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【神間陰謀編】第4章「懐かしき故郷と黒い影」

70話 残された謎と互いの秘密

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 アリアに言われていた通り、診療所からまっすぐ白の宮殿へ向かった。アイリス様の部屋へ向かうと、既に僕を待っていたようで、テーブルに大量の資料を並べていた。
 早速情報共有することになったのだが、開口一番に命令に背いたことを叱られた。これは予想していたので素直に謝った。しかしアイリス様はそれ以上に、僕のことを心配していたようだ。万が一僕が死ぬようなことがあっては困る、と。

「もー。二度とアイリス様に逆らっちゃダメだからね?」
「わかってるよ……」

 確かに死ななかったのは幸運だったともいえる。クロウに殺される未来だってありえたわけだし。
 アイリス様と側近のアリアに、事件の情報共有を行う。自分の獲得したすべての情報を伝えるのではなく、あくまで最低限のみを伝えた。クロウが事件に関わっていたことを知られるのは、なんとなくまずい気がした。

「巨大な魔物の主とみられるクレーと名乗った男も、仲間らしき人物に回収されたとなると……まだ事件が完全に終結したとは言えぬのう。犯人が捕まっていないわけじゃしな」
「魔特隊の方で、かなりの犠牲者がいたんですよね。ティアルにも言っておかないと」
「そうじゃな。ここで一区切りつけよ。一度は許したが、これ以上の深入りは禁じる」

 事件の終結────アイリス様が出したのは、そういう選択肢だった。
 考えなかったわけではないが、ここで終わりにしていいものか。

「……アイリス様。まだ不可解なことが山ほどあります。真実をすべて明らかにすべきではないですか」
「じゃが、詳しい真実はキャッセリアの外。簡単に知れるとは思えんし、お主も他の仕事があるじゃろう」
「それは確かにそうですが……」
「爺様にも報告せねばならん。クリム、事件の最終報告を頼むぞ」

 何度も命令に背くことは、あまりにも危険だと判断した。
 わからないことは多いが、これ以上は簡単には調べられない。事件の終結を認める書類を仕上げ、その場で提出させていただくことにした。



 最終報告を終えたところで、アイリス様の部屋を一人退出する。
 アイリス様から資料をいくつか預かり、デウスプリズンの書斎で保管することにした。今回のように事件が発生した場合、それに関連する資料はすべてデウスプリズンで保管することになっているのだ。

「クリムー。お話終わったのかー?」

 宮殿の廊下で、ティアルと鉢合わせた。
 ちょうど終わったことを伝えると、彼女はにっこりと笑った。

「アリア、まだ仕事中だろ? しばらくここで話していかないか?」
「いや、僕もやること残ってるんだけど……」
「いいじゃねーか! しばらく大変だったんだから、休んだってバチは当たらないだろ」

 話をしたいと聞かないので、すぐ近くにある宮殿内の空室に移動した。普段は使われていないものの、神兵によって掃除はされている。ちょっとした立ち話をするくらいなら、このような場所で充分だ。
 部屋に入って扉を閉めると、彼女は少し真面目な顔つきになった。

「そういや、クリム。この間はありがとな」
「この間……?」
「ほら、私や魔特隊のみんなを魔物から守って、奴を倒してくれただろ。まだ礼を言えてなかったからな」

 言われてようやく思い出した。あのときは次々と異変が起きたりして慌ただしかったので、礼など気にする暇もなかった。

「ティアルの方こそ、大変だったんじゃない? 特級の魔物騒動で、街は結構大騒ぎだったし」
「まあなー? 色々失っちまったものもあるしさ……」

 少なからず悲しそうだが、笑っていた。
 ティアルは僕よりも広範囲の分野で役割を担っている。その一つが、魔特隊の総指揮官トップだ。
 今回の事件は、魔特隊に入隊するような強い神を中心に大きな被害がもたらされた。その分、キャッセリアの防御が手薄になってしまっていたし、しばらくは以前のような体勢に戻すのに難航するだろうと思う。

「今日、あの魔物について調べてたんだ。他にも、魔特隊の欠員状況とかまとめて、アイリス様に報告しようと思ったんだ」

 僕とヴィータも対峙した、影をまとう鎌使いの魔物。魔物の中でも珍しく人型で、相当な強さを持っていた。通常の魔物に比べて知性も高く、言葉を解していたのも印象的だ。
 ティアルは他の神を死なせないようにするので精いっぱいだったし、僕も不意を突くことができなければすぐには倒せなかった。一体どこから湧いて出たのやら……。

「図書館に行ったり、カルデに頼んで魔物のデータとかも見せてもらったんだけどな。めぼしい情報は見つからなかった。今回初めて出現した奴っぽいぜ、あれ」
「魔物のことも調べてたの? ティアルの役目じゃないよね?」
「私は私にできることをやっているだけだ。何も、役目以外のことはやっちゃいけないって言われてるわけじゃないしな!」

 意気揚々と胸を叩き、誇らしげに笑った。
 彼女はよく、率先して他の神の手伝いをする。アーケンシェンの中でも忙しい方なのに、すごいことだと思う。

「そういや、クリムはアイリス様と何の話をしてたんだ?」
「神隠し事件の情報共有と最終報告だよ」
「お~、お疲れさん。長かったろ」
「まあね……僕はまだ調べることがあるから、デウスプリズンに戻るよ」
「ああ。今度、宮殿にも泊まりに来いよー?」

 ニカっと笑い手を振りながら、部屋をあとにする。
 ……結局、ティアルにもクロウのことは話せなかった。多分、トゥリヤとカルデルトにも話せないと思う。かつての仲間が神をさらっていただなんて、知らせたくはない。
 僕は考え込んだ。なぜ今になってクロウが生き返り、再び事件を起こしたのか。なぜ魔物が暴れていたのか。白いローブを被った仲間の言葉の意味は何なのか。

(……やっぱり、調べないと気が済まない)

 神隠し事件は、まだ終わっていない。そんな気がした。



 中央都市の郊外まで、翼で飛んでいく。森の中にある黒い建物が見えてきたので、高度を下げた。自分の家にも近いこの場所へ戻ってくるのも、不思議と久しぶりに感じられる。
 デウスプリズンの前で地面に降り立ち、扉を開ける。まっすぐに書斎に向かうと、ヴィータがベッドに座って本を読んでいた。

「おかえりなさい。報告は済んだのですか?」
「うん。神隠し事件は解決した、ってことになった」
「そうですか」

 相変わらず涼しい顔をしている。
 しばらく忙しくて思うように動けなかったが、ようやく一段落した。空いている椅子に座ると、一気に力が奪われるように寄りかかってしまう。

「で、結局君は何者なんだい? このデウスプリズンの奥から出てきたみたいだけど、眠っていたとか言ってたよね。どういうことなの?」
「……そうでした。事件が解決したら、話す約束でしたね」

 読んでいた銀の装丁の本を閉じ、片腕で抱える。ベッドから立ち上がり、僕の前に歩み寄った。

「まず、わたしは神でも、人間でもない別の生命……巷では『観測者』などと呼ばれている存在です」
「観測者?」
「この時代では知っている者がほとんどいないようです。仕方ないのかもしれませんが」

 確かに、僕らと似たような姿はしているけれど、内に秘めているものは違うような気もする。
 まあ、観測者の詳細は後々聞けばいい話だ。正直、今の僕が聞いてもあまり理解できないだろう。

「……わたしは、三百年前にこのデウスプリズンに封じられました」
「え? なんで?」
「正確には、あるものを封印するための礎にされていました。それ以上のことは、今の段階では言えません」

 何か特別なものを持つ彼女が、何かの封印に利用されていた……ということか。

「……待って。君がこうして解放されているってことは、封印とやらも解けているんじゃ……」
「いえ、封印自体はまだ維持されている状態です。いつまで持つのかはわかりませんが、早急に対処しなければいけません」

 ヴィータは苦々しく眉をひそめている。
 このデウスプリズンは、基本的に罪を犯した神を裁くための場所である。それ以外に心当たりはなく、一体何を封じているのかも当然わからない。

「とりあえず、事件も解決しましたし、これからどうするのか決めましょう」
「そうだね。とはいえ……」

 机の上に散乱した資料を見やる。
 神隠し事件の影響は、なんだかんだ大きかった。見つからなかった、殺された神たち、事件によってもたらされた損害の把握……。
 実際に処理や埋め合わせを行うのは別の神だが、記録は僕やトゥリヤの役目だ。早めに片付けないと、やりたいこともできやしない。

「……そういえば。あなた、クロウリーが犯人だということを他の神に言わなかったのですか?」
「え? 言ってないけど」
「なぜ言わなかったんです? 変に隠し立てしたら、あとで怪しまれるかもしれませんよ」

 そんなことは百も承知だ。それでも……僕は真実を伝えることを拒んだ。
 だって、仕方がないじゃないか。簡単に伝えられるわけがない。

「……クロウは、百年前に死んだ……いや。僕が唯一自分の手で殺した神なんだよ」

 彼女は僕が絞り出した言葉に、僅かに目を見開いていた。もう事情は大方察することができているだろう。

「なぜクロウが生き返ったのか……どうして神隠し事件を起こしたのか。誰と結託していたのか……わからないことばかりで、正直おかしくなりそうだ……」

 情けないことに、予想外の事態で頭が回らなくなっている。今更罪悪感が湧いてくるなんて思わなかった。殺したのは、僕なのに。
 そんな僕を見つめているヴィータは、指を二本立ててみせた。

「なら、やることは二つです。一つ目は、クロウリーが生き返り、事件を起こした原因を探ること。もう一つは、わたしが封じられていたこの場所を守ることです」
「デウスプリズンを……?」
「元々あなたはここの番人なんですよ。色々と怪しまれないためにも、体裁は整えておくべきです。わたしかあなたがここにいれば、とりあえず心配はないと思います」

 怪しまれるって、まるで悪いことをしようとしてるみたいじゃないか。その通りなのかもしれないけれど。

「牢記せよ。我が役目を、己が使命を、神たらしめるものを」

 ヴィータが目を閉じて唱えたのは、格言のように聞こえる言葉だった。これも聞いたことがない。

「知り合いの口癖です。迷っているなら、その言葉を唱えてみてください。神には効くらしいですよ」
「……意外と優しいんだね」
「勘違いしないでください。わたしにはわたしの目的があって、あなたが迷ってばかりでは困るのです」

 ぷいとそっぽを向き、元いた場所に座って再び読書にふけり始めた。
 ドライな部分は多いけれど、頼りになることは間違いない。封印など心配な要素も多いが、これはある種の転機だと思うことにした。
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