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第3章「海と大地の箱庭」
59話 図書館の天文台
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トゥリヤに連れられて、中央都市へ戻ってくる。そこから繁華街を通り過ぎて、郊外エリアにやってきた。
郊外エリアは、基本的に神々の住居地域である。住居の大きさは一軒家からお屋敷に至るまで様々で、人通りは繁華街よりもかなり少ない。店や施設が一切ないわけではなく、繁華街に置く必要もない役割や小規模な施設はこの辺りに設置されている。
トゥリヤは、郊外エリア内の主要施設の一つである「図書館」へ向かおうとしていた。
「なぜ図書館なのですか。資料探しはまた今度でいいはずです」
「ちゃんと事件の解決が目的ですから大丈夫です。ヴィータさん。あれが図書館ですよ」
指をさした先に、赤レンガが積まれた建物が見えてくる。本来ならば屋上か屋根がある建物の上には、銀色のドームが造られている。
人間の箱庭の図書館と、キャッセリアの図書館は若干役割が違う。そのため、あのようなドームが設置されている。
入口付近に辿り着いたところで、トゥリヤが率先して扉を押し開ける。中へ進むと、本棚と本棚の隙間に人影が見えた。
「おや、珍しいですね。あなたが来るなんて」
「こんにちは。アルバトスさん」
僕らの気配に気づいて現れたのは、執事姿の男だった。黒髪と青紫の目を持ち、左胸に紫のブローチをつけている。
彼が、この図書館の司書を担っている神──アルバトス・ヴィオランドゥールであった。僕は実際に会うのは初めてだが、トゥリヤの話で何回か出てきたことがある。
「アルトー? どうしたのー?」
顔を合わせたところで、高らかで幼い少女の声が聞こえてきた。ここからは姿は見えない。もっと奥の方にいるらしい。
アルバトスは本棚の向こうを振り返り、にっこりと笑みを返す。
「ああ、ステラ様。お客様がいらしたのです。私は少し席を外しますので、自習をお願いします」
「うん、わかった!」
ぱたぱたとせわしない足音が響き、遠のいていった。この先にあるスペースに机がいくつか置いてあるので、そこにでも向かうのだろう。
僕らの方に向き直り、軽くお辞儀をしてくる。
「クリム殿、トゥリヤ殿。今日はどのようなご用件で?」
「『天文台』を使おうと思いまして。よろしいですか?」
「……今日は非番なのでは?」
「急用なんです。お願いします」
アルバトスが踵を返し、本棚に囲まれた狭い道をいくつか潜り抜け、図書館全体をぐるりと囲むように設置された螺旋階段を上る。
本棚は天井に近い部分まで置かれており、大量の書物が保管されている。神の中でも長く生きている方だが、すべてを読んだことはない。
やがて、螺旋階段を上り終え、銀色の大部屋に招かれた。丸い内装に、天井にはドームがある。部屋の中央には、ラッパのような形をした受信器がついた巨大な望遠鏡が設置されている。
「トゥリヤ。この望遠鏡はなんですか?」
「人間の箱庭を観測するのに使うんです。横についている受信器を耳に当てながら中を覗けば、音声付きで箱庭の様子を観察できるんです」
トゥリヤは普段、決められた日にこの図書館を訪れて、天文台の望遠鏡を覗き箱庭を観測している。その内容を記録して、アルバトスの管理している図書館に記録書を保管してもらっているらしい。
時を操る力を持つ神だから、印象とこの仕事が結びつきづらいかもしれない。だが、色々と理由があって今はこの役割も担っているのだそうだ。
「そういうわけで、アルバトスさん。記録をお願いできますか」
「……なるほど、どうりでクリム殿も一緒にいたわけだ。ようやく合点がいったよ」
先程までとは全然態度が違った。というか、柔らかかった声も仕草も、すべてが自然体に戻ったと言った方が正しい。
あまり接点がなかったので知らなかったが、アルバトスは表裏の差が激しい人物らしい。元からなのかそうでないのかまではわからない。
「そいつ、見たことないな。アーケンシェンの知り合いか?」
「そんな感じです。さて、クリムさん、ヴィータさん。僕は望遠鏡の動作確認をしますので、しばらくお待ちください」
トゥリヤは巨大な望遠鏡に近づき、手で触れたりレンズを覗いたりなどの作業を始めた。その合間に、アルバトスが僕に話しかけてくる。
「調査の進捗はどうなってる?」
「犯人はほぼ確定した。あとは捕まえるだけだよ」
「そうか……レノとシュノーは見つかったのか?」
……心苦しいが、黙って首を横に振った。
アルバトスはシュノーとレノの幼なじみ……お互いの幼少時代を知る、数少ない友人らしい。どのような幼少時代を過ごしていたのかは知る由もないが、かつて一緒に過ごしていた時間が長いようで、強い繋がりを持っているのは確かだ。
「俺の姉貴、シュノーたちが行方不明になってからずっと寝込みっぱなしなんだ。ただでさえ引きこもりで怠け者なのに、今じゃ一切仕事しなくなった」
「……本当に、すまない」
「仕方ないことだろ。謝るなよ。それに、俺にも責任があることだ」
苦笑いを浮かべている彼が、僕に気を遣っているのは明白だった。
彼は天文台の端にある机に向かい、一冊の本と羽ペンを持ってくる。本の表紙には「記録用」と書かれていた。
「ユキアやメアが行方不明になったとき、俺はこの図書館にいなかった。あの二人が図書館に来ることは知ってたのに」
「……常連なのかい?」
「家族みたいなものなんだ。シオンとソルも含めて、な」
「……ステラという子は?」
「あのお方は、俺がアイリス殿から預かった女神様だ。ステラ様も、ユキアたちがいなくなったことを知って悲しんでおられる。これ以上、つらい思いはさせたくない」
どうやら、神隠し事件の被害者であるユキアたちは、このアルバトスと知り合いだったらしい。先程「ステラ」と呼ばれていた少女とも繋がりが深く、姉や兄のように慕っているそうだ。
表面上は明るく振る舞っていても、心の奥底では不安と恐怖が渦巻いている状態なのだろう。そのままにはしておけないのは当然のことだ。
「……家族、ですか……」
僕らの会話に耳を傾けていたヴィータは、どこかぼんやりとした表情でそう呟いた。天文台の小さな窓から見える青空を、遠い目で見つめている。
彼女の身の上についてほとんど話を聞いていないが、何か思うところがあるようだった。
「お待たせしました! 準備ができましたよ」
トゥリヤが望遠鏡のそばに立ったまま、僕らに声をかけた。「ようやくか」とアルバトスが歩み寄り、本を開いて羽ペンを持つ。
普段、二人はあのような形で箱庭の観測を行っているのだろう。
「今回はどこを観測するんだ?」
「正直、手当たり次第になりそうです。犯人がどこの箱庭にいるか、僕らにはわかりませんし」
「それじゃ日が暮れるぞ。どうにかして居場所特定できないのか?」
トゥリヤにではなく、少し遠くに立っている僕らに向かって尋ねてきた。特定できていれば苦労しないし、今頃追っているところだ。
「……何か魔力の痕跡などがあればいいのですが。クリム、何かないのですか」
「そんなこと言われても……?」
ヴィータに話を振られ、一つだけ思い当たる節を思い出した。懐に手を入れ、「原罪の記録書」を取り出す。
先日、一網打尽にされた神兵たちから採取した異質な魔力の痕跡が、この本に込められている。頼りになるのはこのくらいだろう。
僕はヴィータに記録書を渡す。しばらく本を観察した後、顔を僅かにしかめ、トゥリヤたちの方へ歩み寄った。
「どきなさい。わたしが探します」
「えっ、ヴィータさん!?」
「探すって本気か? どこにいるかわかるのかよ?」
二人が動揺しているのも気に留めず、レンズを覗いて受信器を耳に当てる。本を開いてちらちら目を向けつつ、レンズの向こうに集中している。
正直、不安しかない。痕跡がわかったところで、どうやって犯人の居場所を突き止めるというのだろう。今は素性も何もわからない、この少女に頼るしかないということが情けない。
郊外エリアは、基本的に神々の住居地域である。住居の大きさは一軒家からお屋敷に至るまで様々で、人通りは繁華街よりもかなり少ない。店や施設が一切ないわけではなく、繁華街に置く必要もない役割や小規模な施設はこの辺りに設置されている。
トゥリヤは、郊外エリア内の主要施設の一つである「図書館」へ向かおうとしていた。
「なぜ図書館なのですか。資料探しはまた今度でいいはずです」
「ちゃんと事件の解決が目的ですから大丈夫です。ヴィータさん。あれが図書館ですよ」
指をさした先に、赤レンガが積まれた建物が見えてくる。本来ならば屋上か屋根がある建物の上には、銀色のドームが造られている。
人間の箱庭の図書館と、キャッセリアの図書館は若干役割が違う。そのため、あのようなドームが設置されている。
入口付近に辿り着いたところで、トゥリヤが率先して扉を押し開ける。中へ進むと、本棚と本棚の隙間に人影が見えた。
「おや、珍しいですね。あなたが来るなんて」
「こんにちは。アルバトスさん」
僕らの気配に気づいて現れたのは、執事姿の男だった。黒髪と青紫の目を持ち、左胸に紫のブローチをつけている。
彼が、この図書館の司書を担っている神──アルバトス・ヴィオランドゥールであった。僕は実際に会うのは初めてだが、トゥリヤの話で何回か出てきたことがある。
「アルトー? どうしたのー?」
顔を合わせたところで、高らかで幼い少女の声が聞こえてきた。ここからは姿は見えない。もっと奥の方にいるらしい。
アルバトスは本棚の向こうを振り返り、にっこりと笑みを返す。
「ああ、ステラ様。お客様がいらしたのです。私は少し席を外しますので、自習をお願いします」
「うん、わかった!」
ぱたぱたとせわしない足音が響き、遠のいていった。この先にあるスペースに机がいくつか置いてあるので、そこにでも向かうのだろう。
僕らの方に向き直り、軽くお辞儀をしてくる。
「クリム殿、トゥリヤ殿。今日はどのようなご用件で?」
「『天文台』を使おうと思いまして。よろしいですか?」
「……今日は非番なのでは?」
「急用なんです。お願いします」
アルバトスが踵を返し、本棚に囲まれた狭い道をいくつか潜り抜け、図書館全体をぐるりと囲むように設置された螺旋階段を上る。
本棚は天井に近い部分まで置かれており、大量の書物が保管されている。神の中でも長く生きている方だが、すべてを読んだことはない。
やがて、螺旋階段を上り終え、銀色の大部屋に招かれた。丸い内装に、天井にはドームがある。部屋の中央には、ラッパのような形をした受信器がついた巨大な望遠鏡が設置されている。
「トゥリヤ。この望遠鏡はなんですか?」
「人間の箱庭を観測するのに使うんです。横についている受信器を耳に当てながら中を覗けば、音声付きで箱庭の様子を観察できるんです」
トゥリヤは普段、決められた日にこの図書館を訪れて、天文台の望遠鏡を覗き箱庭を観測している。その内容を記録して、アルバトスの管理している図書館に記録書を保管してもらっているらしい。
時を操る力を持つ神だから、印象とこの仕事が結びつきづらいかもしれない。だが、色々と理由があって今はこの役割も担っているのだそうだ。
「そういうわけで、アルバトスさん。記録をお願いできますか」
「……なるほど、どうりでクリム殿も一緒にいたわけだ。ようやく合点がいったよ」
先程までとは全然態度が違った。というか、柔らかかった声も仕草も、すべてが自然体に戻ったと言った方が正しい。
あまり接点がなかったので知らなかったが、アルバトスは表裏の差が激しい人物らしい。元からなのかそうでないのかまではわからない。
「そいつ、見たことないな。アーケンシェンの知り合いか?」
「そんな感じです。さて、クリムさん、ヴィータさん。僕は望遠鏡の動作確認をしますので、しばらくお待ちください」
トゥリヤは巨大な望遠鏡に近づき、手で触れたりレンズを覗いたりなどの作業を始めた。その合間に、アルバトスが僕に話しかけてくる。
「調査の進捗はどうなってる?」
「犯人はほぼ確定した。あとは捕まえるだけだよ」
「そうか……レノとシュノーは見つかったのか?」
……心苦しいが、黙って首を横に振った。
アルバトスはシュノーとレノの幼なじみ……お互いの幼少時代を知る、数少ない友人らしい。どのような幼少時代を過ごしていたのかは知る由もないが、かつて一緒に過ごしていた時間が長いようで、強い繋がりを持っているのは確かだ。
「俺の姉貴、シュノーたちが行方不明になってからずっと寝込みっぱなしなんだ。ただでさえ引きこもりで怠け者なのに、今じゃ一切仕事しなくなった」
「……本当に、すまない」
「仕方ないことだろ。謝るなよ。それに、俺にも責任があることだ」
苦笑いを浮かべている彼が、僕に気を遣っているのは明白だった。
彼は天文台の端にある机に向かい、一冊の本と羽ペンを持ってくる。本の表紙には「記録用」と書かれていた。
「ユキアやメアが行方不明になったとき、俺はこの図書館にいなかった。あの二人が図書館に来ることは知ってたのに」
「……常連なのかい?」
「家族みたいなものなんだ。シオンとソルも含めて、な」
「……ステラという子は?」
「あのお方は、俺がアイリス殿から預かった女神様だ。ステラ様も、ユキアたちがいなくなったことを知って悲しんでおられる。これ以上、つらい思いはさせたくない」
どうやら、神隠し事件の被害者であるユキアたちは、このアルバトスと知り合いだったらしい。先程「ステラ」と呼ばれていた少女とも繋がりが深く、姉や兄のように慕っているそうだ。
表面上は明るく振る舞っていても、心の奥底では不安と恐怖が渦巻いている状態なのだろう。そのままにはしておけないのは当然のことだ。
「……家族、ですか……」
僕らの会話に耳を傾けていたヴィータは、どこかぼんやりとした表情でそう呟いた。天文台の小さな窓から見える青空を、遠い目で見つめている。
彼女の身の上についてほとんど話を聞いていないが、何か思うところがあるようだった。
「お待たせしました! 準備ができましたよ」
トゥリヤが望遠鏡のそばに立ったまま、僕らに声をかけた。「ようやくか」とアルバトスが歩み寄り、本を開いて羽ペンを持つ。
普段、二人はあのような形で箱庭の観測を行っているのだろう。
「今回はどこを観測するんだ?」
「正直、手当たり次第になりそうです。犯人がどこの箱庭にいるか、僕らにはわかりませんし」
「それじゃ日が暮れるぞ。どうにかして居場所特定できないのか?」
トゥリヤにではなく、少し遠くに立っている僕らに向かって尋ねてきた。特定できていれば苦労しないし、今頃追っているところだ。
「……何か魔力の痕跡などがあればいいのですが。クリム、何かないのですか」
「そんなこと言われても……?」
ヴィータに話を振られ、一つだけ思い当たる節を思い出した。懐に手を入れ、「原罪の記録書」を取り出す。
先日、一網打尽にされた神兵たちから採取した異質な魔力の痕跡が、この本に込められている。頼りになるのはこのくらいだろう。
僕はヴィータに記録書を渡す。しばらく本を観察した後、顔を僅かにしかめ、トゥリヤたちの方へ歩み寄った。
「どきなさい。わたしが探します」
「えっ、ヴィータさん!?」
「探すって本気か? どこにいるかわかるのかよ?」
二人が動揺しているのも気に留めず、レンズを覗いて受信器を耳に当てる。本を開いてちらちら目を向けつつ、レンズの向こうに集中している。
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