ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第3章「海と大地の箱庭」

43話 海の都

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 *

 何か独特な匂いがする。
 少なくとも、神の箱庭にいた頃には嗅いだことのないものだ。あと、なんか暑い気がする……。

「おいっ、起きろ! いつまでも寝てんなバカ!」
「痛っ!?」

 頬の痛みによって意識がはっきりとする。今度は青い空の他に、見慣れた幼なじみの顔が見えた。
 私はどうやら、ベンチか何かに横たわっていたようだ。頬をさすりながら起き上がると、私を叩き起こしたシオン、メアとソルがベンチを囲んでいた。

「大丈夫か、ユキア」
「う、うん……ていうかシオン、もうちょっと優しく起こしなさいよ!」
「しょうがねぇだろ! 起きないお前が悪い!」
「なんですって!?」
「喧嘩する余裕があるなら大丈夫そうだね」

 今回はそこまで長く眠っていなかったようだ。
 辺りを見渡してみても、前回とは打って変わって随分と賑やかであった。人通りが多く、噴水や用水路が多く点在している。
 実際、私が眠っていたこの場所は、大きな噴水を中心とした公園のような場所だった。公園よりもさらに遠い場所には砂浜があり、水平線がどこまでも広がっている。

「わっ、海だー!!」
「はしゃぎすぎだろ……」
「そう言うシオンだって、海を見た途端大騒ぎしてたでしょ」

 キャッセリアには山や森はあるけれど、海はない。なので実際に見るのは初めてだった。空気の匂いが特徴的だと思っていたが、これが潮風の匂いなのだろう。

「……そういえば、アスタはどこに行ったの? ていうか、みんなこの状況わかってるの?」
「ああ、お前が寝てる間にあのチビから軽くは聞いたからな。何かゆっくり話せるところ探すって────」
「やっほー、見つけたよー」

 ちょうどいいところに戻ってきた。手を振りながらこっちに駆け寄ってくる。
 今は調子がよさそうに、ニコニコと笑っている。頭から血を流したり身体を斬りつけられたりしていたとは思えないくらい。

「ユキ、目が覚めたんだね。大丈夫?」
「まあね。それより、話せるところ探してたんだって? どこに行ってたの?」
「この近くにちょうどいいお店を見つけたんだ。昼ご飯も兼ねて、これからどうするのか考えよう」
「……そんな暇あるの?」
「腹が減っては戦はできぬだろ!! あいつら助けるためにも、昼ご飯は大事だ!!」

 シオンが昼飯食べたいってうるさいし、そうするしかなさそうだ。

「じゃ、れっつごー!」
「おい、待て。金はあるのか?」
「あるよ?」

 懐から取り出した袋を開き、私たちに見せてくる。見たことのない模様が刻まれた金貨と銀貨がかなり入っている。
 ……ちょっと待って!? なんでこいつお金持ってるの!?

「お、おい……ちゃんとこの箱庭の金なんだよな……?」
「そうだよ? 何なら、キミたちが今まで巡った箱庭で使われてたお金、全部持ってるよ?」

 きょとんとしながらも、新事実を暴露してきた。
 私たちでさえ箱庭のお金を持っていないのに、どうやって稼いだの……!?

「まあ、お金の出処なんて気にしない気にしない! 早くいこー!」
「出処不明のお金が一番怖いんだけど……」

 ソルの言う通りである。人間の箱庭において、お金は私たちが思っている以上に重要な役割を果たすらしい。アスタは常識があるのかないのか定かじゃない。



 私たち四人組はアスタに連れられて、街中の喫茶店にやってきた。外は少し暑かったが、店内は少し涼しめである。
 雰囲気がおしゃれで、大勢の客で賑わっている。窓からは青く美しい海を望むことができ、なかなかいい店だと思った。
 店員に案内され、窓際の席に向かう。メアと私、アスタに、シオンとソルが向かい合う形で座った。

「さー、じゃんじゃん頼んでいいよー☆」
「マジで!? じゃあオレこの高級ステーキにするわ! あとでっかいパンケーキ!」
「シオン、もう少し遠慮しなよ……僕はこれでいい」
「……というか、なんでお前におごられなきゃいけないんだ」
「もうこの際気にしなくていいんじゃない? 私はこれにしよー」

 私はパスタとストレートティーを頼んだ。メアはオムライスとミルクティー。シオンはステーキと十段重ねパンケーキ。ソルは海藻サラダとブラックコーヒーを頼んだ。アスタ本人はレモンティーだけ頼んだ。
 シオンに関しては値段が高いものばかりである。それでもアスタは何も言わなかった。
 店員の人を呼んで、注文を伝える。客も多いため、料理が届くのは時間がかかりそうだ。



「ところで、この箱庭は随分と人が多いよね。アスタは何か知ってるの?」

 料理が来るまで、少し話をしようと思い尋ねてみる。窓の外の人々の流れ、この喫茶店の客の多さからずっと気になっていたのだ。

「ちょっと情報収集したから、少しはね。ここは『カナル』っていう大きな街みたい。観光地らしいよ?」
「なるほど。どおりで人が多いわけだ」
「海で遊んだりできねぇかなー……」

 ソルも、魔導書を取り出して読みながらも、窓の外の景色に目を向けていた。
 シオンは窓に張り付いて、海ばかり見ている。食欲を抑えようと必死になのはわかるのだが、子供みたいだからやめてほしい。
 だが、海を間近で見てみたいのは私も同じだ。今までだってそうだった。状況が状況じゃなければ、もっとゆっくり人間の箱庭を見て回れただろうに……。

「アスタ、だったか。お前は結局何者なんだ?」
「ユキにも言ったけど、それは言えないよ」
「……ユキアや私たちを救ってくれたことには感謝している。だが私は、素性もわからないお前を味方だと認めることはできない」

 私の隣に座るアスタに、メアは厳しい目を向けていた。ソルは魔導書を読みながらも、小さく息をつく。

「無事にクレーのいるらしい箱庭には来られたし、気にしないでいいと思うけどね。それに、今までユキアに危害を加えたりしてこなかったでしょ」
「それはそうだが、彼は私たちに何も明かしていない。私たちのことを陰から見ておきながら、自分の素性については何も喋らないじゃないか」
「あー、確かに……」

 シオンも窓から目を離し、こちらの話に参加してきた。気怠げな目でアスタをぼんやりと眺めている。
 アスタはというと、特に抗議する様子も見られなかった。

「本当に、ボク自身のことはどうでもいいんだよ。時が来ればちゃんと話すから」
「っ、何が目的なんだお前は……!」

 声を上げようとしたメアを、店の中だからと押さえる。
 答える気配はやはりなかったが、アスタは力強い目で私たちのことを見た。

「少なくとも、今のキミたちとボクの目的は同じだ。だから、ここからはボクもちゃんと協力させて」
「えっ!?」
「クレーを止めないと、キミたちが想像している以上にまずいことが起きる。今まで隠れて様子見していたから、簡単に信じてもらえないこともわかってる。それでも……お願い」

 思いつめた顔で、深く頭を下げられた。私たちはお互いに顔を見合わせ、答えに迷う。
 しかし、気になることがたくさんあるのだ。なぜクレーは、私たちやシュノーたちを人間の箱庭へ連れてきたのか。なぜ魔物を倒させたのか。
 わけもわからずに巻き込まれ、謎が謎のまま終わり、抵抗もできず死ぬのは嫌だ。

「……もういいよ。顔を上げて」
「ユキ……」
「あんたは私を助けてくれた。それだけでも、私があんたを信じる理由にはなるよ」

 クレーと同じく箱庭を自由に移動でき、驚異的な能力を持っている時点で、謎めいている。しかし、私たちをここに導いたのは他でもないアスタなのだ。
 それに、謎についてはいつか話してくれればそれでいい。少なくとも私はそう考えている。

「……ユキアがそう言うなら、これ以上は何も言うまい。すまなかったな、アスタ」
「うん……?」
「それに、神隠し事件自体、キャッセリアではそれなりに大きな騒動だ。私たちが箱庭に来て時間も経っているし、キャッセリアの方でも何かしら動きはあるだろう」

 少し焦ったが、メアが普段通りの冷静な判断をしてくれて助かった。
 言われてみれば、事件が前々から起きているなら、神の箱庭の方でも調査の動きくらいあってもいいだろう。正直あまり期待できないけれど……。

「……現代の神の事情はよくわからないよ。ボク、ずっと人間の箱庭にいたから」
「突っ込みどころは多いけど、それも含めて話そう。こっちも君のことが知りたいしね」
「うん、いいよ」
「早く昼飯食いてぇ……」

 さっきからシオンはご飯のことしか喋らない。どれだけ飢えているんだ。
 アスタも微笑みながら頷いたところで、ちょうどよく私たちの注文の品が運ばれてきた。
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