した刃を引き抜くことなく、満足そうにレノを見た。

「さすがにオレの術は解けてないようだな。魔物討伐の手練れとはいえ、解呪はできねーか」
「な、何の話なのだ……オマエ、レノに何をしたのだ!?」

 クレーはレノの言葉を聞くと、ニヤリと口の端をつり上げた。
 何の話をしているのかわからないのは、こっちも同じだ。理解が追いつかない。

「オマエに知る由はねぇ。さっさとおねんねしろ」

 クレーがレノの首元に手刀をかまし、気絶させた。そして、鎌を持っていない腕で、力なくした小さな身体を横へ投げ捨てた。

「ははっ、姉妹愛って素晴らしいな。オマエらもそう思うだろ?」
「テメェ……ッ、シュノーとレノを返しやがれッ!! 何が目的だ!?」
「ちょ、シオン!」

 シオンが世にも恐ろしい形相でクレーを睨みつけ、斧を突きつける。あいつとやり合うつもりなのはすぐにわかった。
 目の前の男はしばらく何も答えなかった。奇妙な笑みを浮かべるまでの沈黙が、やけに恐ろしく感じられた。

「は……マジかよ……」

 クレーの動作に釘付けになっているシオンは、自分の行いを後悔しているようだった。
 赤く生ぬるい雫が、地面や私たちに向かって飛び散った。突き刺した刃をシュノーから引き抜き、血を振り払って構え直したのだ。

「ちょうどオレも暴れ足りねぇって思ってたんだよ。ちょうどいい、テメェらの力を見せてみろよ」

 奴の目は見えないが、きっと有り余るくらいの殺気で血走っている。
 私たちも一斉に各々の武器を構えた。シュノーとレノのためにも、ここで負けるわけにはいかない。
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