ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第2章「月下に煌めく箱庭」

39話 黒の術

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 クレーの近くに倒れ伏したシュノーたちは動く気配がない。シュノーの流している血が地面に染み込み、赤黒く染まっていた。
 二人を取り戻して、魔法で回復させれば命は助けられるはずだ。

「シオン、ユキア! シュノーとレノは私たちで回収する、お前たちはクレーの気を引いていろ!」

 メアの指示に頷き、私とシオンはクレーと対峙する。しかし、クレーはこちらにではなく、既にメアとソルを警戒していた。

「っ、〈闇よ、我が敵を斬り裂け〉!」

 銃を向けたメアめがけて、黒ずんだ魔力をまとわせた黒鎌を振りかぶる。刃が届くことはなかったが、代わりに闇の波動が彼女の命を刈り取ろうと迫る。
 バリアを生み出すには時間が足りない。

「〈ヴェントゥス・エアーカッター〉!」

 横から割り込んだソルが放った魔法により、風と闇の魔力がぶつかり合って相殺され消滅した。
 しかし、攻撃を打ち消し合っている間に、倒れた二人の姿が消えてしまっていた。

「っ! クレー、姉妹をどこに隠したの!?」
「あいつらを回収されるのは困るんだよ。役立たずでも糧にはなるからなぁ!」
「あんた……! 覚悟しなさいよ!」

 これ以上シュノーたちを苦しい目に遭わせたくなかった。
 剣を構えてすぐに、奴は鎌を振り上げながら飛びかかってきた。刃で受け止めようと身構えた頃には、不気味な仮面が間近に迫っていた。

「っ────!!」

 鎌を受け止め、身体全体に衝撃が走る。クレーの口元は醜く歪んでいる。力を試すどころか、本気で殺そうとしている。出会った時から、私を殺すと明言していただけある。
 押し返そうにも、相手の力が強すぎる。ここで受け止め続けられる時間もそう長くない。それでも負けるまいと力を込めた。

「首出せや、オラッ!!」
「ちっ、邪魔すんな!」

 シオンがクレーの首めがけて戦斧を振りかざした。奴が離れたことで、押し返されることはなくなった。
 剣を構え直し、クレーへ向けて追撃を開始する。シオンの方に集中していた奴の目がこっちに向き、鎌を大きく振りかざされる。無論、私の刃だけでは奴には届かない。

「〈ルクス・ブラストブレイク〉!」

 斬りかかると見せかけて、光の魔力を切っ先に収束させて爆発させる。距離を詰めて攻撃したから、少しはダメージを与えられたはず。近くにいたシオンは、ギリギリ魔法でバリアを生み出し防いだようだ。
 真っ黒なローブが少し焼け焦げ、切れ端が空を舞っていた。深くかぶったフードが外れる気配はない。見た目以上に装甲が硬いのか、それとも私の魔法の威力が足りないのか。どちらにしろダメージの通りが悪い。

「火力が足りねぇんだよ、火力が! もっと本気出せよ!?」
「うっぜぇんだよ! 『ユニヴァ・クリエイツ』!!」

 シオンが片手を天へ突き上げ、魔力を収束させる。周囲に魔力をまき散らし、天から裁きの雷を落とす。
 器用に避けられている上、私たちや周囲にも被害が及ぶ。クレーには一切ダメージが入っていない。シオンの怒りはそのたび増していく。
 箱庭が壊れることはないだろうが、騒ぎが起きたら面倒だ。

「シオン、暴れすぎ。場所を考えて」
「じゃあどうしろと!?」
「もっとスマートに戦うんだよ。僕に任せて」

 このとき、ソルは普段かけていた眼鏡を外していた。魔導書を開いたまま、魔法で自らの横に浮遊させ駆け出す。
 クレーは鎌を振り下ろそうとしたが、メアの銃による牽制もあり阻止されることはなかった。

「────『ユニヴァ・レコーズ』〈シャンデル ドゥ グラス〉」
「ぐふっ!?」

 ソルの周囲に魔力の玉が生み出され、冷気をまとい氷柱へと変貌する。風や大地の魔法しか使えないはずのソルだったが、氷柱をクレーめがけて放ち、腹へ突き刺す。
 すぐさま砕かれてしまったが、ローブには血が滲み始めていた。

「この箱庭の魔法、単純な術式でも魔力消費が激しい。でも、その分系統魔法よりも威力は出るね」
「ちっ、テメェの固有魔法は模倣か何かか!?」
「そんなところだよ。さて、今度は心臓を刺してあげようか?」
「調子に乗んなよ、若造が!! 『エーテル・ヴォイダー』!!」

 クレーを中心に、円形状に謎の魔力が放たれる。否応なく受けてしまったが、身体に直接的なダメージはなかった。ただ、身体が少し重く感じられる。
 ここから魔法で追撃を────って、あれ?

「っ、魔力が集まらねぇ!? 魔法が……!!」
「系統魔法も、固有魔法も使えない……?」

 シオンだけでなく、ソルの目も驚きで見開かれていた。
 さっきの波動を受けてから、身体を流れる魔力の流れが著しく悪くなっていた。少し重いが身体は動くから、武器で戦うことはできる。ただ、魔力がうまく集められないから魔法が使えない。
 さっきクレーが放った「エーテル・ヴォイダー」という魔法……どう考えてもあれの効果だ。

「全員動くな! 『イロウシェン・エングレイバー』!!」
『うぅっ!?』

 どす黒い波動が私たち四人に迫り、成す術もなく魔法に身体が侵食される。今度は、本当に身体の自由が奪われてしまった。いくら意思を込めようと、全然動かせない。
 メア、シオン、ソルも身体が硬直したままだ。誰もクレーへ反撃できない。口だけは動かせるのに……!

「一体何が起きてるの……あっ、あなたたち!」

 私たちとクレーのに、何人かの人間が現れた。そのうち一人は見覚えのある人だった。
 こちらを見つけて声をかけてきたのは、この箱庭に来た際に助けてくれた魔術師の女性だった。その周囲にいる人々も、彼女と同じような服装だ。各々、魔導書や杖などを構えており、警戒心を露わにしている。

「庭園から戻ってきて無事だったのね。その男はあなたたちの敵かしら? 私たちで追い返してあげる!」
「待って!! 来ちゃだめ!!」
「くらいなさい! 〈シャンデル ドゥ グラス〉!!」

 女性を筆頭に、人間たちが動けぬ私たちの前に躍り出る。魔法によって生み出された炎の渦、電撃の矢、風の刃────すべてがすべて、クレーへと迫っていく。
 しかし、クレーは防御の姿勢をとろうとしなかった。それどころか、身体一つで人間たちの攻撃を受け止め続けている。箱庭の人間の魔法程度、自分には一切効かないと言いたげであった。

「其は深淵より来たる奈落の亡者、かの嘆きを受けたまえ────」

 鎌を身体の前で構え、聞いていて悪寒が走るような謎の詠唱を始める。クレーの周囲にどす黒い霧が発生し、誰も寄せ付けない。
 詠唱が進むにつれ、周囲の霧がさらに濃くなる。やがて、霧が複数の武器を形作った。剣、槍、斧、矢……この世に存在するあらゆる武器が、黒い霧によって生み出され、クレーの周囲を浮遊している。

「『《Diabolic Lamentationディアボリック・ラメンテーション》』!!」

 魔法の名前が叫ばれた瞬間、ドクン、と空気が脈打つような感覚を覚えた。
 黒い武器が容赦なく人間たちに放たれていく。あらゆる攻撃をかき消すように迫り、魔法の防壁など簡単に砕いてしまう。
 無防備になってしまった人間たちへ、黒い武器が次々と突き刺さっていく。

「ぐぅっ────!?」
「大丈夫!? しっかりして……!?」

 恐ろしい現実が、私たちの目に焼き付けられる。攻撃を受けた魔術師の女性や、他にも武器が刺さった人間たちの姿が、不気味で醜悪な姿へと変貌していっていた。
 刺されたところから、身体がみるみる黒く染まっていく。指先や足の先、頭まで真っ黒な炭のようになると、先端から身体が崩壊していくのだ。

「お、おい……どうなってんだよ、ソル……」
「僕でもわからない……! わかるのは……あの攻撃に触れたら無事じゃ済まされない、ってことだけだよ」

 とても信じられない現象だった。現実的にこんなことがあり得るのか? ……でも、私たちの目の前に広がっているのは紛れもない現実なのだ。
 女性の姿が黒い炭のように崩れ、壊れて死んでいく時間が、やけにゆっくりと感じられた。気づけば、人間たちはみんな崩れ去っていた。

「人間って弱ぇな。オマエらよりもずっと」
「どうして……どうしてこんなことするの!? 無関係の人間たちまで巻き込んで、あんたの目的は何なのよ!?」

 すぐに答えは返ってこなかった。奴はただゆっくり、ゆっくりと私に近づいてくる。

「目的なんて、いずれわかる。それよりも今は、テメェを殺さなきゃいけねぇ」
「っ、なぜユキアなんだ!?」
「ソイツの持つ考えが気に食わねぇんだよ。あの忌々しい古代神と同じ。神と人間が共存する世界なんて幻だとわかってないから、気に食わねぇ」

 幻なんかじゃない。かつては存在した。
 私の大好きな物語────「永世翔華神物語」に登場する古代の神、カイザー。本の中では主人公である彼は、かつての時代に実在した偉大な神の一人とされている。
 カイザーは人の世に溶け込み、人間とともに生きた神だった。だから私は憧れていた、ただそれだけなのに。

「結局、神は人間を押さえつけることしかできねぇんだよ。共存なんてできやしない。それがわからないなら、ここで死ね」

 私の前に立ったクレーの鎌が、高く掲げられる。身体も動かず、誰も私を助けられない。
 そんなこと、ない。神と人間は手を取り合って生きられる。私はそう確信している。自分の心が誰かに押さえつけられるなど、もうごめんだ。
 だが、どうあがいても、逃れられない────鎌が迫り、私はぎゅっと目をつぶった。
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