ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第2章「月下に煌めく箱庭」

40話 異質な存在

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「────ユキっ!!」

 高らかな呼び声に、はっと目を開く。
 クレーめがけて、何か煌めくものが投擲される。即座に避けられてしまい地面に刺さったそれは、黄金の綺麗な短剣だった。
 ここで、私たちの身体の硬直が解かれる。意識は保ったまま、反動で四人とも地面に崩れ落ちてしまった。だが、不思議と恐怖は薄れていた。

「アスタ!?」
「ちっ、また出やがったな……クソガキ!!」

 声を荒げるクレーと私たちの間に、一人の子供──アスタが降り立った。私たちよりも背が低く幼い見た目なのに、後ろ姿はひどく大人びていた。

「テメェ……傍観に徹するものかと思ったが、見立てが甘かったか」
「もう少し様子見するつもりだったけど、やめた。キミは予想以上に危険すぎる」
「やる気かよ、クソ……仕方ねぇ、返り討ちにしてやらぁ!!」

 私たちに声をかけることなく、地面に転がった短剣を拾い上げ、構え直しながら駆け出す。鎌を振りかざされるも、飛び上がって刃を回避し、短剣を胸めがけて突き刺そうとする。
 鎌の持ち手で軌道を逸らされるが、アスタは身を翻して肩を斬りつけた。

「いってぇんだよ、クソッ!! 『イロウシェン・エングレイバー』!!」

 激昂し、鎌に闇をまとわせ斬りつけようとする。アスタは空中で体勢を変え、短剣を片手に両手を広げた。

「────『〈Polophylaxポロフィラックス〉』」

 短い詠唱とともに、アスタの眼前に影が重なるように、彼の幻が現れる。鎌によって刈り取られたのは、幻が持つ偽りの命だ。
 刃で斬り裂かれた幻は呆気なく消えてしまったが、アスタはまったくの無傷であった。

「五感や身体動作に干渉するタイプの魔法みたいだね。だからユキたちは動けなかったってことか」
「……君、今ので魔法の詳細がわかったの?」
「なんとなくね。今度はこっちの番だよ、『〈Argo Navisアルゴナヴィス〉』!」

 片手を掲げ、白い光を収束させて小さな船を何艘も形作る。光でできた船はクレーへと次々に放たれる。

「来やがれ魔物ども!! オレを守れ!!」

 焦ったようなクレーの声とともに、周囲の木々の陰から異形が大量に現れる。今までどこに潜んでいたのか、そんなことさえ考える余裕は残ってなかった。
 魔物がクレーの前へと躍り出て、光の船が直撃する。恐らく攻撃手段のつもりだったのだろうが、魔物が傷ついた気配はない。

「全員魔物の餌食にしてやるよ!!」
「っ、これ以上やらせない……!」

 私たちは各々の武器を召喚し、襲い掛かる魔物を撃退する。魔物単体の危険度はそこまで高くないから、私たち四人で掃討できるだろう。
 実際、剣で斬り裂けばそれで倒せる。アスタの攻撃は魔物には効いていないのか……?

「ユキア、メア! 魔物の数が多すぎる、一気にやるぞ!」

 シオンの声が聞こえ、我に返る。そうだ、今はアスタのことよりも自分のことを考えないと……!
 向こうが魔物の群れに突っ込んでいくと同時に、眼鏡を外したままのソルがこちらに指示を出す。

「僕とシオンで牽制する。二人は神幻術で魔物を殲滅して」
「わかった。ユキア、大丈夫か?」
「や、やってみる」

 神幻術はめったに使う機会がないから、ちゃんと発動できるか不安である。今のうちに自分に魔力を充填することにした。
 ソルが「ユニヴァ・レコーズ」で、相手の動きを止める魔法を放つ。そこに、シオンが「ユニヴァ・クリエイツ」で生み出した大砲で魔物の数を減らしていく。

「私から行く。我が領域を侵す魑魅よ、深淵の禍を前に滅びよ────」

 剣を構え直すと、メアが前に出て足元に魔法陣を生み出す。詠唱を口にし始めると、紫の魔力をまとった黒い矢が周囲に現れる。

「『暗夜蝕冥弓ダークナイト・アルクス』!!」

 魔銃を魔物たちへと向け、引き金を引きながら唱えた。矢が一斉に魔物たちへ飛翔していき、的確に突き刺し粉々にしていく。
 これが、私の親友の神幻術だ。今まで数えるくらいしか見たことがなかったが、一瞬の隙も与えず敵を射止める姿は凛々しく思えた。
 しかし、射撃範囲がメアの目の前のみと少々狭い。魔物自体は、私たちの横や背後にも何匹か残っている。討つべき対象を見極め、心を落ち着ける。
 次は私の番だ────

「クソッ!! 其は深淵より来たる奈落の亡者、かの嘆きを受けたまえ────!」
「ユキ!!」

 人間たちを大量虐殺した、忌々しい詠唱が耳に入る。背中から殺気が迫っている。恐ろしくて振り返ることができなかった。
 落ち着けようとした心が騒ぎだす。

「『《Diabolic Lamentationディアボリック・ラメンテーション》』!!」

 殺気が強まり、振り返ってしまう。
 人間たちを突き刺し、黒く侵食し崩壊させた謎の魔法が、今度は私へと向けられようとしている。メア、シオンとソルもそれに気がついて手を伸ばしてきた。
 だが、間に合わない。

「くふっ────!?」
「あ……っ!?」

 また、守られてしまった。
 私の背中に、小さな背中が覆いかぶさった。しかし、攻撃を受け止めてしまった身体は僅かに折れ曲がり、痙攣していた。
 すべてが嘘であればいいと思った。だが現実はどこまでも残酷だった。小さな身体は動かなくなり、クレーによって横へ打ち捨てられる。
 そこで私の堪忍袋の緒はぷっつりと切れた。

「ッ、クレー!!」

 切っ先をクレーへ向け、黄金の魔力で魔法陣を刻む。クレーはにんまりと笑いながら、私を殺そうと鎌を振るう。だが、今の私には恐ろしいほど鎌の軌跡がゆっくりと動くように感じられた。回避には困らなかった。

「はっ、やらせるかよ。『エーテル・ヴォ────」
「ユキアの邪魔をするな!!」

 脱力させられる魔法を使われそうになったが、メアが魔銃で牽制してくれたことで阻止できた。シオンとソルも魔物の掃討を続けてくれている。

「鬱陶しいんだよ、散れッ!! 〈闇よ、我が敵を斬り裂け〉!!」
「メア!!」
「シオン、危ない!」

 三人に向けて、闇の波動が放たれる。身体が崩壊するような現象は起きていないが、みんな一気に気絶させられてしまう。
 残っているのは私だけだ。だが、ここで折れるわけにはいかない。

「大いなる空に浮かびし月よ、我が敵を裁く無限の刃を与えたまえ!!」

 目の前に描いた陣から光の剣が何本も現れ、すべてをクレーへ向ける。
 次で、すべて終焉に導く。

「────『月夜輝裁剣ムーンライト・グラディウス』ッ!!」

 私の叫びに呼応して、剣たちは忌々しき男へと突撃していく。これですべてが終わればいいと思った。
 だが、クレーは剣を次々と鎌でかき消していく。私の攻撃など無意味だと言いたげに。

「ちっ、大したことねぇな。これが現代神の神幻術かよ、笑えるな」
「っ、はぁ、はぁ……!!」

 神幻術は系統魔法よりも圧倒的に魔力消費が大きい。連発できるわけもなく、魔力切れ寸前になってしまった私は肩で息を繰り返す。
 どれだけ力量不足であろうと、恐怖が勝ろうとしていても、この男だけはどうしても倒さなければならない。それでも、剣を突きつけようと上げた腕は、疲労でガタガタと震えていた。

「オマエが前時代的な世界の在り方に心酔してる、っていうのはなんとなくわかった。じゃなきゃ神と人間の共存なんか願わねぇ。あの古代神の話だって、結局は夢物語でしかなかったんだよ」
「カイザーを、侮辱するな……! あんたなんかに、私の生き方を決められてたまるか────ッ!?」

 腹を蹴り飛ばされ、地面に転がされた。剣が手から離れ、対抗手段を失う。
 無様な姿となった私を、奴は見下ろしてきた。

「これでわかったろ。現代の掟に従って、何も考えずにいた方が幸せだったって」
「絶対、許さない……みんなを苦しめて、たくさんの命を奪ったあんただけは……!!」
「……そうだよ。オレはいつだって憎まれる側だ。今更なんだよ、何もかも」

 何を諦観したような言葉を吐き捨てているんだ、こいつは?
 ティルにアンナちゃん、フローリアさんにルルカさん、永久庭園の人々、魔術師の人たち────シュノーやレノ、アスタまで────どれだけの生命が、この男によって苦しめられたと思っている?
 もう、魔物によって苦しめられる人を見たくなかった。これ以上、悲劇を生み出さないためにも。だから立ち上がろうと力を込める。

「あはは……ユキ、かっこいいね……」
「え…………?」

 ありえないことが起きていた。身体が凍り付き、釘付けになる。
 人間たちを殺した、あの魔法を受けていた。腹に漆黒な武器が突き刺さったことで、赤黒い液体を流しているのが何よりの証拠だ。
 なのに、死んでいない。身体が崩壊する様子がない。多少苦しんではいるようだが、少なくとも本人にとって致命傷ですらないようだ。

「は……なんで、テメェ……これを受けて平気でいやがる!?」
「箱庭を自由に移動できる時点で気づいていてほしかったな。キミたちとは異なれど、似たような存在だということに」
「ッ、こんなの聞いてねぇぞ、化け物がッ!! 『エーテル・ヴォイダー』!!」

 再び魔力の流れが悪くなり、身体が重くなる。アスタめがけて鎌を振りかざし、小さな身体を斬りつけ吹き飛ばす。
 鮮血が舞い、普通ならば致命傷になってもおかしくないはずだった。だが……恐ろしいことに、再び立ち上がったのだ。
 さすがに、私でも不気味に感じられた。

「化け物、か。そうだね。じゃあ、キミはこれからそんな忌み物に殺されるわけだ」

 ふらふらしているのに、頭から血をだらだらと流しているのに、笑っている。いつものような子供らしい笑顔ではない。相手を嘲笑っている。心の底から、醜い感情をぶちまけている。
 私には、今のあの子が────子供を象った悪魔のように見えていた。

「ッ、クソ……ここらが限界か……!」

 ついに手段を失ったのか、背を向けてどこかへ飛び去って行ってしまう。
 とりあえず、ゆっくりと立ち上がる。魔法の効果がまだ続いているのか、身体が重くて仕方がない。

「ねぇ、大丈夫、ユキ?」
「わ、私は……平気だけど……」

 アスタの傷はほとんどなくなっていた。どうやら、物凄い再生能力を持っているようだった。そんなもの、神でさえ持ち合わせていない者がほとんどなのだけど……?
 立ち上がり、倒れてしまったメアたちのところへ行く。脈はあるから生きてはいる。ただ、一向に目が覚める気配がない。

「キミの友達、みんな疲れちゃってるみたい。心配せずとも、あいつが逃げた場所へみんな連れていくよ」
「……わかるの?」
「ボクならある程度の形跡が追えるんだ。普通の人間とか神には見えないけれど、ボクには僅かな跡が見えるんだよ」

 何、その特別すぎる能力……。
 前々から思うが、こいつは不可解な点が多すぎる。いっそこの場で聞いておくか。

「ねぇ……あんた、一体何なの。どう考えても普通の人間じゃ────」
「いけないよ」

 短い拒絶とともに、細い指先で唇を塞がれる。僅かに血の跡が残ったあどけない顔は目を細め、妙に悲しげな表情を浮かべていた。

「その先は、今は知らないでいい。キミにはまだ変わってほしくないんだ」

 簡単には教えてくれないだろうと悟った。これ以上聞き出すことは不可能だろう。
 ここは潔く諦めることにした。

「さて、急ぐよ。キミの仲間が無事でいられる保証はないんだ」
「そ、そうだ。シュノーとレノがいつの間にかいなくなってたの! 一体どこに……」
「よくわからないけど、別の誰かが連れ去ったと考えるのがいいかも。それが誰なのかまではわからないけど」

 今までアスタがどこにいたのかはわからない。この子のことだから、もしかしたら私のあとをずっとついてきていたかもしれないが……。
 まあ、今はとやかく言ってもどうしようもない。

「さあ、手をとって」

 他のみんなのそばに近づいたところで、アスタは私に両手を差し出した。
 手を握ると、夜空色の瞳をゆっくりと閉じる。それから、辺りが黄金の光で満ちた。

 ────光のまばゆさに耐えきれず、意識が落ちていく。
 待ってて、シュノー、レノ……!!
 そしてクレー、私はあんたを絶対に許さない……!!
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