61 / 160
第3章「海と大地の箱庭」
60話 白の銃
しおりを挟む
*
もう随分と日が落ちてきた。いつになったら休めるのかな、と思い始めるくらいには疲れている。
西日が熱く、森の木々を照らしている。風が冷たく感じる時間帯になって、ようやく視線の先に高い山脈が見えてきた。この辺りは森が開け、視界が良好である。
「はあ……はあ……あの二人、早すぎるでしょ……」
レノとセルジュさんの走るスピードが早すぎる。情けないことに見失ってしまった。私の近くにいるのは、メア、シオン、ソル、アスタだけだった。
「ここはどこだ?」
「まだ洞窟まで少しかかるよ。でも、これ以上走るのはさすがに……」
「お前らだらしねーな! 早く行かねぇとヤバいぞ!」
「そうだよ、みんなで行かないと危ないって!」
「わかってるわよそんなの!」
なんなのこいつら!?
ほとんど休みなく歩いているのはみんな同じはずなのに、どうして疲れ切っているのは私とメア、ソルだけなのだろう。アスタは謎が深すぎて考えるのも嫌だけど、シオンの体力も化け物並である。
地図は私が持っているからこちらが迷う心配はないのだが、二人が心配だ。
「アスタ、お前まだ体力あるだろ。先に行って二人を助けてくれねぇか」
「うん、わかった────」
突如、短い爆音が聞こえ────目の前の小さな頭から、血が噴き出した。
アスタがシオンの言葉に頷き、レノとセルジュさんが消えた方角へ走ろうとしたときだった。
「ちょっと、アスタ!?」
吹き飛ばされ、弛緩した身体が地面に倒れ、地面が赤黒く染まっていく。私たちは慌てて駆け寄る。
私はアスタを抱き起こした。苦しげな表情を浮かべているが、恐らくは……。
「……いっ、たぁ……! 銃ってこんなに痛かったっけ!?」
はい、頭から血流してるけど無事起き上がりました。
やっぱりヤバいよこいつ。
「ぎゃああぁぁ!! なんだこいつ、撃たれたくせに起き上がったああぁぁ!?」
「どうなってるの!? やっぱりこの子不思議だよシオン! 僕は何が何でも研究するよ!!」
「二人とも落ち着け、そんな場合じゃない!」
そうだ、メアたち三人はアスタの正体を知らない。超越的な身体能力と再生能力を持っていること、私たちの知らない謎の力を行使して戦うことは、私しか知らないのだ。
「ちょっと、誰!? ボクを撃った奴!!」
私から離れたアスタが、森の奥へ怒号を飛ばした。それから間もなく、誰かが木々の間から出てきて、私たち五人の前に姿を現した。
「やはり、通常の弾では効果がありませんか」
「あなたは……!?」
「またお会いしましたね、お嬢さん」
目深にフードを被った白い男。昼間にメアと一緒に声をかけた白いローブの人と、声と口調は同じだった。あのときは何も持っていなかったが、今は片手に金色の装飾が施された白い狙撃銃を持っている。
こんな森の奥で何をしているのだろう。
「その銃でボクのこと撃ったの?」
「ええ。すみませんね、命令でして」
「どういうこと……あなた、何者なの!?」
これは失敬、と苦笑いする青年。恭しく礼をした後、私たちに小さく笑いかけた。
「ぼくの名はエンゲル。『観測者』の排除を目的に動く者です」
「観測者……?」
「その子供が、そうです」
青年──エンゲルは、私の隣に立つアスタを指さした。本人は特に驚く様子もなく、ただ顔をしかめている。
「観測者……見た目は人間の子供ですが、あらゆる生命を超越した存在のことです。現代の神は、ご存じでないようですね」
「アスタがそうだっていうの?」
こくりと頷かれる。
古代の書物や資料は一通り読み漁ったことがあるのだが、観測者やそれらしき存在は知らない。
「観測者の詳細を知っている者はほんの一握りとされています。何しろ、伝説にも記録にも残っていない希少種なものですから」
「……まるで、こいつが化け物みたいな言い方だな」
「あなたたちは何も知らないからそう言えるのですよ。観測者というのは、我々にとってあまりにも危険な存在です。ですから、早めに排除しないといけないんですよ」
クレーも、アスタのことを「化け物」と呼んでいた。身体、能力、何をとっても神を超えたレベルであることは間違いない。わざわざ排除に乗り出そうとしている理由もそこにあるのか。
やがて、狙撃銃を構え、再びアスタの頭へと狙いを定めた。
「あいにく、命令でしてね。アスタといいましたか? あなたを消さないといけないんですよ」
「……誰の命令かは知らないけど。今すぐやめなよ、こんなこと」
アスタに鋭く睨みつけられても、ちょっと首を傾げるだけで何も答えない。終始穏やかな雰囲気を崩さないところが、逆に恐ろしかった。
「できれば、他の方々は下がっていただけませんか? ぼくとしては、無駄な殺生はしたくないので」
「仲間が殺されるのを黙って見てろっていうの? そんなことできるわけないじゃない!」
言葉もなく、一発弾丸が放たれた。誰も怪我はしていないが、走り出す私たちに向かって何度も狙撃してくる。
こんなところで時間を食っていられない。早くレノたちを追わないと……!
「足止めの役も兼ねてるんです。先に行かれては困りますよ」
「『〈Argo Navis〉』!」
銃口の前に飛び出し、光でできた小舟を何艘も飛ばす。短い爆発音とともに小舟は砕け散り、一つもエンゲルには辿り着かない。
しかし、私とメアだけはエンゲルの視界から外れた。一人戦うアスタの元へ、シオンとソルも加勢する。
「この野郎、やる気かよっ!!」
「ユキア、メア! 先に行って!」
「大丈夫なの!?」
「アスタがいるから平気だ! だから早く行け!! レノたちを頼むぜ!!」
銃が何回も撃たれる中、ソルとシオンが叫ぶ。私たちは頷き、背を向けてレノたちの行った方向へ走っていく。
木、木、木……流れる景色は森ばかり。けれど、立ち止まる暇はもうない。
「あっ! あそこ見て、メア!」
前方から、街にいたときよりも多く魔物が押し寄せてきている。異形たちのいる向こう側には、山の洞窟の入り口があった。
あそこから魔物が溢れるように出てきている。洞窟の中に魔物を止める手がかりがありそうだが、このままの状態では探索もできない。といっても、魔物を一気に爆破するのは危険だ。
「ここは私に任せてくれ! 〈ノクス・パラライズミスト〉!」
メアが前に出て、黒と紫が混じった色をした霧を放つ。霧をもろに浴びた魔物たちの動きが、たちまち停止していった。
そこを私が剣で倒していく。そうしているうちに、無事に洞窟へ辿り着けた。
「まだ魔物いる?」
「いや……いないな」
私たちが洞窟に入ったところで、魔物の数が一気に減少した。というか、全然見当たらなくなった。中にいたすべての魔物がこちらに襲いかかってきただけだろうか。
洞窟の奥へ進んでいると、人一人が入れるくらいの空洞があった。奥からは、何かうめき声のような音が聞こえてきて、思わず息を飲んだ。間違いない。魔物もこの奥にいたんだ。
「なんか、この周り……魔力を感じるな」
「え? なんでだろう」
「多分、元々は魔法で岩を固めるか何かして、空洞の入り口を塞いでいたのだろう。それが壊されたと考えてみるのが妥当じゃないか」
洞窟の奥へと足を踏み入れる。狭い空洞は数歩歩いたところで終わり、今度はとても開けた場所へ出た。
薄暗いのは変わりないが、さらに奥からは薄い緑の光が漏れ出している。自然にできた場所……とは思えなかった。
私たちが入ってきた空洞付近や天井には、果実と似た謎の物体がぶら下がっていた。中は液体で満たされており、とても見覚えのある物体が閉じ込められている。
「これ……もしかして、魔物じゃないのか」
メアの言葉で、一つ思い出した。
あれは、ティルやアンナちゃんがいた箱庭でのことだ。彼らの父親であるシュレイドは、魔物を利用した「異能力」を研究していた。彼の研究室でも、筒に閉じ込められた魔物を見かけた。
この洞窟での光景はそれに似ている。
「ユキ、メアっ!!」
魔物の入った果実を見上げていた私たちの元へ、誰かが駆け寄ってきた。
洞窟の奥から、レノが現れる。しかし、彼女の服はボロボロで、傷だらけだ。
「レノ、大丈夫!? その傷は……」
「……やられたのだ……」
「何?」
「どうしてっ……どうしてシュノーばかり苦しむのだ……!?」
詳しいことを話すこともできず、涙を溢れさせながら私に抱き着いてきた。ひどく追い詰められたのか、恐怖と絶望に打ちひしがれている。
そういえば、セルジュさんは?
「っ、シュノー!! 目を覚ましやがれです!!」
すぐ近くから、セルジュさんの声が聞こえてきた。焦っているような怒号だ。
シュノーって……まさか、いるの!?
もう随分と日が落ちてきた。いつになったら休めるのかな、と思い始めるくらいには疲れている。
西日が熱く、森の木々を照らしている。風が冷たく感じる時間帯になって、ようやく視線の先に高い山脈が見えてきた。この辺りは森が開け、視界が良好である。
「はあ……はあ……あの二人、早すぎるでしょ……」
レノとセルジュさんの走るスピードが早すぎる。情けないことに見失ってしまった。私の近くにいるのは、メア、シオン、ソル、アスタだけだった。
「ここはどこだ?」
「まだ洞窟まで少しかかるよ。でも、これ以上走るのはさすがに……」
「お前らだらしねーな! 早く行かねぇとヤバいぞ!」
「そうだよ、みんなで行かないと危ないって!」
「わかってるわよそんなの!」
なんなのこいつら!?
ほとんど休みなく歩いているのはみんな同じはずなのに、どうして疲れ切っているのは私とメア、ソルだけなのだろう。アスタは謎が深すぎて考えるのも嫌だけど、シオンの体力も化け物並である。
地図は私が持っているからこちらが迷う心配はないのだが、二人が心配だ。
「アスタ、お前まだ体力あるだろ。先に行って二人を助けてくれねぇか」
「うん、わかった────」
突如、短い爆音が聞こえ────目の前の小さな頭から、血が噴き出した。
アスタがシオンの言葉に頷き、レノとセルジュさんが消えた方角へ走ろうとしたときだった。
「ちょっと、アスタ!?」
吹き飛ばされ、弛緩した身体が地面に倒れ、地面が赤黒く染まっていく。私たちは慌てて駆け寄る。
私はアスタを抱き起こした。苦しげな表情を浮かべているが、恐らくは……。
「……いっ、たぁ……! 銃ってこんなに痛かったっけ!?」
はい、頭から血流してるけど無事起き上がりました。
やっぱりヤバいよこいつ。
「ぎゃああぁぁ!! なんだこいつ、撃たれたくせに起き上がったああぁぁ!?」
「どうなってるの!? やっぱりこの子不思議だよシオン! 僕は何が何でも研究するよ!!」
「二人とも落ち着け、そんな場合じゃない!」
そうだ、メアたち三人はアスタの正体を知らない。超越的な身体能力と再生能力を持っていること、私たちの知らない謎の力を行使して戦うことは、私しか知らないのだ。
「ちょっと、誰!? ボクを撃った奴!!」
私から離れたアスタが、森の奥へ怒号を飛ばした。それから間もなく、誰かが木々の間から出てきて、私たち五人の前に姿を現した。
「やはり、通常の弾では効果がありませんか」
「あなたは……!?」
「またお会いしましたね、お嬢さん」
目深にフードを被った白い男。昼間にメアと一緒に声をかけた白いローブの人と、声と口調は同じだった。あのときは何も持っていなかったが、今は片手に金色の装飾が施された白い狙撃銃を持っている。
こんな森の奥で何をしているのだろう。
「その銃でボクのこと撃ったの?」
「ええ。すみませんね、命令でして」
「どういうこと……あなた、何者なの!?」
これは失敬、と苦笑いする青年。恭しく礼をした後、私たちに小さく笑いかけた。
「ぼくの名はエンゲル。『観測者』の排除を目的に動く者です」
「観測者……?」
「その子供が、そうです」
青年──エンゲルは、私の隣に立つアスタを指さした。本人は特に驚く様子もなく、ただ顔をしかめている。
「観測者……見た目は人間の子供ですが、あらゆる生命を超越した存在のことです。現代の神は、ご存じでないようですね」
「アスタがそうだっていうの?」
こくりと頷かれる。
古代の書物や資料は一通り読み漁ったことがあるのだが、観測者やそれらしき存在は知らない。
「観測者の詳細を知っている者はほんの一握りとされています。何しろ、伝説にも記録にも残っていない希少種なものですから」
「……まるで、こいつが化け物みたいな言い方だな」
「あなたたちは何も知らないからそう言えるのですよ。観測者というのは、我々にとってあまりにも危険な存在です。ですから、早めに排除しないといけないんですよ」
クレーも、アスタのことを「化け物」と呼んでいた。身体、能力、何をとっても神を超えたレベルであることは間違いない。わざわざ排除に乗り出そうとしている理由もそこにあるのか。
やがて、狙撃銃を構え、再びアスタの頭へと狙いを定めた。
「あいにく、命令でしてね。アスタといいましたか? あなたを消さないといけないんですよ」
「……誰の命令かは知らないけど。今すぐやめなよ、こんなこと」
アスタに鋭く睨みつけられても、ちょっと首を傾げるだけで何も答えない。終始穏やかな雰囲気を崩さないところが、逆に恐ろしかった。
「できれば、他の方々は下がっていただけませんか? ぼくとしては、無駄な殺生はしたくないので」
「仲間が殺されるのを黙って見てろっていうの? そんなことできるわけないじゃない!」
言葉もなく、一発弾丸が放たれた。誰も怪我はしていないが、走り出す私たちに向かって何度も狙撃してくる。
こんなところで時間を食っていられない。早くレノたちを追わないと……!
「足止めの役も兼ねてるんです。先に行かれては困りますよ」
「『〈Argo Navis〉』!」
銃口の前に飛び出し、光でできた小舟を何艘も飛ばす。短い爆発音とともに小舟は砕け散り、一つもエンゲルには辿り着かない。
しかし、私とメアだけはエンゲルの視界から外れた。一人戦うアスタの元へ、シオンとソルも加勢する。
「この野郎、やる気かよっ!!」
「ユキア、メア! 先に行って!」
「大丈夫なの!?」
「アスタがいるから平気だ! だから早く行け!! レノたちを頼むぜ!!」
銃が何回も撃たれる中、ソルとシオンが叫ぶ。私たちは頷き、背を向けてレノたちの行った方向へ走っていく。
木、木、木……流れる景色は森ばかり。けれど、立ち止まる暇はもうない。
「あっ! あそこ見て、メア!」
前方から、街にいたときよりも多く魔物が押し寄せてきている。異形たちのいる向こう側には、山の洞窟の入り口があった。
あそこから魔物が溢れるように出てきている。洞窟の中に魔物を止める手がかりがありそうだが、このままの状態では探索もできない。といっても、魔物を一気に爆破するのは危険だ。
「ここは私に任せてくれ! 〈ノクス・パラライズミスト〉!」
メアが前に出て、黒と紫が混じった色をした霧を放つ。霧をもろに浴びた魔物たちの動きが、たちまち停止していった。
そこを私が剣で倒していく。そうしているうちに、無事に洞窟へ辿り着けた。
「まだ魔物いる?」
「いや……いないな」
私たちが洞窟に入ったところで、魔物の数が一気に減少した。というか、全然見当たらなくなった。中にいたすべての魔物がこちらに襲いかかってきただけだろうか。
洞窟の奥へ進んでいると、人一人が入れるくらいの空洞があった。奥からは、何かうめき声のような音が聞こえてきて、思わず息を飲んだ。間違いない。魔物もこの奥にいたんだ。
「なんか、この周り……魔力を感じるな」
「え? なんでだろう」
「多分、元々は魔法で岩を固めるか何かして、空洞の入り口を塞いでいたのだろう。それが壊されたと考えてみるのが妥当じゃないか」
洞窟の奥へと足を踏み入れる。狭い空洞は数歩歩いたところで終わり、今度はとても開けた場所へ出た。
薄暗いのは変わりないが、さらに奥からは薄い緑の光が漏れ出している。自然にできた場所……とは思えなかった。
私たちが入ってきた空洞付近や天井には、果実と似た謎の物体がぶら下がっていた。中は液体で満たされており、とても見覚えのある物体が閉じ込められている。
「これ……もしかして、魔物じゃないのか」
メアの言葉で、一つ思い出した。
あれは、ティルやアンナちゃんがいた箱庭でのことだ。彼らの父親であるシュレイドは、魔物を利用した「異能力」を研究していた。彼の研究室でも、筒に閉じ込められた魔物を見かけた。
この洞窟での光景はそれに似ている。
「ユキ、メアっ!!」
魔物の入った果実を見上げていた私たちの元へ、誰かが駆け寄ってきた。
洞窟の奥から、レノが現れる。しかし、彼女の服はボロボロで、傷だらけだ。
「レノ、大丈夫!? その傷は……」
「……やられたのだ……」
「何?」
「どうしてっ……どうしてシュノーばかり苦しむのだ……!?」
詳しいことを話すこともできず、涙を溢れさせながら私に抱き着いてきた。ひどく追い詰められたのか、恐怖と絶望に打ちひしがれている。
そういえば、セルジュさんは?
「っ、シュノー!! 目を覚ましやがれです!!」
すぐ近くから、セルジュさんの声が聞こえてきた。焦っているような怒号だ。
シュノーって……まさか、いるの!?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
14
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる