ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第3章「海と大地の箱庭」

66話 崩壊への覚悟

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 *

「白々しいな。自分が何をやったのか、覚えてるくせに」

 クロウリーの青と赤の目は憎悪に満ちていた。私の前に立ち塞がっているクリムを鋭く睨みつけており、鎌を静かに構えている。
 私が剣を構える────その前に、青く透明感のあるガラスの刃が目に入った。気づかないうちに武器を召喚していたらしい。

「僕のことなんてどうでもいいだろ。どうやって蘇ったのかは知らないけど、君の存在を許すわけにはいかない」

 一寸の迷いもない言葉とともに、ガラスの剣を構えクロウリーを睨みつける。そして一瞬だけ、私の方を見た。

「君はシュノーとレノを守って。奴は僕がねじ伏せる」
「は……え、ちょっと!」

 クリムはクロウリーの方へと一直線に突撃していく。完全に命を奪いに行く勢いだった。
 とりあえず二人から距離をとり、シュノーたちの方へ駆け寄った。

「シュノー、レノ! 大丈夫?」
「レノは気絶してるだけ。シュノーも軽傷で済んでるけど────」

 言葉の途中で、再び地震が起きる。
 グラウンクラックの一撃によって、私たちは散り散りになってしまった。メア、シオン、ソル、セルジュさんの四人に関しては、生きているのか死んでいるのかさえ把握できない。
 アスタに関しては、例のごとく死なずに済んでいるだろうけど、居場所がわからない以上頼ることはできそうにない。

「────『〈Camellia Peccatorカメリア・ペッカートル〉』!」
「うわっ!? 誰だっ!?」

 突然、クロウリーの頭上から謎の花が落ちてきて、爆発した。光のような何かでできたそれは、椿の花に似ていた。
 やがて、グラウンクラックのいる方角から誰かが姿を現す。銀色の長い髪に、紫の装束をまとう女の子だ。

「大丈夫ですか、クリム?」
「ヴィータ! 勝手にいなくならないでよ!」
「すみません。お兄様がいた気がして、つい……」

 クリムと、ヴィータと呼ばれた女の子は知り合いらしかった。どういうことか尋ねようとしたが、再びクロウリーに襲われたクリムは応戦していく。
 お兄様、と聞いてピンときた気がした。そして彼女自身にも興味深い特徴がある。燃え盛る炎のように赤い瞳には、クローバーの模様が刻まれていた。

「ねぇ、もしかしてあなた……アスタの知り合い?」
「っ!? お兄様を知っているのですか!?」

 ビンゴだ。
 アスタが探していた「生き別れた妹」というのは、このヴィータという少女のことだったのだ。私たちのそばにいたものの、彼女のことは結構気にしている素振りを見せていたので、早く会わせてあげたいのだが……。

「あの巨人のいる向こう側から、お兄様の気配があります。しかし、巨人に近づくと真っ先に気づかれて攻撃されるのです」
「そんなことがあるのか? シュノーたちが近づいても、木の陰でほとんど気づかれなかったのに……」

 見たところ、ヴィータはアスタと同じくらいの身長だ。シュノーやレノよりも小さい彼女がグラウンクラックに気づかれる可能性は低いはずである。
 気づかれるのには何か別の要因があるのだろう。

「とにかく、アスタを助け出さないとね。メアたちも探さないといけないし」
「でしたらお互いに協力する必要がありますね。わたしがあの巨人の気を引きます。その間に、あなたたちは解決策を見つけてください」
「それはいいけど……キミは一人で大丈夫なのか?」
「わたしもお兄様と『同族』です。簡単には死なないのでご安心を」

 それだけ言い残し、銀色の本を携えて走り去ってしまった。クロウリーとクリムが未だに戦っている中、私たちだけがその場に残される。
 妹という時点で察してはいた。彼女も、アスタと同じである。簡単には死なないという言葉は嘘偽りないだろう。

「……むぅ? シュノー、ユキ? どうしたのだ?」

 シュノーの腕の中で、レノが目を覚ました。苦しそうでもなく、普通に眠りから覚めた感じだ。

「あのでっかい化け物はどこに行ったのだ?」
「まだ近くにいるけど、大丈夫。レノ、メアたちを探しに行くよ」
「む……? 了解なのだ! シュノー、降ろしてほしいのだー」

 シュノーは彼女を地面に降ろした。大怪我している様子もなく、ちゃんと歩けそうだ。
 洞窟のあった場所から少し離れたところで、私たちははぐれてしまった。ならば、戻れば見つけることができるはず。
 グラウンクラックのいる方へと駆け出すが、再び地面が突き上げられるような衝撃に襲われる。グラウンクラックが暴れているのだ。

「うわあぁっ!? ユキ、やばいのだっ!!」
「大丈夫だよ! とにかくこっち!」

 地図を頼りに道を進む。地響きは止まないが、不思議とこちらには攻撃が飛んでこない。やはりヴィータちゃんのおかげなのだろうか……。
 しばらく走っていると、誰かが木に寄りかかる姿が見えた。あれは────

「メア!!」
「その声は……ユキアか……?」

 私の姿を捉えると、伏せがちになっていた目がはっきりと開かれる。そこにはメア以外もいたが、思わず息を飲んでしまった。
 横たわるシオンの身体に覆いかぶさり、ソルはすすり泣いていた。メアの容姿もボロボロだった。髪が乱れているし、服の布も切れたり泥まみれになっていたりと、ひどい有様だ。

「シオンは一応命はとりとめたが、目覚めてない……ソルは軽い怪我で済んでいるが、あんな状態じゃ戦えない。セルジュさんは、私たちを避難させようと経路を探している。アスタは……私たちを助けるために、自分から奴へ……」

 そこまで喋ると、私の方へ倒れ込んできて動かなくなった。身体を受け止めた腕に僅かな息が吹きかかる。
 絶望的な状況の中、また誰かが近づいてくる気配を感じた。

「っ、森の入り口までの脱出経路は確保しました……! ユキア、シュノー、レノ! 戻ってきたのですか!?」
「大丈夫、セルジュ。心強い味方が増えた」
「え……? そ、それより皆さん、早く逃げるです! 化け物とクロウリー様から逃げさえすれば、ぼくたちは助かります!」

 確かに、「私たちは」助かる。あとはアスタやヴィータちゃんの力を借りさえすれば、箱庭の端を通り抜けてキャッセリアへ行ける。そこまで行ってしまえば他の神の力もあるし、グラウンクラックやクロウリーを抑えることはできる。
 だが……その場合、この箱庭に生きる人間たちはどうなる?

「……シュノー、レノ、セルジュさん。みんなをお願い」
「えっ? ユキア、一体どこに行くのです!?」
「アスタを探してくる! みんなは先に逃げてて!」

 私はメアをセルジュさんに預け、みんなから離れ森を駆ける。巨人が歩くたびに地面は揺れ、何度も倒れそうになる。
 この魔物は目に映るすべてを滅ぼす気がした。これ以上、仲間や人々を傷つけさせるのを許すわけにはいかない。なんとかしてグラウンクラックを止めなければ……!

「────お兄様!!」

 森全体に反響するくらいの叫び声が聞こえてきた。普通じゃないことは私でもわかった。
 声に向かって走っていくと、二人の子供が見えてきた。ヴィータと、アスタだ。アスタ側も移動していたからか、無事巡り会うことができたらしい。

「……ヴィー!? ヴィーなの!?」
「お兄様……っ」

 次の瞬間。ヴィータが、アスタの頬を激しく叩いた。叩かれた本人は、あっけらかんとした目で彼女を見つめている。

「わたしを置いて、どこへ行っていたんですか!? この時代に至るまで、一体何をやっていたんですか!? 答えてください、お兄様!!」

 出会ったときの冷静さはどこへやら、生き別れの兄へ何度も問い詰めている。問い詰められた本人は叩かれた頬をさすりながらも、黙り込むだけであった。

「……色々事情があったんだよ。それも含めて話さなきゃいけないことは山ほどあるけど、今はあの怪物をどうにかしなきゃ」
「…………。そう、ですね。わたしとしたことが、順序を間違えるところでした」

 意外にも、アスタは落ち着いていた。ヴィータもすんなりと彼の言葉を受け入れ、元の冷静な状態に戻った。

「ヴィー。ユキたちを元の場所に帰してあげて」
「ちょっと、アスタ!?」
「……キャッセリアですね。わかりました。お兄様は?」
「ボクは巨人を止める。それにクレー……クロウリーにも確かめなきゃいけないことがある」

 アスタの言葉に了承すると、ヴィータは頷いて私のそばに駆け寄る。アスタもグラウンクラックの方へと動き出そうとした。

「待って、アスタ! 私も連れてって!」
「ユキ!?」
「何を言っているんです。クリムよりも弱いあなたが、あの怪物に敵うとでも思っているんですか?」

 自分を鋭く睨みつけてくるヴィータの言葉は、もっともだった。彼女からして見れば、私は自分の力量も把握できていない愚かな神だろう。
 そんなことは、わかっている。

「やらなきゃいけないの。この箱庭の人たちを助けるためにも」
「……無謀ですね。そうやって自分の力量を見誤って命を落とした者が、今までどれだけいたことか────」

 また、地面が縦に揺れる。ドスン、ドスンと地響きを鳴らしながら、こちらへと近づいてくるのがわかる。
 アスタは一度目を閉じて、すぐにヴィータのことを見た。

「……ヴィー。ユキのことはボクに任せて、他のみんなをお願い」
「お兄様まで……。そこまで言うなら、いいでしょう。野垂れ死にだけは許しませんからね」

 終始納得のいかない様子であったが、最終的に折れて森の入り口のある方角へと走り去っていった。
 ヴィータがいなくなったのを確認すると、アスタは「ついてきて」と言って走り出す。グラウンクラックが近づいてくる方向とは真逆で、奴から距離を置くつもりなのだろう。

「……キミは本当に人間が好きなんだね」

 走っている最中、疲れている素振りのない彼はそう呟いていた。

「神なのに人間が好きって、おかしい?」
「ううん。むしろ、ボクはキミみたいな神を探していたんだ」

 だいぶ魔物から距離を置いたところで勢いよく立ち止まり、懐から黄金の短剣を取り出し片手に構える。もう片方の手を前に突き出し、謎の光を生み出して木々で見えない空へと次々に放つ。
 巨人が大きなうめき声を上げるたび、地面が揺れる。

「ボクの親友も、キミと同じような考えを持っていた」
「え?」
「神と人間が共存する世界を作り上げ、すべての生命を幸せにしようと努力していた。結局、この時代になって神と人間の住む世界は分かれてしまった。だからボクも、彼の願いは消えてしまったと思っていたよ」

 でもね、とこちらを振り向いた。巨人への攻撃は続いている。
 巨人の足が、木々をなぎ倒しながら空へと浮かんだ。

「彼の遺志を継ぐ者が現れた……それがキミなんだって、出会ったときから気づいてたんだ」

 攻撃をやめ、懐を探り始める。その間に、巨人の足で一帯が踏みつけられようとしている。
 避けてと口を開こうとして、何かを差し出された。

「これをあげる。キミがよく知るもののはずだよ」

 手渡された瞬間、アスタが飛び跳ねるように姿を消した。何も踏みつけられはしなかった。
 ずっしりとした重みが両腕にのしかかっていた。妙に手に馴染む質感も、何もかもが、懐かしくてたまらない。
 この本は。

「永世翔華神物語────」

 大好きなその名を口にした瞬間、空気も地面も何もかもが揺さぶられる。
 身体と意識さえも揺らぎ、視界が真っ黒に染まった。
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